星の木は、あの日の約束の旗

季都英司

第1話:大地が死に、希望の種と約束が残った

 この星の大地は死んだ。


 本当に死んだのは親友のリクだけど、この星にとって結果はいっしょだ。

 だってリクは星の『大地』の力を司る化身。リクが死ぬと言うことは、すなわち大地にまつわるすべてが死ぬと言うこと。

 リクが死んでしまったものだから、大地は干からびつつあるし、植物も弱り植物をえさとする生きものも衰えている。要は地に根ざす、ありとあらゆるものが弱りつつあった。

 でも、それはどうでもいい。

 僕にとって本当に悲しかったことは、リクが死んでしまったことなのだから。

 僕はリクと同じ星の『空』の力を司る化身。この星で数少ない同類が死んでしまったことが、悲しくて悲しくて仕方なかった。僕はリクが本当に大好きだったから。

 あの優しかった彼にはもう会えない。あの柔らかい声をもう聞くことはできない。あの温かい手に触れることはもう無い。僕はその事実があまりにも悲しくて、僕は彼の遺体の横で泣きくれた。

 風が吹き荒れ、雨がたたきつけ、陽射しが焼いた。星は荒れたが、彼のいないこの星に興味は無かった。

 どれくらいそんな風に泣いていただろう。僕はいきなり横面をひっぱたかれた。

「アオ、あんたいい加減にしなさいよ! いつまでもうじうじと泣いて、うっとうしいったらないわ!」

 その容赦の無い声に顔を上げると、そこには案の定ミウがいた。がさつで優しさの欠片もなく、いつでもうるさい彼女は星の『海』の力を司る化身だ。

「うるさいなあ、ほっておいてくれよ! リクがいない世界に存在する意味なんて、僕にはもう無いんだから!」

 いつだってミウは僕の心を逆なでする。僕はミウが嫌いだった。こいつは僕とリクのところにいつもやってきては、二人の時間の邪魔をするから。

 ミウに言わせれば、

「アオはなんでいつもリクと私が遊ぶのを邪魔するのよ!」となるらしいが、リクはニコニコして間をつないでしまうから、結局いつも三人でいることになってしまうんだ。

 リクはこの星の大地が、空と海をつなぐように僕らの中心にいた。


 僕がミウをにらみつけたら、ミウの方でも怒りをあらわにした表情をした。

「私だってアオなんかいなくてもいいって心から思ってるわ。でも私たちは、リクとの約束を守らなくちゃいけないんだから!」

 ……ああ、そうだった。僕をこの星につなぎ止める理由が、すべてを捨てられない理由が、たった一つだけ残っていた。

 それはリクが残した約束。

 リクは死の直前、ほとんど動かない身体を地に横たえ、それでもあの優しい微笑みを浮かべながら、こんなことを言った。

「……ボクはもうダメみたいだ。なんて心残りだろう。静かな森で憩うことも、金色にたなびく丘を見ることも、野を駆ける美しい獣たちと走ることも、もうできそうない。ねえ、誰よりも信頼する君たちに、最後に一つ頼んでいいかな。ボクが死んだら、大地の上に生きるものたちも滅んでしまうだろう。それはいやなんだ。だからボクの愛する生きものたちを助けてやってほしい」

 リクの声は弱々しくて、終わりが近いと理解できてしまった。

「ああ、もちろんさ。君の望みなら何でも叶えてあげるよ!」

「アオ、ちょっと黙ってて! リク、助けるってどうしたらいいの? 生物が住むところを失って生きていけるわけがないわ」

 ミウはつまらない現実論をぶつける。これだからミウは嫌いだ。

「……新しい大地に生きものたちを連れていってあげてほしい」

「新しい大地? そんなものどこに」

 ミウが訊ねる。

「……ほら、あそこにあるじゃないか」

 そういってリクは天を弱々しく指さし、にっこりと笑った。

「月……?」

 そこには夜闇に白く輝く月があった。

「そうさ、あそこなら広い大地が広がっている。月ならきっとみんな生きていける」

 僕はリクがうわごとを言ってるのだと思った。だって星に縛られた僕らに、あんなところに行く方法があるわけがない。

「月になんてどうやっていくっていうの?」

 ミウが聞き返すとリクは懐からなにかを取り出して、僕に手渡した。

「……これは?」

 それは手のひらよりも小さくて、つるつると丸くて、ぼんやりと白く輝いていた。

「それは星の木の種。ボクの力で最後につくった、どこまでも高く大きく育つ木の種さ。この星の木が育てばきっと、あの月までとどく星の架け橋になれるはずさ」

 リクは夢を見るような表情をした。

 ああ、それはなんて素敵な夢だろう。優しいリクにふさわしい夢だ。

「ああ、わかったよ。きっと僕が星の木を育ててみせる。月までみんなを連れて行くよ」

「私も約束するわ。リクの願いは必ず果たしてみせる」

 僕もミウも、リクの目を見て強くうなずいた。これが三人の約束となった。

「ああ、ありがとう。これで安心して逝ける。新たな大地でみんなが楽しげに暮らす姿が見えるようだよ……」

 リクはそう言って目を閉じ、微笑んだ。

 そしてそのまま、リクが目を開けることははなかった。約束だけが僕らに残された。

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