『黒猫』と『ランドセル』と『(異)世界一のパン屋さん』
SHIRA
プロローグ
スタートラインまで
「今から丁度400年前・・・この地は日本という国で、日本語と呼ばれていた言語を使用していたわ。・・・はい、ここで問題よ。その日本で主食とされていた食べ物は何でしょう? 今日は24日だから・・・出席番号24番のヤマブキさん」
立体的なホログラムの前で教鞭をとる先生が、そう言って私をビシッと指を差します。私はカタッと椅子を引いて、立ち上がって口を開きます。
「先生、人に指を差したらダメです。それと、答えはパンとお米です」
「指差しは先生の特権よ。それと、答えはお米ね。今では気候変動によって稲は稀少なものとなり、小麦ばかりになってパンが主食になったけれど、昔はこの地で沢山の稲が栽培されていたのよ」
ゴーン・・・ゴーン・・・
学校中に鐘の音が響き渡ります。それは、今日の最後の授業が終わった合図です。
「今日はここまでね。じゃあ、皆。気を付けて帰るのよ。それとヤマブキさんは職員室まで来てね。くれぐれも寄り道をせずに! 真っ直ぐにね!」
「はい」
クラスメイト達が色んな形の個性あふれるバックやリュックを持って帰宅準備を進めるなか、私はお婆ちゃんから貰った赤い『ランドセル』に急いで教科書を詰めていきます。
今日もこれから家のお手伝いです。急いで帰らないといけません。なのに職員室に寄らなければいけないなんて・・・面倒です。
「ヘーイ! ノエル! 難しい顔してどうしたんだ! また何かやらかして説教か?この行動力オバケが! この間は上級生と取っ組み合いの喧嘩をしたんだろ? 今度は先生達と銃撃戦でも繰り広げたのか?」
カッコイイリュックを背負った1人の男の子が私の肩に手を置いてきました。
ライト・ジャクソン。いつもニコニコ笑っている、サラサラ金髪が触り心地よさそうな、綺麗な青い瞳の隣の席の男の子です。彼の周りはいつも笑顔で溢れています。
「あははっ、先生と銃撃戦なんて・・・やるとしたら殴り合いくらいです」
「やっぱり笑ってる方がかわ・・・って、笑い事じゃねぇ!!・・・あ、おい! どこ行くんだよノエル!」
窓に向かってテクテクと歩く私を、ライトは腕を掴んで制止してきます。
「どこって・・・職員室です。職員室はここの真下。先生は真っ直ぐに来るよう言いました。そして、私は急がなきゃいけません」
「まさか・・・窓から降りるつもりか!? おい! 皆! 行動力オバケのノエルがまた無茶しようしてんぞ! 全員で止めるんだ!」
クラスメイトに総出で止められた私は、仕方なく階段で職員室に向かいます。
・・・結局遅くなってしまいました。絶対に窓から降りた方が早いと思います。皆は頭が悪いです。
コンコン
「失礼します」
「あ、ヤマブキさん! こっちこっち!」
職員室の奥にある敷居の先へと手招きされて、ソファに座って担任の先生と2人きりで向かい合います。
「さて、ノエル・ヤマブキ。話と言うのは・・・」
「私はまだ何もしてません」
「
「ごめんなさい」
先生は私達の間にある机の上に一枚の紙を置きました。
「話と言うのはコレよ。高校への飛び級。親御さんと相談して決めると言っていたけど・・・どうなったかしら?」
その話は聞きたくありません。私は先生と顔を会わせないよう俯いて、何と返すか思考します。
「ヤマブキさん?」
(あのヤマブキさんが言葉に詰まるなんて・・・よっぽど真剣に考えているのね)
先生は優しく目を細めて、私の顔を覗き込んで来ました。
「ヤマブキさん。今のクラスメイト達と離れ離れになるのは辛いことよね」
違います。そうじゃないです。
「でもね、ヤマブキさんはとっても賢いわ。まだ9歳とはいえ、その頭脳をこんな小学校で持て余すのは勿体ないことだと思うのよ。・・・限度を超えた行動力と常識の無さは進学する前に直した方がいいと思うけど」
