となりのお稲荷さん ~封印が解けたら幼女(自称神)になっていたので、現代の悪党を美味しく頂きます~

第1話 殺生石から幼女!?

 金曜日の夜、栃木県、那須町。

 古くからの温泉地として知られるこの場所に、疲れ切った男が一人、実家に帰省していた。


 那須なす みなと――二十七歳。

 都内のブラック企業でシステムエンジニアとして酷使され、心身ともに限界を迎えて実家の神社へ逃げ帰ってきた、宮司の次男坊である。


「はあ……帰りたくねぇなぁ……」

 丑三つ時。実家の裏手にある『殺生石せっしょうせき』の前で、湊は缶ビール片手に夜空を見上げていた。

 かつて九尾の狐・玉藻前たまものまえが封じられたとされるこの岩は、硫黄の匂いを漂わせながら鎮座しており、子供の頃から見慣れた景色でもあった。


「なぁ、狐の妖怪だか神様だか知らねえけどよ。お前も長年こんな狭い石の中で窮屈だろ? 俺の狭いワンルームとどっちがマシかねぇ……」

 独り言ちて、空になった空き缶を握りつぶした、その時だった。


 ――パァァァァァァァンッ!!


 乾いた破裂音が夜の山に響き渡り、目の前の巨大な岩が、真っ二つに割れていた。


「……はい?」

 湊が二度見する。

 幻覚ではない。

 岩が割れ、そこから凄まじい白煙──いや、霊気が噴き出している。

 神主の家系ゆえか、湊には少しばかり「視える」素養があった。その噴出するエネルギー量は、明らかに人間の理解を超えている。


「ククク……あはははは! ついに! ついに出られたぞぉぉぉ!」

 煙の中から響いたのは、天を衝くような高らかな笑い声。

 伝説の大妖怪、復活!?

 湊は腰を抜かしそうになりながらも、そのシルエットを目に焼き付けた。

 煙が晴れると、そこには──


「……ん?」

 金色の髪。琥珀色の瞳。

 頭にはピョコピョコと動く狐耳。

 お尻からはモフモフの尻尾が一本。

 そして、どう見ても身長百二十センチほどの──。


「……幼女?」


「──ぬ? 何を見ておる、下郎」

 幼女と目が合った。

 彼女は自分の手足を見て、次いでペタンコの胸元を見て、絶叫した。


「な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁッ!? わらわの豊満なる肢体はどこへ行った!? 縮んでおる! 妖力も尻尾もあらかた抜けて、わらわのごとき姿になっておるではないかーーッ!」

 地団駄を踏む自称・大妖怪。


 湊は呆然と呟く。

「あの……もしかして、玉藻前……様?」


「様はいらん! ……む」

 幼女が鼻をヒクつかせ、湊に近づいてくる。

 そして、くんくんと匂いを嗅いだ。


「ふん、其方そなたからは『疲労』と『加齢臭』の哀れな匂いがするのう。だが、魂は腐っておらぬ。……名は?」


「な、那須 湊です……」


「そうか。ミナトよ、腹が減った。何かよこせ。あと、寒い。着るものを所望する」


 伝説の大妖怪は復活早々まっ裸で、ふんぞり返って要求してきた。






 とりあえず実家の離れ(湊の部屋)に連れ帰ったものの、彼女──タマ(仮名)は、湊が着替え用に出しておいた荷物を勝手に漁り始めた。


「ほう、手触りの良い布じゃな。絹か? いや、もっと不思議な感触じゃ」

「あ、ちょ、待ってください! そのTシャツだけは……!」


 湊が止めるのも聞かず、タマはその真っ白なTシャツを頭からすっぽり被ってしまった。

 それは、湊が激務のストレス発散に衝動買いした、『某高級メゾンブランド』の一枚三万円もするロゴなし白Tシャツだった。


「うむ、妾には少し大きいが、着心地は悪くない」

「うわぁぁぁ! おろしたてなのに……!」


 さらに悲劇は続く。

 タマは部屋にあった書道セット(湊の趣味)を見つけると、楽しげに墨をすり始めた。


「これだけでは殺風景じゃのう。どれ、妾が直々に箔をつけてやろう」

「え、何してるんですか、やめ……」


 ジュッ!

