秘匿大勇者ケンサク――紐帯のアレキサンドライト
佐古涼夏
第1話 追放はされたけれど……
くっそ。全身が痛い。
何もない小さな岩礁地帯。
岩肌がトゲトゲと体に刺さって横になることすらできない。
――ヒナタ、おまえは俺たち勇者パーティには不要だ。
ふっざけんな! だからって断崖絶壁から蹴落とすこたあねえだろ!
イサム、A子、B子、C子、全員ぶっ殺す!
つっても、いまの俺に何もすることはできない。
足はなんとか動くみたいだが、30メートルはあろう絶壁を登るのは無理だ。
寒いな。
この世界は年中、穏やかな気候だと転移時に神から聞いていたが、目の前が海だからか。
スーツのジャケットもスラックスも穴だらけで寒い。
黒々とした大海に目をやると、白い帆船が見えた。
くそったれ! イサムたちの船だな。沈没してしまえ!
仕事を終えたあとの深夜の異世界転生アニメ、唯一の生きがいだった。
戻りてえ。
異世界なんてアニメだけで十分だったんだ。
クソみたいな社畜の日々、クソみたいな東京の空気。
それから、クソみたいなあいつらとの東京タワー見学。俺は興味なかった。同期だからあいつらに付いて行っただけだ。
そしたら、展望でピカッと光って神とご対面。
神から与えられた防御魔法であいつらを守ってやれるとウキウキしてた自分を殴ってやりてえ。ま、いまさら遅いんだけどな。
で、俺の人生27でオワコンなわけだが、どうすっぺ。
ジミヘンやコバーンみたいに27歳クラブに加盟できてバンザイ?
ふざけんな。
ルナはなにしてんのかな。もう新しい彼氏できたのかな。
こんな状態でも元カノに未練タラタラな俺、逆にかっけえわ。
マジでかっこよくね?
どうしようもない状況で元カノに未練タラタラ男。クソかっけえよ。俺めっちゃイケてんな。
やっぱ俺SUGEEEEEわ。
やっぱすごかったわ。って、そんなわけねえよ。
だったら、勇者パーティ追放にならねえんだよ。
ああ寒い。海風ってこんなに寒いのか。
こりゃ今晩もたないかもしれないな。
帆船が随分遠くに行っちまったな。
いまごろイサムはABC子とハーレム決め込んでるってわけかい。
船が見えなくなってきたな。船が見えな……。
いや、見えるな。すぐそこに。見えるじゃないか。
いよいよ視界が狂ってきたってことかな。
船が見えるよ。船が見える。しっかり見える。そう、しっかりな。
しっかり見えてるぜ。「JAPAN COAST GUARD」ってな。
見えてるぞ。うん、見えてる。
いや待て。なんで? なんでだYO!
《そこの君、大丈夫かい?》
嘘だろ? 海上保安庁の巡視船? なんでだYO!
でも少し小さいな。巡視艇か。
でも、でも、でもなんでだYO!
《動けないのか? 悪いが、あまり近づくと座礁する。ゴムボートを流すから来たまえ》
いや、動けないやつに動かせるなよ!
俺は足を引きずりながら岩礁の先でゴムボートを待った。
ずっと待った。ずっとな。……波に流されてるじゃねえかYO!
《すまない。船ごと乗り上げるから安全な場所にいてくれ》
ふざけんなって。
俺は動きたくないの! しかも船が乗り上げたら終わりだろ!
ああもう! 要はこれって走馬灯だろ?
生命活動の危機の際にぐるぐる脳が回転して最善手を探すってやつ。
俺の最善手ってこれですか? わざと座礁させるのが最善手?
どんだけ俺はアホなんだよ。
おいおい。くるな、くるな。くるなって!
俺は急いで横の大きな岩礁によじ登った。
巡視艇が躊躇せず寄ってくる。
俺がこんなにアホだとは思わなかった。
まあ、そんなもんだよな。
みんな臨終に際して走馬灯を見てるんだ。
最善手が打てたらみんな死んでねえよ。
そう、みんな悪手を打っちまって死ぬんだ。
俺は最悪手だけどな。
――ガガッ! ガガガガガガッッ!!
はい、おつかれー。座礁しましたー。俺は死亡でーす。
とりあえず死亡確認してもらうか。
走馬灯だから医者が都合よく乗ってる可能性はあるぞ。
「おーい! 俺の死亡確認してくれ!」
斜め下に乗り上げた船に向かって叫んだ。
《悪いが僕は医者じゃない。物書き、いや秘匿大勇者だ》
は? 俺もう死んでるよな。
いつまで走馬灯が続くんだよ。
死後も耳が聞こえたりとか、その一種?
死亡アディショナルタイムみたいなやつ?
なんかモノクロ写真が似合いそうなイケメンのオッサン出てきたな。
なるほどな。しっかり喪服を着てらっしゃる。
やっぱり俺は死んだか。
ちょっと安心したぜ。死んで安心とかおかしいけどな。
ん? おい、オッサン。なんで下りてこいって手を動かしてんだよ。
俺はもう動けないし、動きたくないの!
「不愉快だな。なぜ僕が君に見下ろされなくてはいけないんだ?」
うん、ちょっと変な人でもおかしくないよな。
アディショナルタイムなんだから。
俺は、あんたこそ上がってこいと言ってやった。
こっちは仏様だっつーの。
「下りたまえ。絶対は僕だ」
どっかで聞いたようなアニメのセリフだな。
まあ、俺の頭の中だから、狂ったキャラがいてもおかしくないよな。
俺は黙って喪服のオッサンを見下ろし続けた。
「不愉快極まりないな。君! 下ろしてやるから待ちたまえ」
それより、いつ試合終了になるんだよ。
オッサンはスマートフォン使ってるし。
しかも電話してるじゃん。
俺、試合中に悪質な遅延行為でもした?
してないよな。どういうことだよ。
あれ? なんか岩礁が傾いて……るッッ!
いってえ。
なんでこんな目に合わなきゃなんねえんだよ!
どうした俺。なんか岩礁きれいに横に切れてるし。
最悪だ! 俺はアホすぎる!
「まったく君は不愉快だし、つまらない男だな。礼も言えないのかい?」
「俺はね、もう死んでるの! で、仏様なの! あんたより偉いの!」
オッサンは溜め息をついて黒いネクタイをゆるめた。
「死んでないよ。死人が喋るわけないだろ? 君は生きてる」
「でも……」
オッサンは俺の言葉を遮った。
「救助ヘリがもうすぐ来る。安静にしていたまえ。あと……」
意味わっかんねえな! なんだよ!
「スーツは悪くない。その緑のタイピンは不愉快だな。海に捨てたまえ」
俺の頭は沸騰した。
このタイピンだけは、これだけは絶対に貶されたくない。
元カノからのプレゼントで未練がましくても、これだけは絶対に!
こいつ、ぜってえ許さねえ!
ヘリのプロペラ音が近づいていた。
俺にはそんなことどうでもよかった。
こいつをつぶす!
俺はジャケットを脱ぎこぶしを構えた。
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