第5話:地獄への片道切符
## エピソード:地獄への片道切符
### 覚悟の深淵
カフェの窓から差し込む午後の光が、テーブルの上に並んだ冷めたコーヒーカップを照らしていた。エリとエリカは、ありさの口から紡がれる、あまりにも緻密で冷酷な復讐のシナリオに、言葉を失っていた。それはもはや「計画」というより、ある種の「芸術作品」のようにすら感じられた。
「…ありさ、正気なの?」
エリがようやく絞り出した声は、震えていた。
「もし、万が一…ウィッグがうまく機能しなかったら? 打ちどころが悪かったら…? 本当に…」
エリは、最悪の言葉を口にするのをためらった。
エリカもまた、冷静な表情の奥に深い憂いを浮かべていた。
「リスクが高すぎる。彼らがパニックにならず、冷静に脈を確かめたら? 救急車を呼んだら? あなたの計画は、すべて彼らの『愚かさ』と『パニック』に賭けている。あまりにも不確定要素が多い」
二人の親友の、心からの心配。その真剣な眼差しを受け止めながら、ありさは、ふっと表情を和らげた。それは、まるで嵐の前の静けさのような、穏やかで、しかし底知れぬ覚悟を秘めた微笑みだった。
### 友情という名の共犯契約
「もちろん、正気よ。これまでで一番ね」
ありさは、エリとエリカの手を、それぞれの上からそっと握った。その手は、驚くほど温かかった。
「二人が心配してくれること、全部わかってる。エリカの言う通り、私の計画は、彼らが罪の重さに耐えきれず、愚かな行動に走ることに賭けてる。博打みたいなものよね」
彼女は一度言葉を切り、二人の目をまっすぐに見つめた。
「でもね、もう引き返せないの。あの女の目は、もう獲物を定めた肉食獣の目よ。私が逃げれば、追いかけてくる。警察に駆け込んでも、彼らはさらに巧妙になるだけ。中途半端な防御は、私を確実に殺すわ」
ありさの声は、静かだったが、その一言一言に、逃げ場のない現実を受け入れた者の重みがあった。
「だから、選ぶしかないの」
彼女は、二人の手を、少しだけ強く握った。
**「殺るか、殺られるか」**
その言葉は、カフェの穏やかな空気にはあまりにも不釣り合いで、しかし、彼女たちの間にある現実を、鋭く切り裂いた。
「この計画は、私の復讐のためだけじゃない。私の『生存』のための、唯一の攻撃手段なの。最高の防御は、攻撃だって言うでしょう?」
そして、ありさは、悪戯っぽく片目をつぶってみせた。その仕草は、彼女が抱える恐怖と覚悟の重さを、一瞬だけ覆い隠すための、精一杯の強がりだったのかもしれない。
「だから…」
彼女は、深呼吸をして、続けた。
**「もしかして、本当に帰れないかもしれないけれど…その時は、よろしくね」**
その言葉には、悲壮感はなかった。むしろ、自分の運命を、最も信頼する友人に託す、清々しささえ感じられた。それは、遺言のようであり、同時に、最高の信頼の証だった。
「…バカ…」
エリの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「そんなこと、言わないでよ…絶対に、迎えに行くから…!」
エリカは、黙って、ありさの手を強く握り返した。その無言の圧力は、どんな言葉よりも雄弁に、彼女の覚悟と友情を物語っていた。
ありさは、そんな二人を見て、心から微笑んだ。
「ありがとう」
それは、地獄へと向かう片道切Openerを手に、最高の共犯者を得た瞬間の、感謝の言葉だった。この瞬間、三人の友情は、単なる友情を超え、運命を共にする、血よりも濃い絆で結ばれたのだ。
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