第4話 私のあげた魔法を編集してみよう

 離れた物を俺の手の中に移動させる魔法。

 視線をキッチンに向けると、フォーカスを、それに向ける。


 そして、呪文だ。


 ◆


 日曜日の静かな朝。

 静かな空気の中で、時折バイクの音や、人が歩く音など生活音が聞こえ、鳥のさえずりが響く。


 ああ、朝だなあ。

 そう感じながら眠る時間が何よりも俺は好きだった。


「パンパカパーン!! デイリーミッション2日目です!」


 突如、耳をつんざくような大音声が俺の頭に響く。


「あああ、エフィうるせえ!!」


 布団から起き上がりながら、寝ぼけ眼でパソコンのほうをみやる。

 しかし。


 勝手にパソコンが起動したのかとおもったら違う。パソコンはシャットダウンしたままだ。


「あれ」


 だが、たしかに俺の視界の中にエフィがいる。

 ほら、あれだ。

 飛蚊症。

 ああいう感じで、半透明……でもないか、しっかりと色がついたドット絵キャラがいるのだ。手には拡声器のようなもの。


「んがあっ!ハッキングされてる!」


 俺は自分の顔を掻きむしりながら、布団を上をぐるぐると暴れた。


「違いますー、そもそも私の本体はカゲヤさんの中にあるんですよ?」


 腰に手を当てたポーズで呆れたようにいう。

 

「パソコンはあくまでディスプレイとして使っただけです。いきなり脳内に現れるよりは、人間には受け入れやすいかなって」

 

 耳ではなく直接脳に響く声が慣れない。

 いや、そんなことより聞き捨てならないことがある。


「俺の中に本体があるだと!でてけ!不法侵入だぞ!」

「いやです!なかなか居心地が良いので出ません」


 エフィは、ぷいっと横を向いた。

 い、居心地?


「っていうか、俺はこれから一生、お前の姿が見えるし、声が聴こえるっていうのか……他人には見えないっていうのに」


 まるで霊感が凄すぎて、見えちゃいけないものが見えるやつじゃねえか。

 仕事中でも、いきなりこいつが出てくるってことだよな。


 びっくりして、しんとしているオフィスで声を上げてしまいかねない。完全な不審者だ。


「……お前を追い出す方法はないのか」


 と心の底からうめく。


「デイリーミッション2日目です!」


 無視。

 このクソ妖精。いや寄〇虫?


「ああ、くそっ!」


 この問題は一旦棚上げだ。あとでどうにかしないと。


 とりあえず、まずやることがある。

 俺が身支度していると、怪訝そうな声。


「あれ?出かけるのです?ミッションを忘れて?」

「一人暮らしってのは、いろいろあるんだよ。洗濯、掃除、買い物とかな、光熱費払いに行ったりとか」


 手早く洗濯と、掃除を済まし、コンビニで光熱費を払い、その足で近所のスーパーにいって、生活に必要な物資を補給し、自宅の冷蔵庫に物資を補給する。


「ビールばっかり」


 とぼそりとしたつぶやきが聞こえてきた。


「うるせえな、主食なんだよ」


 自然にこういう風にエフィとの会話をしてしまっている俺がいる。


 すっかり慣れてきてしまっているが、はたから見たら、やばい独り言野郎だな、気を付けないと。


「んで?今日のミッションは何だ?」


 そう聞くとエフィは顔を輝かせた。きらーんと派手なエフェクトがかかってる。

 こいつ、けっこう、インスタ映えとか気にしそうなキャラだな。


「昨日、私がプレゼントした魔法を編集してみよう、です」

「まあ、妥当なところだな」


 意外と普通、というか正当なプログラム教育だ。

 サンプルコードを渡して、編集させる中でコーディングを覚えていく。プログラマー教育でも鉄板の方法だ。


 いわれた通りに行動するのも癪だったが、興味はあるし、こういうものは変に反発して自己流で学ぶより、素直に従うのがもっとも早く効率的に学習できるともわかっているので、俺は承諾する。


