契約者たちの日常に非ず

河葉夜

序章 十二年前・夕方

 男と出会った時の記憶は、少年の中では既にひどく薄れていた。

 ​少なくとも、それはどうやら晴れて暖かな春の午後だったこと、という覚えはある。孤児院へ斜めに差し込む穏やかな陽の光は、男の優しい微笑みとよく釣り合っていた。


「君は、際允あいゆるというんだね?」

「うん」

「君を引き取ろうと決めたんだ。僕の名前は蔚柳いりゅう・ランニオンだ。だからね、今日から君の名前は、際允あいゆる・ランニオンになるんだよ」

「どうして、僕なんですか?」

「うーん……特に理由はないけどね」


 ​こうして、際允という名の少年は、初めて自分の苗字——ランニオンを手に入れた。

 それは、際允と、後に彼の養父となった男との初めての、そして今に至るまで最後の出会いだった。

 ――それはすべての始まりである。

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