夢オチと同じくらいにあかんやろ

加藤湖畔は、大学受験というものをよくわかっていなかった。


「なんか、みんなピリピリしてるイベントやろ?」


それくらいの認識で、共通テスト会場に来ていた。


隣には、三枝がいた。


列を一つ挟んで、斜め前。

それだけで、三枝の体調は一気に悪化した。


「……っ」


三枝は額に汗を浮かべ、何度も深呼吸をしている。


(あれ? こいつ、顔色悪ない?)


湖畔はぼんやり思ったが、特に気にしなかった。


試験開始。


問題冊子が開かれる。


三枝は、ペンを持つ手が震えていた。


(……読めない)


文字が滑る。

設問の意味が入ってこない。


本来なら、見ただけで解ける問題。

東大A判定を何度も取ってきた内容。


なのに――


(なにこれ……)


頭が真っ白だった。


一方、湖畔。


(ふーん)


問題を読んでいない。


読んでいないが、マークは埋めていく。


「えーっと……これ、丸っぽいな」


深い理由はない。

形がきれいだから。

なんとなく。


それだけ。


試験は終わった。


初日の夜、自己採点。


三枝は、紙を握りつぶした。


「……六割……」


視界が歪む。


努力してきた。

全部を犠牲にしてきた。

友達も、遊びも、睡眠も。


なのに。


列を挟んだ隣に、

**あいつが来ただけで。**


一方、湖畔。


「……あれ?」


丸をつけ終わって、首を傾げる。


「……全部合ってる?」


百分率に直すまでもない。

100%だった。


「え、やば」


湖畔は、素直に喜んだ。


「これならさ、明日0点でもどっか受かるんちゃうん?」


その瞬間だった。


空気が、歪んだ。


音が消える。

景色が引き延ばされる。


「……あ?」


湖畔が瞬きをした次の瞬間。


――教室だった。


黒板。

机。

ざわざわした声。

高二のクラスである。


「……ん?」


窓の外を見る。


季節は、春。


「……あれ?」


隣の席。


三枝がいた。


ノートを広げ、黙々と勉強している。

顔色は、いい。


(……なんやろ。デジャヴ?)


湖畔は首を傾げた。


何かが起きた気はする。

でも、よくわからない。


湖畔はタイムリープしたことにすら気づかない。

でも、


(まあ、ええか)


放課後。


校門を出たところで、足元に紙切れが落ちていた。


拾う。


宝くじだった。


「……あ、これ当たるやつや」


根拠はない。

でも、そう思った。


湖畔はポケットに入れて、帰った。


その夜。


ニュースで、

「未来の東大主席候補」として三枝の名前が流れていた。


湖畔はテレビを見ながら、言った。


「三枝、相変わらず勉強好きやなあ」


それだけ。

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