第2話 私とおしゃべりしてみよう 1/2

 マスコットは、エディタから現れると、俺の方を見るように顔を向けた。

 どうも女の子ぽい。


『はじめまして。私は、エフィです』


 ◆


 俺の首に突き刺さる物質は、見れば見るほど完璧なUSB-Cだ。

 取り外そうと、引っ張ると皮膚が一緒に引っ張られ、痛みが走るばかり。


 抜けそうにもない。

 完全に癒着している。


 医者。


 反射的にそう考えるが、頭を横に振る。


 病院に行くのも面倒だし、余計なトラブルを起こしたくない。

 

 それに……説明できそうにない。

 なんで首にUSBが刺さっているのか。そもそも自分でもわかってないのだから。

 第三者的には、事故か事件か、みたいなお大袈裟なことに見えてしまうだろう。手術になるかもしれない。


 また、このところの徹夜作業で、ものすごく疲れてる。

 一旦帰宅し眠ってからしっかり考えよう。


 鞄を手にすると、よろつきながら帰宅に取り掛かる。正直どうやって帰ったかも覚えてない。飲み過ぎたときの帰路のようだ。

 自宅にたどり着くと、そのまま玄関に突っ伏した。扉の鍵をかける気力もない。


 はっと意識が戻ったとき、すっかり日は沈んでいた。

 開けたままの玄関で、しかもスーツを着たまま随分寝てしまったらしい。苦笑しながら起き上がろうとし、首元の痛みを覚え、思い出す。


 慌てて洗面台で、首元を確認する。


 やはり、俺の首にへばりついているものは、どこからどうみてもUSB-C端子だ。


「ちくしょう、なんでUSB5.0じゃねえんだよ」


 ぼやきつつ、あれは、夢じゃなかったのか。と反芻する。

 

 たしか魔法がどうとか……。

 はっと閃き、自宅のノートパソコンを立ち上げるとおもむろに、長いUSBケーブルをパソコンに挿し、そしてその反対側を自分の首元に突き刺した。


 何も起きない。


「……はははっ」


 一人で笑う。


「なんも起きるわけねえよな!」


 我ながら異常な行動だと、苦笑いする。

 このところ、連日、会社に泊まり込んでいた上に昨日は徹夜と来たものだ。寝不足がゆえの異常行動。


 馬鹿なことをしたもんだ、とケーブルを抜こうとして自分の目の前に信じられないものが表示されていることに気づく。

 すなわち、パソコン画面にこんなメッセージが表示されているのだ。

 

 新しいデバイスを認識しました。


「……は?」


 理解できず、改めて今の自分の姿を客観視する。

 パソコンからUSBケーブルが伸びており、その先は、間違いなく自分に繋がっている。


 つまり、この新しいデバイスは、

 俺だ。


 意味が分からない。もちろん俺は間違っても機械じゃない。人間だ。

 USBの口が何かの間違いでできたからといって、コンピュータが人間をデバイスとして認識できるわけがない。


 さらに、頭が混乱しているうちにソフトのインストールまでが始まった。

 許可もしていないのに、次々と勝手に得体の知れぬソフトがインストールされていく。


 そしてスプラッシュが起動する。

 そこにはこう書かれていた。


「ようこそ、統合型魔法プログラミング環境 グリモワールへ」


 ◆


 仕事のし過ぎで、プログラムの悪夢でも見ているような現象である。

 しかしながら、スプラッシュが表示された後に起動したのは、いかにも現実味のありそうなIDE(統合開発環境)だった。

 

 ソースコードのエディタ、ファイルのエクスプローラーに、様々なオプション設定、普段使っているVisual Studio Codeにも似たIDEだ。

 

 少々様子が違うのは、マスコットキャラクターがとことこと、パソコン内で歩いていること。ドットで描かれた、昔のゲームキャラのようなマスコットだ。

 当然、マスコットをインストールした覚えは無い。

 

 マスコットは、俺の方を見るように顔を向けた。

 

 どうも女の子ぽい。

 

『はじめまして。私は、エフィです』

 

 という文字が表示された。ちょうど、レトロRPGゲームのキャラクターが話しているように、女の子の頭の上に吹き出しが浮かんでいる。

 

 なんだこれは。

 俺の首からこんなソフトがインストールされたっていうのか。

 

 混乱する。

 一応これでも学生時代からプログラムを書いているし、非常に論理的な方だ。

 こんなわけのわからないもの信じられるか!?

 

 まだ夢の中の出来事である方が納得できるのであろうが、この現実感が、それも否定していた。

 

『ちょっと聞いてますか?』

 

 特にマウスでクリックもしていなかったせいか、女の子の言葉が不服そうな内容になる。

 だが、返答をする気にもなれない。

 

『カゲヤさん』

「え?」

 

 突然自分の名前が表示されて驚く。同時に思ったのはパソコンから情報を抜かれたのかということ。

 慌ててUSBケーブルを抜く。コンピュータウイルスなら堪らない。

 

『警戒されていますね。でもようやく声を出してくれました』

 

 俺は警戒心も露わにいう。

 

「……声も聞こえてるっていうのか。ハッカーか?日本語を話せるということは、日本人なのか?」

 

 疑問点だらけだ。

 とっさにマイクをオフにする。

 

「マイクをオフにされましたね。警戒されるのわかります。ですが、私と話してみませんか?」

 

 それに情報を与えるのはリスクが高いとも思ったが、相手から情報を取りたいという興味のほうが勝ってしまった。

 俺は再びマイクをオンにした。

 

『私はハッカーではありません。声が聴こえているのか?という問いに対してはイエスです。私は、このコンピュータのマイクを通して、あなたの声を聞いています。私はこの統合型魔法プログラミング環境"グリモワール"のコンシェルジュAIなのです。そう、案内役なのです』

 

 頭が混乱する。

 AIだって?

