二郎系ラーメンVSエルフ〜野菜食が基本な種族"エルフ"は二郎系ラーメンを食べ切れるのか〜

出来立てホヤホヤの鯛焼き

第1話 エルフと二郎系ラーメン






 二郎系ラーメンとエルフ。

 その相性は、明らかに悪い。


 だが、その二つが巡り合うことはなかった。片や、魔法や異能のない世界のラーメンである次郎系ラーメン。片や、ファンタジー世界の住人である種族、エルフ。

 それ故に、出会うことは無かったのだ。

 しかし、とある世界では例外が起きた。100年前に勇者召喚によって、召喚された勇者が二郎系ラーメンのアルバイトだったのである。


 勇者は無事、魔王を倒し――そして、異世界で生涯を過ごした。彼は様々なものを異世界に遺した。

 

 食文化では――カレー、ハンバーグ、オムライス、そして……ラーメン。

 そして、味噌や醤油とラーメンに種類は数あれども、あるラーメンもその中に含まれていたのだ。

 そう、二郎系ラーメンである!


 

 エルフという種族について語るとするなら、彼らは自然を敬い、清らかな水と、採れたての野菜を中心に口にしてきた。肉も食べられないわけではないが、あくまで“たまに”という程度。

 脂っこい料理は基本的に避ける。胃腸が繊細なことは、本人たちも自覚し、他の種族も知っている事実だ。

 

 そんな彼等が二郎系ラーメンがあることを知っていても、食べる筈がない。

 

 しかし、ここでエルフという種族についてもう一つ語るとするならば。


 彼等は『プライドが高い』のだ。


 そんな彼等、エルフの森にある噂が流れてくるようになった。

 とある食べ物の噂だ。

 

 曰く、「昼に食べたら、晩御飯は食べられない」。

 曰く、「普通の人間が食べてもヤバイ」。

 曰く、「コンディションを整えないと詰む」。

 そして極めつけに、「あれは、エルフでは食べられない笑」。

 

 その評価に、ひとりのエルフが激怒した。


 ――エルフの少女、アヴェリナ(99歳)である。

 エルフの中では、少女である。


「なにおう……! ふざけるな、人間たちめ。エルフだって脂っこいものぐらい食べられる! その気になればな!」


 彼女は森の仲間たちの制止を振り切り、ぴんと尖った耳を怒りで赤くしながら言い放った。


「……いいだろう、見せてやらねば。種族を代表して、証明してやる。エルフは脂には負けないと!二郎系ラーメンなど、恐れるに足らず!だと!」


 そうしてアヴェリナは颯爽と街へ降り立った。


 目指すは――人間の街で有名な“二郎系ラーメン”の店。

 野菜大好きエルフVS二郎系ラーメン。その仁義なき、戦いはこうして始まった!




 

 二郎系ラーメンは、ただのラーメンではない。

 料理の中でも最も凶悪な部類に入る、爆量・高脂肪・暴力的エネルギー塊と名高き魔性の一杯だ。

 

 しかし、エルフのプライドの高さも並ではない。種族の意地をかけて、気合で食べ切ることだろう。


 店の前に立った瞬間、アヴェリナはごくりと唾を飲んだ。

 木製の看板には黒々とした筆文字。勇者の故郷、ニホンの文字で《ラーメン・ジロウ系『ゆーしゃ』》とある。


 アヴェリナはキッと睨み付け、ラーメン屋『ゆーしゃ』へと近付き――。


「ッ――――――!??!?」


 バックステップで、10m距離を取った。

 店に近付いただけ。問題はその向こうから漏れ出す匂いだった。


 ――重い。

 ――熱い。

 ――濃い。

 

 それは、豚脂とニンニクが混ざり合い、ひとつの生き物になったかのような。エルフの森では、今までに嗅いだことないような匂いだった。


 アヴェリナ、齢99歳は、戦慄した。




「な、なんという……! この暴力的な匂いは……一体!? ち、近付けない……! くぅ……」


 アヴェリナは思わず耳を伏せた。

 建物の外を通り抜けた湯気が、ほんのりと肌をベタつかせる。まるで油の精霊が空気中を舞っているかのようだ。


 そこへ、店奥から響き渡る怒号。


「ニンニク入れますか!!?」


 入店していないのに聞こえてくる。

 爆音のような声に、アヴェリナの膝がかすかに震えた。

 さらに周囲の客が一斉に拳を突き上げる。


「マシマシで!!!」


 森の戦士たちの鬨の声より恐ろしい。

 彼らの目の奥は血走り、すでに言葉というより“儀式の呪文”であった。


 アヴェリナは思った。


(……なに? “マシマシ”って何だ? 呪文か!?)


 恐ろしい。

 しかし引き返せない。エルフの誇りが背中を押す。


「私はエルフ……! エルフに後退は無いのだ……!あるのは、前進! 前進だ!!」


 震える声で啖呵を切り、意気込みながら扉を押し開いた瞬間だった。

 ――熱気。

 ――脂の霧。

 ――ニンニクの怒涛。


 アヴェリナの背筋が思わずぞくりと震える。


「……入店した瞬間に体力を奪うとは、恐ろしい……!」


 アヴェリナは席に案内されるまでの間に、すでに汗が滲んでいた。匂いの攻撃によって、くらくらしている。

 他の客たちは腕組みして黙々と麺を啜り、その表情は戦士のように真剣。丼の奥に潜む何かと闘っているかのようだった。


 アヴェリナの前に店主が無表情で立つ。

 彼女にとって、店主はもはや料理人というより、魔界の門番のように思えた。


「注文は?」


「えっ……と……」


 アヴェリナは本当は聞き返したかった。彼女は“マシ”“マシマシ”の違いすら知らない。


 アヴェリナは思わず背筋を伸ばし――。


「ぜ、全部っ……! 一番多いの! と、とにかく! ぜんぶ乗せてくれ!!」


 言ってしまった。

 よりにもよって“最大量”を宣言してしまった。


 店主が小さく頷く。


 何の暗号か分からないが、周囲の客が「おお……」と感嘆し、視線をアヴェリナに向けた。

 見下しでも、侮りでもない。

 ――純粋な敬意だった。


(……え? なんだ、その目は。いま、私は……とんでもない過ちを犯してしまったのか?)


 そんな思いが胸に渦巻く中、ついに――“それ”は姿を現した。


 店主が巨大な金属の丼を両手で持ち、ドンッ、と目の前に置いた。


 アヴェリナは硬直した。


「…………山?」


 いや、山ではない。二郎系ラーメンだ。


 丼の上には、そびえ立つ野菜の山。

 その山肌に貼り付くように分厚い豚肉が何枚も鎧のように重なり、影を落としている。

 麓では、地獄のスープとも呼ぶべき濁った液体がドロリと揺れ、脂の雫が光りながら浮き沈みを繰り返す。


 そして山頂には、宝石よりも重々しく、神々しいほどに照り輝く――背脂の王冠。

 天井の照明を反射してきらきらと輝くその姿は、美味しそうでありながら、なぜか禍々しいオーラを放っていた。


 その量はなんと1000g!

 現代世界ではそうそうにない、圧倒的な量である!


 アヴェリナは運が悪かったというしかない。 

 ここは異世界。多種多様な種族が住まう世界である。

 大食いで知られる獣人もいる。

 敵対種である魔物や魔族もいるため、戦士も多い。


 要するに、沢山戦って、沢山食べるのだ。

 二郎系ラーメンもまた、最大量は大きくグレードアップしていた!


(だれかたすけて)


 アヴェリナは慣れない箸を不恰好に持ったまま、白目を剥いた。


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