第19話 裏方がいる配信は、もう逃げ場じゃない

裏方は、画面の向こう側に立つ

1

妹は、部屋に来ない


由衣は、

兄の部屋に住んでいない。


それは、最初から変わらない事実だ。


実家は電車で一時間ほど。

事故のあとも、

由衣は病院からそのまま実家に戻った。


だから――

兄の配信部屋に、妹の姿はない。


だが。


「……聞こえてる?」


イヤホン越しに、

由衣の声がした。


Discordの通話ランプが、

静かに光っている。


2

裏方は「隣にいる」必要はない


「音量ちょっと大きい」

「コメント流れ速いよ」

「今の話題、

一回切ってもいいかも」


妹は、

兄の画面を共有で見ている。


配信画面。

コメント欄。

同接数。


全部、把握している。


物理的には離れている。

だが、

判断の距離は近い。


俺は思った。


――

これでいい。


同居しないからこそ、

守るべき線がはっきりする。


3

裏方が入ると、配信は“個人”をやめる


由衣が関わるようになってから、

配信は明らかに変わった。


コメントの拾い方が整理される


危うい流れは事前に警告が入る


「試そうとする視線」を早く察知できる


「今の質問、

ちょっと深掘りされすぎ」


由衣が言う。


「答えなくていい」


兄は、

それをそのまま受け入れる。


これは命令じゃない。

補助だ。


4

観測者ではない“別の目”


由衣は、

観測者の存在を知らない。


だが、

視線の違いには気づいていた。


「最近さ」


通話の向こうで、

由衣が言う。


「コメントに

“期待”じゃなくて

“確認”が混じってる」


確認。


兄は、

一瞬だけ黙った。


「……そうだな」


「ファンじゃないよ、これ」


正解だ。


5

世間は、距離を詰めてくる


切り抜き動画が、

配信者界隈を越えて拡散される。


#超能力は実在するのか

#偶然では説明できない

#大学生配信者


一般層が入ってきた瞬間、

空気は変わる。


由衣は、

感情を交えずに言った。


「これ、

“面白い”から

“試したい”に

変わってる」


怖いほど、

冷静だった。


6

大学は、遠回しに動く


数日後。


兄の元に、

大学からメールが届く。


「学生のSNS活動について

追加の確認」


前より、

文面が硬い。


由衣は、

通話越しに即答した。


「一人で行かないで」


「一緒に来るのか?」


「行かない」


「でも、

終わるまで

繋いどく」


それで十分だった。


7

裏方は、嘘を“作らない”


面談で兄が言ったのは、


「エンタメとして

活動しています」


それだけ。


由衣は、

後から言った。


「今日の答え、

嘘じゃない」


「本当のことを

全部言ってないだけ」


重要な違いだ。


8

観測者は、配置を評価する


その夜。


観測者からの通知。


「補助要員の

常時関与を確認」


「物理的非接触は

リスク低減に寄与」


「判断補助として

有効」


一人暮らしであることが、

むしろ評価された。


終章

支える、という距離


配信終了後。


通話を切る前、

由衣が言った。


「お兄」


「何かあったら」


「一人で

決めなくていいから」


兄は、

小さく笑った。


「でも、

最終的に

決めるのは俺だ」


「うん」


「それでいい」


由衣は、

そう答えた。


同居しない。

干渉しすぎない。

だが、

離れすぎない。


それが、

今の二人の距離だった。


自動販売機は、

静かに光る。


運用形態:

単独(遠隔補助付き)


矛盾はない。

逃げ場もない。


主人公は、

今も一人暮らしだ。


――

だからこそ、

自分の選択に

向き合わなければならない。


そして妹は、

画面の向こうで

支える側として

そこにいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る