第35話(最終回):『探し物は、愛の真ん中に――「不完全な私」が導いた、黄金の理想郷』
ゼフィルス独立経済領の空は、吸い込まれるような碧色に澄み渡っていた。 建国記念式典の当日。領主館のテラスからは、色とりどりの花々が咲き乱れるアプローチと、その先に広がる豊かな草原、そして活気あふれる港が一望できた。
潮風に乗って、甘い『スーパーベル』の香りと、焼きたてのパンの匂い、そして領民たちの笑い声が届く。
「……ない! ないわ、テオ! 一番大切な、あの『建国宣言の銀のメダル』がどこにもないの!」
主役であるはずのエリエットは、相変わらず執務室でひっくり返った宝石箱や書類の山と格闘していた。
「エリエット様、落ち着いてください。先ほど、隣国のカイト王子に見せびらかしたあと、お菓子の空き箱に『ここなら安全だわ!』と言って入れませんでしたか?」
「えっ! ……あ、あった! あったわテオ! クッキーの食べかすにまみれてるけど、本物だわ!」
エリエットは銀のメダルを高く掲げ、泥だらけだった過去を思い出すように、眩しそうに目を細めた。 整理整頓は、結局最後まで克服できなかった。注意散漫な性格も、探し物で半日を潰す悪癖も、相変わらずだ。 けれど、今の彼女を「無能」と呼ぶ者は、この広い世界のどこにもいない。
「エリエット殿! また探し物か? 君のその『混乱』こそが、新しいアイデアの源泉だと私は確信しているよ」
テラスの扉を開けて現れたのは、隣国のカイト王子だった。彼はエリエットの「不器用な舞踏」に魅了されて以来、すっかりゼフィルスの常連となり、今や最も信頼できるパートナーだ。
「カイト様。ふふ、お恥ずかしいところを。でも、見てください。このメダル、私が**『品質鑑定』**で見抜いた、この地で採れる最高純度の銀で作ったんです。……不純物(欠点)があっても、磨き方次第でこんなに輝くのよ」
エリエットはメダルを胸に抱き、テラスへと歩み出た。 そこには、彼女を支えてきた仲間たちが勢揃いしていた。
「お嬢様、顔にインクがついてますぜ。……まあ、それが『ゼフィルスの顔』ってもんですがね」
庭師のゴードンが、日に焼けた顔でガハハと笑う。その隣には、元暗殺者のゼロが、今や誰よりも手際よく剪定バサミを操りながら、静かに会釈した。
「エリエット様。……私は、あなたのその『綻び』に救われた。完璧な冷徹さよりも、あなたの温かな不完全さが、この地を理想郷に変えたのです」
エリエットは、集まった人々の顔一人一人を、愛おしそうに見つめた。 かつて公爵家で「公爵家の恥」「欠陥品」と罵られ、暗い部屋で一人、自分が「普通」になれないことを呪っていた夜。あの時の自分に、今のこの景色を見せてあげたい。
「皆様。……私は、ずっと自分が大嫌いでした。物を失くし、約束を忘れ、型にはまることができない自分は、世界に居場所がないのだと思っていました」
エリエットの声が、広場に集まった領民たちに、魔導拡声器を通じて響き渡る。
「でも、この辺境の地で、私は気づいたのです。……欠点は、隠すものではありません。それは、新しい何かを生み出すための『隙間』であり、誰かの助けを借りるための『手掛かり』なのです。……私一人が完璧だったら、私はゴードンやテオ、ゼロ、そして皆様と出会うことはなかったでしょう」
エリエットは、空に向かって両手を広げた。 異空間倉庫から、祝福の紙吹雪――ではなく、彼女が大切に育てた花々の花びらが、雪のように舞い散る。
「『ちゃんと』できなくてもいい。……あなたがあなたのままで、その特性を活かせる場所を探してください。……もし見つからないなら、このゼフィルスへ来てください! ここは、不完全な私たちが、最高にハッピーに笑い合える場所(エデン)なのですから!」
万雷の拍手と歓声が、ゼフィルスの海を揺らした。 エリエットの瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちた。けれど、それはかつての悲しい涙ではない。あまりの幸福に、心が耐えきれずに溢れ出した、光の滴だった。
「テオ。……私、今、世界で一番幸せだわ」
「ええ。……ですが、お嬢様。……その手に持っているはずの『メダル』、またどこかに置き忘れましたね?」
「……えっ!? うそっ、今、持ってたのに! どこ!? どこにいったの!?」
エリエットが慌てて足元を探し回り、カイト王子が笑いながら一緒に膝をつき、ゴードンが呆れたように頭を振る。
その賑やかで、支離滅裂で、どこまでも温かい光景。 それこそが、エリエット・アルスターが掴み取った、世界で一番「完璧」な幸福の形だった。
不器用な令嬢の物語は、ここで一旦幕を閉じる。 けれど、彼女が植えた「自分を愛する」という種は、これからも世界中の人々の心の中で、色とりどりの花を咲かせ続けることだろう。
「……あ、あったわ! テオ! 私のポケットの中にあった!」
「……最初からそこにあると言ったではありませんか。さあ、行きましょう。新しい冒険が、私たちを待っていますよ」
エリエットは、テオの手を取り、最高の笑顔で未来へと駆け出した。 探し物は、まだ終わらない。 けれど、彼女はもう、何も失うことはないのだから。
『転生公爵令嬢、発達障害チートで辺境から億万長者になる』―― 完 ――
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