◆ episode2.

様子を探る。


フロアはいつも通り。

光が速くて、音が重い。

人の顔だけが薄い。


その中で、あいつだけ浮いてた。


クラブに似合わない風貌。

派手な色も、馴れた笑い方もない。

ただ静かにそこにいる。

踊らない。飲まない。

目だけが時々、出口の方向を撫でる。


早く帰りたそう、というより、

「帰る」をもう手元に置いてある感じ。

いつでも拾って帰れるように。


こっちの世界に染まる気がない。

染まらないことを、武器にもしてない。

ただ、染まらない。


それがいちばん面倒。


朔はどこかに消えた。

たぶん「友達に挨拶してくる」みたいな、

誰も反論できない建前を置いて。

そのまま、あいつを“置いた”。


置くのが好きだな、朔も。

置かれる側の都合は、どっちもあんまり見ない。

似てる。


あいつは朔を探さない。

呼びもしない。

手元の空気だけを持って、そこにいる。


——なるほど。


俺はグラスを指で回す。

氷が鳴る。

その音に、

あいつの肩がほんの少しだけ反応する。


気づいてる。

気づいてないふりもしてる。

どっちも同時にやってる。


視線を合わせない距離で、

こっちの気配だけ拾う。

それでいて、寄ってこない。


「助けて」とも言わない。

「退屈」とも言わない。

「帰りたい」とさえ言わない。


ただ、帰れる顔をしてる。


朔がいないことを、

“問題”として扱ってない顔。


その顔が、妙に腹の奥を掻く。


試す、という言葉は便利だ。

やりたくなった理由を、作業にできる。

自分の内部が動いたことを、ただの手順にできる。


俺は煙草に火をつける。

赤が一瞬だけ浮いて、すぐ沈む。

音の粒が、あいつの周りだけ少し重い。


逃げるなら逃げろ。

置かれたまま消えるなら、それで終わりだ。


——と思ったのに。


あいつの足は動かない。

動かないまま、呼吸だけが浅くなる。

その浅さを隠さない。


隠せないんじゃない。

隠す気がないわけでもない。

隠し方を選ばないだけ。


ここで俺が動けば、

あいつはたぶん一歩引く。

引いたまま、逃げない。


その予感だけが、やけに確かだった。


グラスを置く。

腰を上げる。

距離を詰めるんじゃない。

出口の光だけを、先に塞ぐ。


さて——どうするかな。


答えを聞くというより、

揺れの形を見にいこうか。

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