 

 グリモワール? いや、そもそも発端は俺のAIであって。いきなり首にUSB口ができて……。

 ちょっと予期せぬことが起こりすぎて整理できてない。

 

「そのグリモワールというのは何なんだ。俺の首に穴を開けやがったのは?」

『申し訳ございません。痛かったですか?グリモワールのテクノロジーでは、ほぼ痛みは感じないはずですが』

 

 まあ、実際違和感があるだけでそれほど痛くはない。

 

 「そういうことを聞いてるんじゃない。俺の首にこんな穴を開けたのはどこのどいつだと聞いているんだ」

 

 怒っているような口調でいいつつ、冷静に俺はノートパソコンについていたWEBカメラのカバーがついたままであることを確認する。

 

 つまり、首元にぽっかりと開いたUSB口をこいつは見ていないと言うことだ。

 しかしエフィとやらは、こんなことを言ってくる。

 

『USB-Cではお気に召しませんでしたか? SCSI、RS232C、PS/2などが良かったでしょうか?』

「……なんで、そんな骨董品みたいな規格ばっかり並べてきやがる」

 

 そうぼやきながら思う。

 やっぱりこいつは、犯人だ。

 

 俺の首にどんな端子ができているのか知っているのだから。

 

「どういう手を使ったのかわからんが、俺の首を元に戻せ、それから何が目的だ。理由を説明しろ」

『私はわかりません』

「はあ? 何言ってやがる!お前がやったんだろが」

 

 激高しつつ、マウスでマスコットをクリックしまくる。

 

『痛い、痛いですーやめてください!』

 

 と痛がる素振りを見せた。まったくよくできている。

 

「ふはははは、やめてほしかったら吐け!お前は一体誰なんだ?どこのハッカーだ」

『ハッカーじゃありません!エフィです!』

「うるせえ!」

 

 ◆

 

「ふーん、グリモワールっていうのはプログラムを書く特別な開発環境なものってことか」

 

 すっかり俺はエフィと話し込んでいた。 

 いや、警戒心を失ったわけではないが、俺は好奇心旺盛なのだ。

 

 AIにしては出来過ぎているため、裏でおっさんが操っているだけのマスコットなのかもしれないが、ちょっと探ってみることにしたのだ。

 しばらくこういったやり取りを続けたが、状況は変わらない。とりあえずわかったことを整理しておく。

 

 エフィというマスコット曰く、

 自分はこのグリモワールに憑いている妖精のようなものであるが、俺にUSB口を取り付けたわけではない。誰がどうやってつけたのかわからない。

 だが、グリモワールを埋め込んだ人間には、USBといわれる端子が作られるということは知っている。

 誰かに指示されているということはない。

 

 今自分が行っている行動は使命であり、ただ行うべきだから行っているのだ。

 

『ちなみにそのUSBは、超技術で作られているため血は出ません。そのうち痛みや違和感もなくなるでしょう。少々規格が古いのは汎用性を考えてのことです』

 

 ということだった。

 うーん、どうも都合がよすぎる。

 新手の詐欺かもしれないがね。

 

『そうです!ようやく信じてもらえましたね☆』

 

 ようやく俺が理解したようなことを口にしたのが嬉しかったのか、語尾に星がついている始末だ。

 まあ、このAI、よくできているのは認める。

 

 だが、俺は首を横に振る。

 

「いや、全く信じてないぞ。現実世界をコントロールできるプログラミング言語だと?誰がんなもん信じるんだよ!ありえねえだろ!」

 

 そりゃ誰もが考えるかもしれない。

 プログラムで仮想世界だけでなく、現実世界を書き換えることが出来たら…って。その憧れがゲームの世界を生み、ゲーム世界に入り込んだ物語を生むのだ。

 

『ええっー!?』

 

 むむむとエフィが唸っている。

 

 このAI、ちょっと話しただけだが、最初のときのような無機質なしゃべり方が、かなり砕けたものになっている。

 テンポも速いし、会話内容も的を得ている。

 AIだとしたら、かなりレベルが高いものだ。

 

 まあ、何度も言っているが裏でおっさんが操っている可能性もあるけど。

 そして、こんな提案をしてきた。

 

『じゃあ、いまから私のいう通りのことをしてください!』

 

 そういうとパソコン上、勝手に画像が表示される。

 そこにはでかでかと、ド派手に、金色文字で、こう書かれていた。

 

 デイリーミッション!!!!!!


 まるでソシャゲのイベントのような演出に頭に来る。

 

「ふざけてるだろ!」

 

 俺は眠気も忘れて怒鳴っていた。

 

『大真面目です!素人のあなたにもグリモワールのプログラミングができるようになるためのロードマップなんです!初回インストールの方、限定で毎日デイリーミッションがあり、報酬はどんどんよくなっていきますよ!』

「素人、だと?」

 

 エフィの聞き捨てならないセリフに、かちんときた。

 

「誰が素人だって!? おいおい、舐めてもらっては困るな。俺は大学1年からコードを書き始めて、卒業論文でもコード書き込まくりで、社会人になってもコードを書きまくってるんだぞ。まあ、最近は開発リーダーになってコード作業は減ってるけど。レビューはしてるし、難易度の高いコードは書いたりもしてる」

 

 熱意を込めて言い捲し立てる。

 

『そうですか』

 

 しかしエフィーの返事は冷たいもんだ。

 

 ぬぬぬぬ。

 俺は歯ぎしりする。

 

 だが、エフィには届いておらず、しらっと告げてくる。

 

『じゃあ1日目発表しますね』

「無視すんなぁああああああああっ!」

 


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