・・・逃げましょう。私は家の手伝いをするんです。横に置いていたランドセルを背負って立ち上がります。
「え、ヤマブキさん?」
そして、窓に向かって走ります。
「ヤマブキさん!?」
窓を開けて、飛び降ります。
「ヤ、ヤマブキさん!!??」
ここは二階。綺麗に五点着地を決めて、私は走って帰路につきます。空を飛ぶバスが交差する空の下、「ハッハッ」と息を切らしながら、住宅街を抜け、古い商店街にある私の
見た目はオンボロだけど、私の自慢のとっても美味しいパン屋さんです。
「ママ! ただいまです! 遅くなってごめんなさい!」
「おかえり! 今日はもう明日の準備だけだから、たまにはお友達と一緒に遊んで来たらどう? ほら、お店の外で・・・」
「ううん! 手伝う!」
二階にある私の部屋へ駆け上がり、ランドセルを投げ捨ててエプロンに着替えます。
「接客はお店の顔です。身だしなみはキッチリと!」
端っこがひび割れた姿見で、自分の格好をチェックです。
ママは綺麗な金髪ですが、私はパパと同じ黒髪です。サラサラ過ぎて上手く結べません。パパは私が5歳の頃にママを置いて居なくなりました。この黒い髪もあまり好きじゃないです。・・・でも、ママと同じ青い瞳は大好きです。
「これでよしっ、です」
サラサラな長い黒髪を頑張って纏めて、ネットと帽子を被ってお店のある一階へと向かいます。ママが明日の準備をしている間、私はお店に立って接客です。お客さんは居ませんが・・・あれ?
「あっ」
「あ・・・ライト」
隣の席のライトが、並べられたパンの前でトレイとトングを持って立っていました。お客さんです!
「 ヘイ! ノエル! ちょっと小腹が空いて今日も来たぜ!」
「ようこそ! パン屋クリスタルへ!」
カチカチカチ
ライトは何故か不満気な顔でトングを鳴らしてます。たまにこういう時があるんです。いつもニコニコなライトですが、唐突に不機嫌になるんです。意味が分かりません。・・・が、私には関係ありません。今はそれよりも注意することがあります。
「トングをカチカチするのやめてください。不快に思うお客さんもいるんです」
「ハッハッハー! おいおい、ノエル。俺の他にお客さんいねぇだろ! 面白い冗談だぜ!」
わざとらしくピカッと歯を見せて意地悪そうに笑ってます。
・・・イラッ。
蹴ります。蹴ります。思いっ切り蹴ります。
「えいっ、えいっ、えいっ」
「い、いたっ。いててっ。おい! イカレてンのか! お客さんを蹴る従業員がいるか!」
「今のライトはお客さんじゃないです。ただの友達です」
プイッとそっぽを向きながらそう言ってみると、ライトは「へへっ、ま、そうだな!」と何故か満足そうに笑いながら、並んでるパンへと視線を逸らしました。
・・・ライトはいつも長ーい時間を掛けてパンを選びます。その間に私はママの明日の準備を手伝いましょう。
お店の方が見える位置で、明日の朝使う粉などを補充していると、ママが面白いものをみるようなニマニマとした顔で近づいてきました。
「ノエルは、あの子・・・ライト君に恋してるのかい?」
「してません」
「フフッ、即答ね。・・・ねぇ、知ってる?」
「知りません」
「たまにそうやって話に割り込むところ、ノエルの悪いところよ?」
ポンっと頭に手を乗せられました。ママは、注意する時、叱る時はこうやって頭に手を乗せて来ます。こうされると、何でかママの気持ちが何となく伝わってきます。今は面白半分、心配半分って感じです。ママはいっつも私を心配してます。
「あのね? ライト君っていつもノエルが来るまで、ここら辺をウロチョロしながらお店の中を伺っているのよ」
「不審者じゃないですか」