 まずパソコンを起動させようとしてふと思いつく。

 本来パソコン画面内にいるはずのエフィが俺の視界の中にいる。

 つまり、俺はある意味ヘッドマウントディスプレイを天然で装着しており、エフィの描画を脳内で演算しているようなものではないかと。


 ふと思いつく。


「ひょっとして、パソコンなしでも魔法コードを編集できるんじゃないのか?」

「できますよ!開け、エディタっていってください」


 こういう聞かないと便利な作業方法を提案はしてくれないっていうのは、どこのAIも同じだな。などと思いつつ、


「開け、エディタ」


 俺の視界のど真ん中にエディタが起動する。


「おー」


 昨日パソコン画面でみたのと同じ開発環境だ。たしかグリモワールといったか。

 これがあれば、いつでもどこでもコードを書けるってことか。


 いつでも仕事できるな、なんてことを考えてしまい、首を振る。


 だめだ。すっかり社畜じゃねえか。

 エディタを操作しようとして気づく。


「でも、俺が操作できないな」


 手をマウスのように動かすが、意味をなさない。


「大丈夫です。首にマウスを差してもらえれば」

「……」


 思わず、自分の首元にケーブルを差した姿を想像するが、あまりにシュールな絵だ。


「もっとスマートな方法はないのか?」

「ブルートゥースに対応してますよ」

「……」

「冗談です。基本的に操作しようとイメージしてもらえれば、脳操作できますよ。ただし、キーボードは雑念が入って、難しいので、下に見えるキーボード投影ボタンを押してください」


 冗談まで対応してるのか、このAI。

 

 言われたとおりにマウスカーソルを動かすイメージを行うとカーソルが移動した。

 そして、エディタにあるキーボードアイコンをクリックすると、キーボードが投影された。ちょうどプロジェクターで投影されたようなものだ。


 もちろん、仮想での投影だ。

 なるほど、メタバース系のデバイスみたいなものと理解した。だが、全く違和感なく馴染むインターフェースは高い技術を感じさせる。


 やっぱり宇宙人の技術力なのか。


 ニッコリ笑顔のドット絵エフィーを眺めながらしばし考えるが、答えは出ない。

 いまだに夢の中の世界なんじゃないかと考えてしまうくらいだ。


 とりあえず言われるままに、魔法の編集をする。

 投影キーボードについても違和感はゼロではない。

 空中でふあふあ、指を動かすとタイプ音と触感が伝わってくるようではあるが、違和感があって、若干打ちづらい。

 長時間のタイピングの場合は、パソコンで作業したほうがよさそうだ。


 エディタを開くと、炎魔法のコードが見える。まあ、よくあるコードのようにみえる。つまり、俺には楽勝ということだ。

 このFireというのがオブジェクトだよな。まず実体化させて、Fireオブジェクトの高さや幅のプロパティを変えれば、大きさを変えられそうだ。


 今のコードだと、いちいちプログラムのソースコードを変えないと炎の大きさを変えられないので不便だ。例えば、コンフィグ設定のようなパラメータを与える方法を見つければ、炎の大きなを自在に変更できる。


