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とある有名な海外の魔法ファンタジー小説に、こんな問い掛けがある。

――無くなったものは何処へ行く?

この答えに対して、同居人である鏡花は絶叫しながら、それこそ頭を抱え、振り被り、自分の願望を強く込めながら、こう叫ぶだろう。

――私の元!! 戻って来ーい!! 名前とか書いてないけどぉ!!


鏡花のアリス好きは若干の狂気を込めた熱愛である。まずグッズを見ると手に取る。値段を見るのはレジに並んでから、多少高くても眉間に皺を寄せ、そのまま会計を済ませる。

肝心要の所は値段では無いらしい。愛に値段を付けるなと気迫を持って迫られた。そんな粘着質な思いを『愛』と定義するのはやや憚られるので、『執念』という言葉に置き換えようと思う。

そんな鏡花であるが、時折、興味のあるグッズを見逃す事もある。大抵は他のアリスグッズを買った時に金欠になるからである。見境が無いようで、懐が寂しくなるのは同じぐらい耐えられない。極めて人間らしい感情を元に、苦渋の決断で見送る事もある。

そしてたまたま、たまたま言い訳を連ねた白兎のスノードームが、生憎、雑貨屋の商品棚から姿を消した事がある。流石に店で叫ぶ事はしなかったが、家に帰ってきて全ての思いが爆発した。

「ああああああああ!! なんて事なの!! なんて事なの!! この間アリスのハンドクリームを買い溜めてしまったばっかりに!! でもチェシャ猫との出会いも、ドリンク・ミーも、滅茶苦茶お茶会も、どれも捨てられない!! 買って正解!! 私の愛は!! アリスの全ても世界の為にぃ!! あーーーー!!」

……俺の視線を恐れてか、自分の部屋の机、つまりアリスグッズの祭壇と化した前で叫びを上げていた。時計うさぎの二つの置物は素知らぬ顔、アリスのポストカードの入ったポーチは此方を振り返らず、ぶら下がった女王とアリスはそっぽを向き、最上の硝子ケースの上のチェシャ猫とアリスは、臀を向けていた。

徹底された疎外世界である。ここまで好意を向ける相手に清々しく相手にされないのも珍しい。


そんなある時、何時もの執念で行き付けの雑貨屋に行くと、白兎のスノードームが一台だけちょんまりと置かれていた。

普通ならば喜ぶだろう。買いたかったものがそこにあったのだから。しかし鏡花の目は人を殺す様な殺伐とした顔をしている。決して愛すべき対象に向ける顔では無かった。

理由は非常に利己的で、自己中心的なものである。片方しか置かれていなかったからである。

彼奴が求めていたのは、赤と白の二つのスノードームである。つまり両方揃ってないと意味がない。片方だけある場合、片割れを探す為に血眼になって、また部屋での奇妙な儀式が始まる事になる。……其れは以前の栞でも証明された事だ。

「おい。行くぞ。あまり睨むな。昼ドラの愛憎劇でもあるまいし。お前の落ち度だろ……」

「んん゛っ!!」

鏡花は『とびっきりの〇〇四コマ漫画!!』に登場する、 ブチ切れ顔をしながら俺に引き摺られる様にしてその場を去ることになった。

反抗しないのは、俺の言ったことが紛うことなき正論であり、何も言い返す事が出来ないからである。つまり、自分が悪いと分かっているからこそ、火種が大きくならずに済んでいる。

その夜、やはりカルト的な儀式が始まった。

「ああああああああ!! 戻って来〜い!! 私のスノードーム!!」

金も払ってないのにお前のものじゃないだろ。

「大切にするからぁ!!」

粘着質で一方的なこの思いを向けられて、果たして物は大切にされていると思うのだろうか。

「んんんんんんんんんん!! ぐっ!!」

此奴外に出たら、ヤク中と勘違いされんだろうなぁ……。

しかしそんな粘着質かつ横殴りの思いに、縁だか店だかが哀れに思ったのか、再販される事になった。


家のテーブルには小さなスノードームが二つ。赤と白のティーカップの上に、時計兎がちょんまりと乗っている。これが彼奴が欲しくて止まなかったスノードームである。

「満足か?」

「大いに満足。また出会えて良かったよ〜。大切にする。置き場は時計うさぎの足元がいいかなぁ? 」

……此奴やっぱりヤク中じゃねぇか?

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