記憶喪失の僕、異能者限定の何でも屋に入るらしい。
プラリネ
一章「初仕事」
第一話「まっさらな僕」
最初の記憶は、真っ白な天井だった。
よく見る色だが、少なくとも知っている場所じゃないことだけは確か。
硬すぎるベッドのせいで、背骨や肩が痛い。
こんな所からはさっさと退散しなければ。
そう考えて起きようとした、はずなんだけど。
起きられない。
まるで手足が磔になったみたいだ。
ただベッドに寝かされているだけなのに。
動かせるのは首だけ。
頭を浮かせて、なんとか手を確認する。
大の字で寝ていただけだと思っていたが、正確には大の字で固定されていたらしい。
手錠だ。
恐らく、足も足枷で固定されている。
鎖の音が鳴らないあたり、ベッド自体にこれらが付いているのだろう。
なるほど。
つまり自分は、誰かによって拘束された。
であれば、やることはひとつだ。
きぃん、と耳鳴りがする。
きっとこの後、轟音が辺りに響くのだろう。
「あは」
その後のことは、自分には関係ないが。
どうしてそう思ったのか、暫くして目を覚ました僕にはよくわからない。
ぼんやりとした記憶の中にある手錠は、今や跡形もなく吹き飛んでいた。
さっきまで着ていたはずの服まで。
疼くように痛む身体を、取り敢えず起こしてみる。
辺りを見れば、壁なんかは黒焦げだった。
床だって黒いし、ベッドは破片となって散らばっている。
穴が開いていないあたり、この部屋はかなり頑丈なのだろう。
というのも、この惨状を引き起こしたのは僕なんだと、なんとなくわかっている。
それがすごく恐ろしくて、声をあげてみた。
「あの、誰か……い、いませんかー?」
声は虚無に消えた。
なんてこともなく、扉がちゃんと開いてくれた。
そこにいたのは、四十代ほどの男性。
青みがかった黒髪をかきあげ、左目に眼帯を着けている。
左手には、何かが入ったビニール袋を持っているようだ。
「気分はどうだ」
一切感情のこもっていない声で問いかけられる。
どこか敵意が見え隠れしていて、萎縮してしまう。
取り敢えず、局所を隠して答える。
答えないほうが酷い目に遭う予感がしたから。
「なんか、体が痛いです……」
多分、爆発したせいだろう。
人間が爆発するのも意味がわからないし、何故生きているのかもわからない。
僕がそうなったはずなのに、理屈がさっぱり。
理由もさっぱりだ。
だから、どうしても現実感がなくて。
「これ、僕がやったんですか?」
確認してしまう。
自覚はあるのに、それ以上が何もないから。
「そうだ、全部お前がやった」
目の前の男は僕を睨みながら、袋を投げつける。
ぽす、と顔に当たったそれは柔らかい。
中を見れば、シンプルでラフな服だった。
「取り敢えず、それを着ろ」
「はい……」
裸のまま問答を続けても意味がないというのは、お互い共通の認識だったようだ。
ご丁寧にフリーサイズの下着も入っていたので、取り敢えず下から着る。
下半身が少し覆われただけなのに、やけに落ち着く。
「……やけに従順だな」
男はそう呟く。
不思議そうに、しかし警戒するように。
僕にはその理由がわからない。
……本当に何もわからないことに、気づく。
多分、常識の一部も欠落している。
そういう認識はできるが、そうできてしまうくらい何もわからない。
僕の名前、出自、ここがどこか。
ここに来る前は、何をしていたのか。
何の確信を持ってここを黒焦げにしたのかも、今の僕は知らない。
ただ一つ、いや三つほどわかることはある。
まず、僕は大爆発できること。
僕の周りが、とかじゃなくて、僕が爆弾。
ばん、って肉体が爆ぜて、周りに衝撃波と熱波が巻き起こる。
次に、再生できること。
大爆発したら、そりゃぐちゃぐちゃになる。
でも僕はそこから生き返られる。
色んな法則に反している気がするけど、きっとそう。
それは切りつけられても同じだと、肉体が言っている。
最後に。
僕が人に手で触れたら、その人は僕のことを好きになる。
前二つと何も関係性がない。
でも何故かそうであるという確信がある。
ぴたりと固まった僕を見て、男は怪訝そうにした。
「まさか記憶に混濁でもあるのか?」
「まさかっていうか……何もわからない、です」
更に怪訝そうというより、面倒くさそうな顔をしてきた。
額に手を当て、暫く考え込む。
その様子を眺める。
服を着ながら。
「いや、何も覚えていないなら好都合だな」
トップスに腕を通す。
頭もすっぽり通した直後、視界に入ったのは銃口だった。
目の前の男が、僕に拳銃を向けている。
「死にたくないなら、俺に従え」
氷以上に冷めた目で言われる。
寒いを通り越して痛い。
撃たれても多分、生き返れる。
けれど、痛い思いをしたいわけではない。
それに。
何故か、今はなんだか……それができないと思えた。
この人に睨まれている間は、何もできない。
そんな謎めいた確信が湧いてくる。
「わ、わかりました……っ」
僕は首を縦に、こくこくと振る。
その様子を見て、男はスーツの内側に拳銃をしまう。
そこに満足感がちっとも感じられないのが、とても怖い。
この人は何のために、そして何を思って僕にこうしているんだろう。
「そうか」
くるりと背を向けられ、最早こちらに一瞥もくれない。
「では、お前も第一監視課の一員だ」
第一監視課。
どこかで聞いたことがあるような、ないような。
首を傾げる僕を置き去りにするように、扉が開けられた。
「……ついてこい」
また、こっちを見ずにそう告げられる。
仕方なく立ち上がったところだった。
ビー、ビーとうるさい音が部屋だけでなく、廊下からも鳴る。
スピーカーから声が響く。
「第一監視課、キンシジャク。下磯ビルにて異能者事案あり。詳細は端末に転送済み、対応に当たってください」
男が舌打ちをした。
ようやくこちらをちらりと見て、少し逡巡した後に口を開く。
「ついてこい、研修の時間だ」
「えっ、あっ、はい……?」
突然駆け出した男の背を、僕は流されるがままに追うしかなかった。
一体何がどうなっているのかわからない。
わからないけれど、僕は何か大変なことに巻き込まれたらしいのは確かだった。
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