 たっぷりと墨を含んだ筆が、三万円の白Tシャツの胸元に走る。


 ―『神』―


 迷いのない、達筆すぎる行書体。

 高級ブランドTシャツは、一瞬にして『田舎の土産物屋で売っている変なTシャツ』へと変貌を遂げた。


「完成じゃ! どうだミナト、ありがたく思うがよい!」


「僕の……僕の、三万円が……」


「さんまんえん? なんじゃそれは。供物か?」

 『神』Tシャツを着た金髪狐耳幼女(狐耳と尻尾は幻術で隠した)がドヤ顔を決める横で、湊が膝から崩れ落ちた、その時だった。


 ガリッ、ガリガリ……。

 外の拝殿の方から、何かを削るような不審な音が聞こえてきた。


「……なんだ?」


「む。ネズミがおるようじゃな」


 湊が窓から覗くと、拝殿の賽銭箱の前で、覆面をした男たち二人がバールのようなもので箱をこじ開けようとしていた。

 最近多発しているという、賽銭泥棒だ。


「おい! 罰当たりなことしてんじゃねえぞ!」

 湊がサンダル履きで外へ飛び出すと、男たちがギロリと振り返った。


「あぁん? 見られたか。……おい、やっちまえ」

 男の一人がバールを構えて湊に迫る。

 明らかに手慣れている。

 恐怖で足がすくむ湊。

 だが、その前に小さな影が割って入った。


「──うわ、くっっっっさいの〜〜〜〜!」

 心底嫌そうな、蔑むような声。

 『神』と書かれたTシャツを着たタマちゃんが、鼻をつまんで立っていた。


「なっ、なんだこのガキ! どいてろ!」

 男が容赦なくバールを振り下ろす。

 ガギィン!

 鈍い音が響くが、タマは一歩も動かない。おでこにバールが直撃したはずだが、傷ひとつなく、逆にバールの方がひん曲がっている。


「は……?」


「効かぬわ、愚か者め」

 タマは琥珀色の瞳を細め、ニヤリと笑った。


「其方ら、腐ったドブ川のような臭いがするの! 神域を穢し、小銭を盗む……矮小なる『外道』じゃな」

「ひ、ひぃッ!?」

「腹の足しにもならなそうだが……まあよい。味見くらいはしてやろう」


 タマが小さな手をかざす。

 男たちの身体から、青白い光の粒子がチョロチョロと溢れ出した。


神罰覿面しんばつてきめん、寿命没収──いただきまーす♪」


 チュッ

 短く吸い込む音がした。

 男たちは悲鳴を上げる間もなく、その場にへたり込んだ。


「あ……あぁ……腰が……」

「体が……重い……」

 数秒前まで血気盛んだった男たちが、急に酷い夏バテを起こしたかのように憔悴し、顔には深いシワが刻まれる。

 命までは取ってはいない。ただ、数十年分の精気を奪い、急激に老化させただけだ。


「……ぺっ。不味まづい」

 タマは顔をしかめて舌を出した。

「味が薄いのう。重湯おもゆを更に水で薄めたようじゃ。やはり小悪党の魂など、スカスカで食えたものではないわ」


 一応、少しだけ肌艶が良くなったタマだが、まったく満足していない様子だ。

 湊はへたり込んだ泥棒たちを哀れみの目で見つつ、恐る恐る尋ねた。

「あの……タマさん? ひょっとして、人間を食べるんですか?」


「人聞きが悪いことを言うな。妾が喰らうのは、このような『穢れ』のみじゃ。……ミナトよ、この時代にはもっと脂の乗った、こってりとした極悪人はおらぬのか?」


「え……ええ、まあ。山ほどいますけど……」


「そうか! ならば食べ放題じゃな!」


 三万円の『神』Tシャツを着た幼女は、無邪気な笑顔で言った。

 こうして、社畜と、現代の悪を食らう最強幼女の奇妙な同居生活が幕を開けたのである。

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