第27話 代表という名の、逃げられない立場

代表という名の、逃げられない立場

1

立場は、同意なく与えられる


個別接触から、二日後。


大学から届いたメールは、

これまでと文面が違っていた。


「先日の説明会を受け、

学生の意見を適切に反映するため、

あなたにご協力をお願いしたい」


協力。


だが、

差出人は

学部事務ではなく、学長室だった。


由衣(通話越し)が、

すぐに気づく。


「……これ、

個人対応じゃない」


「うん」


「代表にする気だ」


正解だった。


2

大学が欲しいのは「顔」


学内の会議室。


今度は、

事務職員だけではない。


学部長。

広報担当。

法務。


全員が、

俺を“学生”としてではなく、

“役割”として見ている。


「今回の件は、

学外からも

注目を集めています」


広報担当が言う。


「学生側の視点を

きちんと示したい」


学生側。


つまり、

お前が語れということだ。


3

代表にされる条件


「あなたの発言は、

先日の個別面談で

非常に冷静でした」


「だからこそ、

お願いしたい」


学部長の言葉は、

一見、評価に聞こえる。


だが、

評価とは

使えるかどうかの言い換えだ。


「公式な場で、

“学生として”

考えを話してほしい」


公式。


学生。


その二語が、

重くのしかかる。


4

主人公は、線を引く


俺は、

はっきり言った。


「代表にはなれません」


空気が、

一瞬止まる。


だが、

誰も驚かない。


「ただし」


続ける。


「一学生として、

自分の考えを話すことはできます」


重要な違いだ。


代表は、

誰かの意見を背負う。


一学生は、

自分の責任だけを負う。


5

大学は「受け入れたふり」をする


広報担当が、

すぐに言葉を調整する。


「ええ、ええ。

もちろん、

“形式的な代表”ではありません」


形式的。


つまり、

実質的には同じ。


だが、

この場では

それ以上押せない。


「では、

“学生の一人としての意見”を

公式記録に残す、

という形で」


妥協案。


俺は、

頷くしかなかった。


6

観測者は、別ルートで動く


その日の夜。


観測者から、

直接の連絡が入る。


「大学側とは

別件での提案です」


嫌な前置きだ。


「公開の場での

説明を

検討してください」


説明。


今度は、

“学生として”ではない。


7

観測者が求める「公開」


「想定しているのは、

討論会、もしくは

公開ヒアリングです」


「大学関係者、

外部有識者、

メディア」


全部乗せだ。


由衣の声が、

イヤホン越しに低くなる。


「……

完全に

表に引きずり出す気だ」


ああ。


これが、

観測者の“別の手段”。


8

説明とは、証明ではない


俺は、

一つだけ確認した。


「能力の説明ですか?」


観測者は、

一拍置いて答える。


「説明可能な範囲で」


その言葉は、

逃げ道のようで、

罠でもある。


説明しなければ、

“隠している”と言われる。


説明すれば、

管理の対象になる。


9

二つの「公的な場」


大学が用意する場。


学生の一人として


ガイドラインの補足として


観測者が用意する場。


社会に向けて


現象の説明として


どちらも、

俺を必要としている。


だが、

目的が違う。


章ラスト

代表でも、被験者でもなく


通話を切った後、

俺は天井を見た。


由衣が言う。


「……

どっちも

嫌な役だね」


「うん」


「でもさ」


由衣は、

少し間を置いて続けた。


「どっちも、

お兄が“何者か”を

勝手に決めてる」


その通りだ。


代表。

説明者。

対象。


どれも、

俺が選んだ名前じゃない。


自動販売機の表示が、

ゆっくり変わる。


状況分析:

立場付与、進行中


推奨:

自己定義の準備


自己定義。


初めて出た言葉だった。


次に立つ場では、

もう

黙っていられない。


だが、

どの言葉を選ぶかは、

まだ決めていない。


大学は、

“学生の声”を欲しがっている。


観測者は、

“説明”を欲しがっている。


世間は、

“答え”を欲しがっている。


――

だが、

答えを出す前に、

名乗らなければならない。


次の章で、

俺は

初めて

自分で立場を定義する。


それが、

逃げでも

降伏でもない形で。


――

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