お店でパンを選んでいるライトをチラリと見てみると、パッチリと目が合いました。そして、サッと慌てたように目を逸らされました。意味が分かりません。目を逸らす理由も、お店の周辺でウロチョロする理由も。
「聞きに行きましょう」
「フフッ」と揶揄うように笑ったママに見送られながら、私はライトの元へ行きました。
それから、「なんでもねぇよ!」「べ、別に!」としか言わなくなったライトの会計を済ませて、明日の準備を終わらせ、残ったパンを近くの孤児院へ配送する用意をして、二階の居住スペースでママと一緒に夕食の準備を進めます。今日の夕食は残り物のパンです。今日の夕食
「ごめんなさいね。いつも残り物ばかりで・・・」
「美味しい残り物です。私は好きです。『世界一』美味しい残り物です」
「フフッ、『世界一』・・・ねぇ」
「ママ?」
ママはクロワッサンをボロボロ零しながら懐かしそうに私を見つめてきます。
「このお店はあの人・・・ノエルのパパが作ったものだけれど、私の夢を叶えようと贈ってくれたものなのよ」
「ママの・・・夢?」
「そう。『世界一のパン屋さん』になりたいって子供みたいな夢なんだけれど・・・あの人ったら、そんな私の呟きを聞いてね。持ち前の行動力であっという間に物件を買ってお店を作っちゃったのよ」
ママを置いて行ったパパのことはどうでもいいですが、ママの夢は気になります!
「・・・まぁ、あの人みたいな思い切りの良さがない私には、競合が多いパン屋さんは向いていなくて、結局この有様なんだけれどね。たくさん努力してきたつもりなんだけれど・・・報われないものね」
どこか寂しそうに言うママに、私はガタッと立ち上がって拳を握ります。
「そんなことないです! ママは凄いです! 私に勉強を教えてくれます! とっても頭がいいです!」
「フフッ、ありがとう。ノエル。私達の天使」
ポンっと頭を撫でられました。心地良いです。
「じゃあ、そんな私と、あの人顔負けの行動力があるノエルなら、『世界一のパン屋』さんになれるかもしれないわね!」
ママは満面の笑みでそう言いました。ママのそんな言葉が、表情が嬉しくて、私は胸を張ってある約束をします。
「私、ママの夢を叶えます! 『世界一のパン屋さん』!!」
「ありがとう。でもね、ママはノエル自身の夢を優先して欲しいかな?」
「大丈夫です! 私の夢はその先にあります!」
そう言ってパン・オ・ショコラをボロボロ零しながら頬張る私に、ママはニコリと微笑んで「食べ終わったならシャワー浴びてきなさいね」とテーブルを拭き始めました。・・・私、決めました!
シャワーを浴びて『黒猫』の着ぐるみみたいなパジャマに着替えた私は、しっかりと歯を磨いて、しっかりとうがいをして、寝る支度を済ませて軋むベッドの上にママと寝転がります。
「ママ・・・私、飛び級して高校に入学します」
一緒のお布団に入ったママに、私の決意を力強く伝えます。
「え・・・昨日まで飛び級はしたくないって言ってたじゃない。お店の手伝い出来る時間が減るからって・・・」
「はい。ママは私の為になるからって飛び級を勧めてくれてたけど、私は今の生活を変えたくなくって迷ってました」
私は・・・今の生活に満足していたんです。お店はガラガラで貧乏ですが、ママと一緒にパン屋さんを出来るだけで私はとっても幸せでした。・・・でも、ママは違いました。
「私、『世界一のパン屋さん』を目指すために飛び級して、たくさん学びたいです!」
「そ、そうなのね。応援しているわね」
どうしてか、どこか浮かない顔のママを見つめながら、私は眠りにつきました。
・・・そして、目を覚ますと私の日常は終わっていました。
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