第26話 掌
僕の部屋に、実に良い匂いが立ち込める。
この部屋の音響システムはどういう仕組みになっているのだろう? スピーカーが見当たらないのに、ライブハウスみたいな音でジャズが流れている。
しかもこんなに重低音を響かせているのに近隣から苦情が来ないのは、防音も完璧だからなんだろう。
「料理ってさあ、男がやるべきだって僕は思ってるの。わかる?」
キッチンでお肉を焼いてくれているのは、早速様子を見にきてくれた財津さん。
「これは区別でも差別でもなくてさあ、やっぱり創作する遺伝子っていうのは圧倒的に女性よりも男性が優れてるって思うんだよ。それは、女性は基本的に子供を守る生き物だから全ての行動が、守りに入るの。ドアの開け方とか見たらわかるでしょ。
人生に対する責任感がまるで違うんだよ。男と女って。
で、創作する奴っていうのは基本ヒマ人だからさ、モノづくりは男がするものだって僕は思うんだよ。わかる?」
どっちの性も敵に回しそうな発言だ。でもこれが財津節な気がして僕はヘラヘラと、そうですねーとか返していた。
僕の手持ちのグラスには、これも財津さんが持ってきてくれたシャンパン。
あの財津高吉に料理を作らせて、部屋でシャンパンを傾けながらくつろいでいる。
我ながら偉くなったもんだと思う。
「でさあ、僕なんかは承認欲求が強い方じゃない? だから料理を振る舞ってる時が最高に楽しい時間だったりするんだよね。特に、圭一ちゃんみたいな面白い子に振る舞える時なんてのはさあ」
「ありがとうございます」
本当に本当に、ありがとうございます。神様財津様。
* * * * *
財津さんが作ってくれた料理は、名前はわからなかったけれど本当に美味しかった。
僕たちは、好きな音楽の話、好きな映画の話、好きなアニメの話をした。
話をした、というか、財津さんが喋っていた。
それでいいんだ。僕は「はい」とか言っていればいい。それでこの部屋に住めて、大事に扱ってくれて、料理まで振る舞ってくれて、何より危険な妖怪から守ってくれるのだ。
財津さんは何度も、スマホのメールを気にしていた。
忙しい人だ。そんな中で僕の相手をしてくれているのだ。これほど有難い話があるだろうか?
「圭一ちゃん、これから大変だよー?
これからいくつもショーをこなさないといけないんだよ? 色々な人種の前でね」
「任せてください。絶対、役に立ちます」
そして、恩に報います。
「圭一ちゃんのそういうところ、好きだよ?」
あー僕も大好きです。同性ですが、財津さんだったら一晩抱かれてもいいです。
……なんて思えるほどには良い感じにお酒も回ってきた。楽しい時間が過ぎていく。
と、突然ジャズではないピロロロロローンという奇天烈なメロディーが部屋中に聞こえた。
「あ、来た来たようやく来たー」
と財津さん。なるほどこれはインターホンの音なのか。
宅配便でも届いたのだろうか? それともお客様かな?
なんだろう。僕はあれこれ想像しかけて、やめた。
自分に楽しみを作っておくのが人生を楽しむコツだ。
……って、さっき財津さんが言ってた。
するとややあって、『コン、コン』と、遠慮がちに扉をノックする音が響いた。
誰か来たのだろうか?
財津さんが玄関に向かう。
誰だろう。芸能人だったりして。
ドアの向こうから声が聞こえる。財津さんの「遅かったじゃない」
と言う言葉に対して、女性の声がした。
女性のお客様か。わーなんか、芸能人っぽい!!
僕はニヤニヤが止まらなかった。
数十秒後、僕は地獄に真っ逆さまに落とされることになる。
「へえ! なんか聞いてた通り小綺麗な部屋ですね! あ、センパーイ。暫くぶりですー」
ああ、これはあれだ。お酒のせいだ。
アルコールが脳に、何やらおかしな信号を送っているんだろう。
だからこれは神郡じゃなくて……
あの妖怪じゃなくて……よく似た……背が高いから……きっとモデルさんだ。そうだ。人違いだ。人違いだ。
「あははーなんかこの部屋にセンパイが居る『画』がマジウケるんですけどー! あれみたいですね!!
水族館のペンギンショーに紛れ込んで出演してる野良のカラス? あれくらいこの場にそぐわないですよね!!」
「いやーいいよ。圭一ちゃんは。愛菜ちゃんの言った通りの子だったよ」
「いいでしょー!? ウチの圭ちゃんセンパイ!!
会話してる時『はい』とかしか返さなかったでしょー。語彙力が無いからなんですよー!」
「いやーほんとその通りだからさ! 僕もびっくりしちゃって! やっぱり人を見る目があるよね。愛菜ちゃんは」
これは夢に違いない。
悪い夢だ。
そうだ。目を閉じてみろ。ゆっくりだ。呼吸を止めるな。
そして落ち着け。そうすれば幻覚と幻聴は消える。
「とりあえずー、別れ際、恋人であるアタシに行き先も告げずに出てったお仕置きがまだですよーセンパイー。くらえ!! カンゴオリダブルブッチャーアァックス!!」
神郡の両手から繰り出されるチョップが、僕の左右の首の付け根に食い込む。
ものすごく痛い。
そのまま神郡の両腕が僕の首に絡みついて、後ろから抱きつかれ、僕の頭の上に顎を乗っけてきた。
「反省しましたー? センパイー」
「どうして……お前が……ここにいる……?」
「はい? どうしてって。財津さんにセンパイを紹介したのアタシですよー?」
僕は思わず財津さんを見た。
「何? 愛菜ちゃんと圭一ちゃんは恋人同士なの?」
「はいー。あ、芸能界的に問題あるならー。アタシはマネージャーってことでもいいですよー」
「あ、いやいや、それは大丈夫だから圭一ちゃんの場合は。うん」
……『僕の場合は大丈夫?』
「どういう……ことですか……」
「いやあ、愛菜ちゃんから君のこと色々聞いててさ。君にはウチの劇団ではそう言う、主人公を立てるための『噛ませ』?
もしくは『三枚目』になってほしいんだよ。
ほら。アニメに出てくる、主役を引き立てるオタクっぽい子とか、そう言う『噛ませ』が実は重要な役じゃない?
君には『噛ませ』のスペシャリストとして期待してるんだよ。転生の『根暗さ』とか『ナード感』が君にはあると思うからさあ」
なぜだろう。財津さんが何を言っているのかさっぱりわからない。
「だから、別にアイドル枠とかじゃないから。全然恋人OKだよ。
圭一くんの場合」
動悸が激しくなる。吐きそうだ。波の音が聞こえる。
「か……かんこく、たいわん」
「ん?」
「海外……公演の話は……」
「ああ、当分は日本でやるよもちろん。最低でも三年は見て、四年目から海外かな。
だからそれまで愛菜ちゃんにはせっかくだから、そうだねー。圭一くんの専属マネージャーとして……」
「無理です!!」
僕は席から立ち上がった。
「この話、無理です!!」
すると財津さんの顔色が変わる。
「……ちょっと無理って何よ。圭一くん。酔っててもそう言うことは言っちゃダメよ?」
「無理なんです!! この話はお受けできないです!! 無かった事にしてください!!」
「ちょっとセンパイ!!」
「……圭一くん? 分かってると思うけどさ。分かってると思ってて言うんだけれども僕さ、一応、芸能界にもそこそこパイプあるんだわ。もちろんテレビにも、ネットにもね。僕の仕事断るって言うことが、あんたどう言う事か理解してるの?」
日本の芸能界に、僕の居場所がなくなるって言う意味だ。
「……でも無理なんです!! ごめんなさい!!」
「あ、財津さん。圭ちゃんセンパイちょっとパニック起こしやすいんですよー。ちょっとーお薬飲んでー、アタシがナデナデしたら落ち着くんでー」
「無理です!! ごめんなさいでした!!」
「おい!!」
ごめんなさいでした。変な言葉を言って僕は、デザイナーズマンションを飛び出した。
『ごめんなさいでした』
それが、素敵な夢の中での最期の言葉になった。
外はちゃんと寒かった。
神郡と、財津さんがどんな関係で、どこでどうやって繋がっていたかなんて知らない。
考えたくもない。
僕はついに神郡の掌から逃げたと思っていた。
実財は最初から神郡の掌で浮かれていたのだ。
それが信じられなかった。
僕の、日本での役者としての道は、途切れた。
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