 あと炎だと、タバコを吸わない俺には、日常で使いにくい。


 炎から光を灯す魔法に変えようとちょうど思っていた。


 Fireモジュールをコピーすると、Lightモジュールへと名前を変えて、呼び出すクラスをFireからLightに変える。

 わかりやすくいうと、炎を使う魔法を複製して、光を使う魔法に書き換えるのだ。


 変更完了。


 早速試してみる。


 フォーカスを部屋の隅の光の届かない場所にあてると唱える。


「ターゲット、光よ、1秒」


 淡い光が1秒間灯り、消えた。


 成功だ。

 光の強さも同じようにパラメータを与えてやれば便利そうだが、パラメータ分、呪文が長くなるという問題もある。


 そんなことを考えていると、パチパチパチという拍手が聞こえてきた。


 言わずもがなエフィだ。


「さすがです!!私が見込んだことだけのことあります」

「ふん、昨日は散々、素人といわれたからな。そうでないところを見せておかないと」


 まあ、大した修正はしてないのだが。

 それに、あんまり連発すると多少疲れてくるような気もする。

 そのことをエフィに聞くと、


「まだカゲヤさんはLV1ですからね。魔力量が少ないんですよ」

「どうやってLVをあげるんだ?」

「平たく言えば経験ですね。いろいろな魔法をつくって、試しまくってください」


 ふむ。そんなもんか。

 ゲームと同じだな。

 とりあえず、少し考えてリアルで使いやすそうな魔法を2つ開発した。


 1つ目。


 離れた物を俺の手の中に移動させる魔法。


 視線をキッチンに向けると、

 フォーカスを、それに向ける。


 そして、呪文だ。


「ターゲット、俺の手の中に」


 ばしっとキッチンに置いてあったペットボトルが俺の手の中に納まる。


「おおお」


 これは便利だ。

 座ったまま、歩かずに何でもできるぞ。


 テレビのリモコンも、ゴミ箱も、ティッシュも取り放題。

 

 そして次は、

 物を動かす魔法。


 これは先ほどの魔法によく似ているが、少し違う。こちらは俺の手の中ではなくて、少し動かす魔法だ。

 例えば。こう。


「ターゲット、動け、右へ10センチ」


 俺からみて10センチ右方向へ動く、ペットボトル。

 ターゲットに対して、パラメータを与える魔法だ。

 今回の場合は、「右へ10センチ」という方向と距離のパラメータと、「動け」という、何をするのかというパラメータというわけだ。

 

 色々試すとわかるが、物体は重いほど、距離が遠いほど俺の疲れも増えるらしい。

 魔力とかいう謎の力であっても、筋力と同じだな。


 すっかり夢中になって魔法を繰り出すうちに、魔力残がまた10%に達したという警告が鳴った。

 そして、たたたったらーたったた!

 というファンファーレとともに、ラッパを吹きながらエフィがやってくる。


「おめでとうございます!ミッションクリアして、レベルが上がりました!」


 レベル2になったらしい。

 魔力量が倍になり、より強力な魔法を使えるようになった。


 グラフィックユーザインタフェース(GUI)を手にいれた。


「ん?GUI」


 なんだとおもうと、パソコンのGUIのようにフォームが起動し、パラメータをあらかじめ設定することで、いちいち呪文内でパラメータを含めなくても、そういった調整を簡単にできるようになるらしい。


 短かったな呪文パラメータの利用……。

 まあ、口頭でのパラメータは咄嗟のときに内容を変えられるからいいのか。


 さっそくGUIを起動する。


 物を動かす魔法でいうと、「10センチ」という距離、「右」という方向、「動け」という処理内容、というパラメータがあるが、

 本パラメータをGUIにあらかじめ記載しておくことで、口で言わなくても同じ効果の魔法を発動できるというものだ。


「ターゲット、動け」


 ペットボトルが10センチ動き、壁に当たって横倒しになった。


「こりゃ便利だな」


 いちいち言葉では言ってられない。

 噛んでしまうリスクもあるしな。

 ふと思いつき、壁に向かって100センチ動かしてみることにした。


 実際には、ペットボトルは壁から3センチ程度の距離しかないため、かなりオーバーすることになる。


「ターゲット、動け」


 どむ。


 ペットボトルが、なかなかの勢いで壁にぶつかった。

 それなりの力で壁に激突させた状態が再現したかたちだ。


 まあ、考えてみれば1メートル向こうに投げるくらいの力ということになる。


 色々やっているうちにかなり疲れてきた。

 いかん、明日は仕事だ。


「明日のミッションを先出ししておきますね!外出先で魔法を使ってみよう。です」

「外出先か……いま作った魔法でもいいが、通勤を楽にしたいんだよな」


 何が通勤を辛いものにしてるんだろう。

 そもそも通勤をなくせればいいのだが。


「空飛べるか?」

「ちょっとまだ早いですね」

「まあ、朝から空飛んでたら目立つしな、イマイチか。じゃあ、こういうことは可能か?」


 俺はふと浮かんだアイデアを口にした。

 通勤カバンの運搬を楽にできるアイデアだ。


「できますよ!」


 結局寝るのを後回しにしてコーディングに勤しむこととなってしまった。


 

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