アイス・ビーチ
SB亭moya
君は誰なの!?
第1話 カンゴオリ
あれは、二年前の夜の事。
「やあ、待ってたよ」
誰もいない夜の海岸に、彼女が現れたのが見えると、僕は砂浜から立ち上がった。
「すごい……こんな場所があったんですね」
夜でも暖かくなってきたとはいえ、ここは波風があるので少しだけ寒い。
海とは反対側には森があり、木がざあざあと揺れている。
彼女は、まるで不思議の国にでも迷い込んだかのようで、暗闇でも目が輝いているのがわかる。
「うん。……二人きりだよ。ここには僕と、君だけだ」
僕がいうと、彼女は少し照れて、僕に向き直った。
そして……彼女が僕の名前を呼ぶ。
* * * * *
それから二年。
こんにちは宇佐美と申します。
よう、俺は宇佐美ってんだ。
やあ、僕は宇佐美。よろしくね。
ハーイ。アイム宇佐美。
自己紹介をする時、数々の選択肢が思い浮かんだが、その中でも僕は「はじめまして宇佐美です」を選んで、相手の女の子に会釈した。
四月。それは自己紹介をする回数が最も多い季節。
それがまして、大学の新入生歓迎会となったら自然と、これを言う可能性が高くなる。
気の利いた自己紹介の方法を、考えておくべきだった。
相手の女の子は新入生。都会暮らしは初めてなんだろう。それが彼女に対する第一印象。だから……
ただ単に緊張しているから、先輩にあたる僕に声をかけてきたのかもしれない。
……そう、思っていた。
なのに、彼女から返ってきた反応は、僕が想定したものとは全く異なる文言だった……。
「はい!! 覚えています!! 圭一センパイ!!」
はい。覚えています。圭一先輩。
これを相手が言う条件は一つ。
つまり、この大学に入ってくる前から僕の事を知っていたと言うことだ。
狐につままれたように僕は、キョトンとしていた。そして相手からの言葉を待った。
定石通りなら、「どこどこでご一緒したことがあります○○です」であるとか、「先輩の知人である◯◯の妹です」であるとか。
なぜ僕を知っているかの種明かしをしてくれるものだと思っているのに、さっきから全くそれをしてくれない。
だからキョトンと、時が止まったままの時間が過ぎていく。
この子背が高い。僕は男子の中でそこまで背が高い方じゃないが、自分のことを小さいと思ったことは一度もない。
まして、女性と目線が同じである経験なんて、僕の記憶にはなかった。
髪を明るく染めていて、左耳には軟骨に至るまでびっしりとピアスがしてあった。
大きな目だ。
その大きな目に見つめられて、僕はすっぽりそのまま、大きな瞳の中に閉じ込められるんじゃないかと思った。
大きな目がまっすぐ、僕を見つめていて……なんというかその、少しだけ怖かった。
そうやって見つめあったまま、お互いが喋らないという妙な時間が流れたために、僕の方から彼女に聞かざるを得なかった。
「えっと……ごめん。どこかで会ったことがあったっけ?」
僕が言うと、満面の笑みを浮かべていた相手の女の子の顔が、全く印象の違う顔に変わっていく。
ものすごく表情が豊かな子だ。そして……表情筋の発達がすごい。顔の変わりようをみて、僕は最近これによく似た物を目にしたことを思い出した。
あれだ。画像生成AIが描いた人間だ。
ただでさえ、相手の顔を覚えてないという失態を冒しているのに、顔を生成AIに例えるなどというのは人間性を疑われるレベルの失礼さかもしれないが、それが素直な僕の感想だった。
ともかく、さっきまで笑っていた女の子の顔が、一瞬で悲しそうになり僕を見ている。よほどショックだったんだろう……。
「覚えてないんですか?」
「ごめん……全く……」
正直に言った。
先ほど確かこの子は、「覚えてます。圭一先輩」と言った。
僕の下の名前を知っているのである。
と言うことは、どうやら人違いと言うことはなさそうだ。だとするなら、答えは一つ。
僕が相手の顔を忘れた、サイテーな奴と言うことになる。
でも、こんな目立つ子、一度見て忘れるなんてことがあるだろうか? しかも僕の下の名前を知っている関係性の子だ。
僕は、大学に入って都会に出てきた。
それまで僕がいた地元の町は、はっきり言って田舎だ。
小学校も、中学校も、高校だって一個しかない。
だから彼女が地元の知り合いの子であるならば、僕の事を覚えているのはまだわかる。
問題なのは、僕がこの子の事を全く覚えていないことだ。
「ひどいですよー。圭一センパーイ。本当に忘れちゃったんですか?」
露骨に口を尖らせて、拗ねて見せる。
どうやら物怖じしない子のようだ。少なくとも、人見知りであるとか、引っ込み思案な子と言う印象もない。
何とか僕に自分を思い出して欲しいのであるという信念めいたものまで伝わってくるから、僕も冷たく突き放すわけにはいかなくなった。
さて、この子は誰だろう?
