第4話 私の量子場へ出発だ
ロッティはベッドに倒れ込んだ。
博士の声が頭の奥に蘇る。
"Make your own way."
《自分の道を切り開け》
「Then I'll go… even if no one allows me.
《なら行く。誰にも止められなくても》」
勢いよく起き上がり、ノートパソコンを開く。
検索欄に打ち込むのは、たった三つの単語。
「Yamamura」「Project」「Japan」。
立て続けにページを開いていくうち、ひとつのサイトが目に留まった――
“N県教育委員会”の公式ページだ。
「Exchange Program… maybe this is it.
《交換プログラム……これかも》」
博士が口にした rural study の響きと、
サイトに載る regional education program が、ぴたりと重なった気がした。
「If the entanglement is real, I'll find him again.
《量子もつれが本当なら、博士にまた会える》」
――Because we must be the same kind of quantum entanglement.
《だって私たちは、きっと同じ“量子もつれ”だから》
***
ロッティはM.I.T.の留学生支援センターを訪れた。
「I want to apply for Dr. Yamamura's Rural Study Project in Japan.
《山村博士の地域教育プロジェクトに応募したいんです》」
担当の事務員は、慣れた調子でパソコンを操作する。
「I understand. We'll take care of it.
《分かりました。こちらで手続きしておきます》」
ギフテッドプログラム所属という肩書きは、そのまま信用を連れてくる。
事務員は疑いもせず、淡々と申請を進めた。
「Perfect. Now it will reach him.
《これで、博士に届くはず》」
ロッティの胸に、確信めいた手応えが生まれた。
――In theory, the chain of causation is complete.
《理論上、因果の鎖は完成している》
――If the input is correct, the result must be correct. That is science.
《入力が正しければ、結果も正しくなる。それが科学》
だがそのメールが海を越える頃には、文面は
「アメリカの優秀な少女が“N県の山村留学”を希望している」
というものにすっかり変わっていた。
その事実をロッティが知るのは――もっと先のことだ。
***
深夜。
靴音を忍ばせて階段を下り、そっと玄関を開ける。
冷たい空気が頬を撫で、秋の匂いがした。
書斎の明かりはまだ灯っている。
きっと両親は仕事の途中なのだろう。
「I'm sorry, Mom and Dad... but I have to go.
《ごめんなさい、ママ、パパ。でも私は行く》」
ロッティは振り返らず玄関を出た。
通りを流していたタクシーに手を挙げる。
「家族と空港で待ち合わせ」と告げると、運転手は何の疑いもなく車を走らせた。
夜の街が窓を流れていく。
ガラスに映る自分が、ほんの少し大人に見えた。
「The entanglement is real… I'll find him again.
《量子もつれは本当に起こる。博士にまた繋がる》」
夜明けが飛行機の窓から差し込む。
ロッティはシートベルトを締め、静かに息を吸った。
「Now I depart for my place — my quantum field.
《さあ、自分の居場所へ。私の量子場へ出発だ》」
胸の内には、確かな決意と――ほんのわずかな不安。
その名を、彼女はまだ知らなかった。
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