第22話
翌日、俺は氷織とのデートのために一張羅を下ろし、着替える。今日のデートは絶対に成功させなければならない。攻略ノートを読みこんで、デートの対策はばっちりだ。
俺は家を出て待ち合わせ場所に向かう。待ち合わせ場所につくと、氷織の姿はない。俺は文庫本を開いて目を落とす。攻略ノートには、氷織は準備に時間をかけるタイプだと書かれてあった。着ていく服に迷って時間を使いすぎてしまうとあった。だから氷織が来るまで気長に待てばいい。まだ待ち合わせ時間の三十分前だ。
「お待たせ」
待ち合わせ時間を少し過ぎたタイミングで、氷織が姿を現した。
とてもよく似合っている服装だ。氷織のクールさが前面に押し出されている。可愛いと言うよりかっこいい系。氷織によく似合っている。
「めちゃくちゃ似合ってるぞ」
「うるさい」
これは照れ隠し。攻略ノートには絶対に褒めろと書かれてあった。表面上、氷織は喜んでいるようには見えない。
「それじゃあ行くか」
「うん」
俺は氷織と一緒に歩き出す。
「手繋いでいいか」
「少しなら」
俺は氷織の手に自分の手を絡ませる。こうして氷織と手を繋ぐのは何度目だろう。だが、氷織の手は強張っている。本当に俺を意識してくれているのだろう。緊張で手汗をかいてしまうほどに。しっとりとした感触が手に広がってくる。氷織の手汗が滲んで、俺の手に付着する。
「そろそろごめん」
氷織がそう言って俺の手を離す。氷織と手を繋いでいた時間はわずか五分ほどだった。それでも俺の胸は温かく満たされていた。
そうして歩いて目的地の猫カフェに到着する。店に入ると、俺たちは壁際の席に案内される。そのすぐ隣には座布団を敷いて猫が丸まっている。
「可愛い」
氷織が小さく呟いた。
そうして手を伸ばし、猫を撫でる。
「ふわふわ」
氷織は気持ちよさそうに頬を緩める。猫もまた気持ちよさそうに氷織の手を受け入れていた。
「氷織、先に注文しないと」
「うん、ごめん」
俺たちはコーヒーとカフェラテをそれぞれ注文し、猫のおもちゃも一緒に頼んだ。店員が猫のおもっちゃを持ってきて、氷織が受け取る。氷織は我慢できない子供のように、猫にちょっかいを出し始める。猫はおもちゃを目にすると、手をせわしなく動かし始めた。氷織は楽しそうにおもちゃを動かしている。その様子が可愛くて、俺は氷織の正面に移動し、スマホを構えた。氷織とたわむれる猫の写真を収め、氷織も撮影する。
そうしているうちに店員が飲み物を運んできた。
俺たちは席に戻り、飲み物を啜る。
「可愛い。うちは猫飼えないから嬉しい」
「氷織、猫好きなんだな」
「好き。泣き声とかもすごく可愛い」
氷織はそう言いながら隣の猫を撫でる。猫は氷織の手を受け入れて、気持ちよさそうにごろごろ鳴いた。
「猫とたわむれる氷織、可愛かったぞ」
「あ、そ。可愛いのは猫でしょ」
「氷織も可愛かった。子供みたいで」
俺が笑いを噛み殺していると、氷織は頬を膨らませる。馬鹿にされたと思ったのだろう。
「楓は猫と遊ばないの」
「俺はな、猫が嫌がると思うぞ」
「そんなことないと思う。ほら、この子とかすごく大人しい」
そう言って氷織に手を引かれ、俺は強制的に猫に触れさせられる。毛の感触がとても柔らかく、もふもふで気持ちいい。
「ね? 大丈夫だったでしょ」
どことなく氷織の態度が優しい。猫という癒し空間にいるから、氷織自身心が穏やかになっているのかもしれない。これはいい機会だ。氷織の緊張がほぐれている今こそ、氷織と距離を詰めるチャンス。
俺はそっと氷織の後ろに移動すると、猫を撫でる氷織の手に自分の手を重ねた。
「一緒に撫でてみよう」
「それは私の手じゃない」
「氷織の手に触れたかったんだろうな」
「やめて」
冷たく突き放され、俺は渋々手を離す。いけると思ったんだけどな。
「でも、少しだけなら、いい」
俺が手を離した瞬間、氷織が頬を染めてそう言う。俺は心の中でガッツポーズして氷織の手に自分の手を重ねる。
「楓の手はいつも温かいね」
「俺の心が温かいからな」
「それ私は心が冷たいってことになっちゃうんだけど」
「失言だったな」
俺は苦笑し頭を掻く。氷織の手は緊張で手汗が滲み出ている。だが、俺を跳ねのけることはしない。少しだけ距離が縮んだような気がした。
「楓、私とのデートは楽しめてる?」
「楽しいぞ。俺はこんなに楽しいデートをしたことがない」
「そんなにたくさんの女の子とデートしたの?」
「いや、これが初めてだ」
「じゃあその言い方はずるい」
氷織はなかなか鋭い。だが、俺は本当にこのデートを楽しめている。最近は生徒会のことばかり考えていたから、こういうリラックスできる時間は大切にしたい。氷織と二人きりで出かけることがこんなに楽しいとは思わなかった。氷織はいつもあまり表情を変えないが、今日の氷織の表情は緩んでいる。俺はまだまだ氷織のいろんな表情を知らないんだなと思い知らされた。彼女のいろんな表情を引き出せるように、俺は頑張らなければならない。
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