いわゆる大学デビューをした後の、アフター大変身の姿なのだろうか?
いや、いくら服装、髪型、目の色、メイクを変えたって、身長までは変えられないはずである。
本当に誰かわからないので、僕は最後の手段にでた。
「ごめん、名前、聞いてもいいかな」
すると彼女の顔がまた笑顔に変わる。失礼だが、本当に画像生成AIのような表情の動きである。
まごう事なき人間なのだけれども。
そして彼女が名乗りさえすれば、この数分間のモヤモヤと謎が解けるはずだった。
「センパイの幼馴染の、神郡ちゃんです!!」
……困ったことに、さらなる深い迷宮に落とされる結果になってしまった。
カンゴオリなどと言う名前に覚えがない。記憶にない。
一度聞いたら絶対覚えそうなその名前を、僕が呼んだことはない。
「センパイ、だいぶ印象変わりましたねー! 見違えちゃいました!! でも、話し方とか、声の感じとか、やっぱりセンパイなんだなーって! またお会いできて、本当に感激ですぅー」
そう言って僕の服の袖を掴んできた。
やばいやばいやばいやばい。本当に誰かわからない。
変な汗が出てきた!!
僕は諦めて、一旦その場を逃げることにした。
「あ……あー! あー! カン……カンゴオリさんか! どもどもはははは……」
サイテーな芝居だ。
全く、俳優志望が何てザマだ。これは嘘だってバレる。
すると、神郡さんは真顔になり、僕に少し顔を近づけた。
「思い出してくれました? 圭一センパイ」
「う……うん」
それはどちらかというと、尋問に近い感じがした。
「よかった。せっかく再会できたことですし、仲良くしましょうよー」
「あーうん、そうだねー」
そして摘んでいた僕の服の袖を離し、僕はようやく解放された。
「これからよろしくお願いしますね。圭一センパイ」
* * * * *
陽が落ちても、最近は暖かく感じる。
頬を撫でる風も優しげになる。
春が来たんだなあと思った。
僕は通っているダンススタジオの練習が終わって、帰り道、目抜き通りを歩いている。
街はすっかり春の陽気に当てられていて、誰もがはしゃいで、浮き足立っているように見える。
始まりの春。出会いの春だ。
……出会いの春という言葉で、僕は先ほどの神郡さんの事を思い出してしまった。
彼女は何者なんだろう? 本当にどこかで会った事があるのだろうか?
……あるのだろうきっと。
でも僕にとって、二年前まで過ごしていたあの町には、あまり、覚えていることがないのだ。
……それにしても、あんな強烈な子がいたら、絶対覚えているはずなのだけれどもなあ。
きっと何か不可思議が働いたのであろう。
おかしな子もいるもんだと、僕が歩いていたら……
「圭一センパーイ!!」
……え? あまり、聞き馴染みのない声が僕を呼んでいる?
「けいいちセンパーイ!! 待ってくださいよう!」
後ろから走ってきた誰かが、僕の鞄を掴んだのでびっくりしてしまった。
何事かと振り返ると、先ほどの神郡さんが走ってきたのだ。
「センパイ! こんな時間まで何してたんですかぁ?」
「え……と、レッスンの帰り……」
「ええ!? こんな遅い時間まで!?
危ないじゃないですかあ!!」
高身長の彼女の顔が近づいてくる。妙な迫力を感じる。
「センパイ、いじめられっ子なんだから夜中に出歩いたら危ないです! それとセンパイ体が弱くて年に二回は病を患うんですから!! 暖かくしてないとダメじゃないですかあ! それと晩御飯はちゃんと食べたんですか!? センパイ、史上稀に見る虚弱体質なんですから、すぐ貧血を起こして、その度にアタシに保健室に運ばれていたじゃないですか! もう! 弱すぎて学校で『陸を泳ぐマンボウ』って呼ばれてたの忘れてたんですか!?
もーセンパイは、私がいないと昔からてんでダメダメなダメ子ちゃんだったんですからぁ!!」
歩道で大声を出すので、大勢がこちらを振り向く。
随分僕に詳しいが、困ったことに僕は……僕は君の記憶が全くない。
……誰なんだ。君は一体……誰なんだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます