現代ギャル、悪役令嬢にログイン。AI指示で人生逆転します!

ゴロ

第1話:断罪イベントにギャルログイン! 《ルート状態:断罪/介入者:ギャル/再生中》


 王城の大広間には、張りつめた空気が満ちていた。

 ざわめきはない。ただ、見下すような視線だけが、ひたすらに少女へと注がれている。


 金糸のような髪。磨かれた宝石のような瞳。

 その美しささえ、今は嘲笑の材料にしかなっていない。


「――セレナ・リュミエール。

 本日をもって、君との婚約を破棄する」


 王太子アレクシオンの言葉は、氷のように冷たかった。


 セレナの喉がひく、と震えた。

 それでも、否定の声は出てこない。


(……どうして。

 わたくし……努力してきたのに……)


 王太子の隣には、清楚な白いドレスをまとった少女――

 “天使のよう”と評されるミレイユ・カルメリア男爵令嬢。


 その大きな瞳に涙が浮かび、震える声で言った。


「アレクシオン様……わたし、怖かったんです……

 何度も、いじめられて……」


 すぐさま周囲がざわつく。


「階段から突き落とされた件、教材を破られた件――

 どれも目撃者がいる。君の悪行は明白だ」


 アレクシオンの断言。

 その横でミレイユは怯えるようにアレクシオンの腕に縋る。


(わたくし……そんなことしていません……!

でも……誰も、信じてくれない……)


 胸がぎゅう、と締めつけられる。


「そして……君のスキルについてもだ」


 アレクシオンは露骨に眉をひそめた。


「“謎の黒い板”を召喚するなど……不気味極まりない。ミレイユを呪おうとしたのでは、と噂にもなっている」


(ちがう……わたくしも使い方がわからないだけ、なのに……)


弁解しようとしても、喉が震えて声にならなかった。


誰もこちらを見ようとしない。

視線には蔑みしかない。


視界が揺れる。

知らぬ間に、心から何かが抜け落ちていく感覚がした。


 ――ああ、もう無理なんだ。

 私はどれだけ努力しても、誰にも届かない。


「本日をもって、お前は王太子妃候補から外れる。実家に戻るといい」

 淡々と告げられる冷酷な宣告。


 膝が崩れ落ちそうになる。

 それでも――令嬢としての矜持で、なんとか立っていた。

 周囲の侮蔑に満ちた視線が、刺さる。

 涙を見せたくなかった。ここだけは。


 でも……

 心の奥で、何かがプツッと切れた音がした。 


(……もう、無理……)


 ふらりと視界が揺れ――

 足元に落ちていた小さな装飾片に、ヒールが引っかかった。


「きゃ……!」


 床が傾く。

 視界が白く弾け、思考が千切れていく。


(誰か……助けて……

 誰でも……いいから……)


 その“祈り”が世界に溶けた瞬間――

 セレナの意識は闇に落ちた。


  ◆ ◆ ◆


(……ん、なんか……落ちた?)


 アヤカはぼんやり目を開ける前に、手の感触をさぐった。

 さっきまで寝落ち寸前で触っていた 自分のタブレット ――

 “アタシの相棒”が心配で。

 マジで大事なタブレット。

 高かったやつ。 


(ちょ、どこ!? 割れてたら泣くんだけど!?)


 慌てて周囲をさぐり、指先が固い板に触れた。


(あった……!! よかったぁーー!)


 拾い上げて、即座に画面右上を押す。


 ――ピッ。


 柔らかな光が画面に広がる。


(ついた……!

 はぁぁ……マジ安心した……!)


 ホッと胸を撫で下ろした、その瞬間。


(……ん?)


 目の前のタブレットをよく見た。


 角の形も、背面の質感も、カメラの位置も――

 アタシのiPa〇じゃない。


(ちょ、え、え、え!?

 これアタシのじゃない!? なにこれ!?

 そもそも“ホームバー”どこ行った!? 型番違くない!?)


 現実感のない事態に、アヤカはタブレットをひっくり返し、裏、側面、スピーカー穴まで必死に確認する。


 完全に別物だった。

 シンプルな黒背景。

 見覚えのないアプリがひとつ。


 《AIアシスト:Jomilina》


「……ジョミリーナ? 誰?」


 アイコンをタップした瞬間、聞き覚えのない声が響いた。


『初めまして。スキル起動を確認しました。

 私はAIアシスタント、ジョミリーナです』


「えっ喋った!?」


 タブレットが喋る。

 ゲームじゃなくて現実で。

 困惑して固まるアヤカに、声は続けた。


『まずは状況確認のため、カメラを起動しますね』


「え、ちょ……勝手に!?」


 タップもしてないのに画面が切り替わる。

 インカメ。

 そこに映ったのは――


 金色の巻き髪。

 透き通る宝石の瞳。

 息を呑むほど整った顔立ち。


「……え、セレナ様じゃん」


 瞬きした。

 画面の中の“美少女”も同じタイミングで瞬きした。


「……え、ちょっと待って。

 これ……アタシの動きじゃん……?」


 ゆっくり手を上げる。

 画面の彼女も手を上げる。


「うそでしょ……アタシ……セレナ様のボディ入ってんの!?

 マジで!? この悪役令嬢セレナちゃんに!? 誰得!? アタシ得!?!?」

 

『説明しますと長くなりますが――』


「ちょ、ジョミりんでいい? 名前長い!」


『……了解しました』


 反論もせず受け入れてくれるあたり、めっちゃAI。

 でも声が落ち着いてて安心感ハンパない。

 

「婚約破棄!?

 あ、あの乙女ゲームのやつ!?

《エターナル・ラブ・クロニクル》の!!?」


『……そのゲームですね』


「ちょ、ちょっと待って!?

 あのゲーム、悪役令嬢セレナって、

 序盤で断罪されて国外追放コースじゃん!?

 しかもヒロインが“清楚系ぶった腹黒”ってウワサで有名だったやつで……!

 スチルもむっちゃ気合い入ってたし……!」


『ユーザー評価は星3.8でしたね』


「数字言うのやめて!?

 今まさにその世界の“断罪イベント”なの!?!?」


『そうです。今まさに、会場にいます。

 そして――そろそろ意識が戻ります』


「意識が戻るって何――」


 言い切る前に、世界がぐらりと揺れた。 

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