無神論者は神と往く《エイシエスト・ストーカー》
波 七海
第一章 覚悟と決別の刻
第0話 無神論者は神と往く
「ごめんなさい。貴方が何を言っているのか理解できないわ。魔法? 異世界? そんなものの存在を認めろって訳? それに――何をそんなに恐れているのかしら?」
何もない真っ白な空間で2人の男女が言い争いを繰り広げていた。
それは聞いている者がいるとすれば不毛な議論。
『恐れだと……? いやいや存在するんですよねぇ……これが。貴女も科学者なら分かるでしょう? 宇宙は広い、と!』
「まぁ可能性がないとは言い切れないわね。それじゃあ百歩譲って異世界が存在するとして私に一体どうしろと言うのかしら?」
男は少し思わせぶりな態度を取った後、大仰な身振り手振りを交えて言葉を発した。
対して女は少しだけ頷きながらも、彼に不審な目を向けて問い質した。
先程から繰り返し主張される異世界と言う存在。
確かに地球のような文明を持つ惑星がある可能性は考えられなくもない。
『でーすーかーらー! 何度も言ったじゃないですか! 貴女を魔法が存在する異世界に転生させてあげると言っているんですよ!』
「それよそれ。転生? えっと……
もう何度目になるかも分からない『転生』と言う言葉と概念。
女が男の主張に取り合わない理由の1つがこれ。
『いい加減、認めましょうよ。
男はわざとらしく大きなため息を吐くと、呆れた眼差しを魔魅と言う女に向けた。
何処か焦燥感のような苛立ちも感じられる。
「私は別にフィクションを否定している訳じゃないわ。現に私は異世界ファンタジーが大好物よ? 転生ものもね」
彼女から返ってくるのはまた同じ答えであったが、取り合う気がないだけなのか、何処かはぐらかせているようにも見える。
だが、どうやら異世界転生と言う概念自体は好みであるらしく、目を輝かせて声の調子は上がっていた。
『いや、そう言う話ではなくてですね……いいですか? 私は神なのです。つまり全知全能なる存在なのですよ。その私が! 貴女を! チートを授けて異世界転生させると言っているんです!』
「そんなこと言われてもね。私は神なんて全く信じてないし。大体そんな存在が本当にいたのなら世界はもっと平和になってるわよ。優しさに満ちたね」
男は魔魅の答えにガックリと項垂れるも、とんでもないことを言い出した。
それを聞いた彼女は、神を自称する男に向けて憐憫を含んだ視線を送りながらもきっぱりと断言した。
全く持ってその通りなのだが、『
『私が神だと自ら証言しているじゃないですか。それだけではいけないんですかねぇ?』
「証言だけで証明できると考えているのなら、随分とお花畑な脳内をしていると言わざるを得ないわね。私は科学的な根拠によって証明されたことしか信じない主義なの。理解できるかしら?」
魔魅は若干の煽りを含んだ物言いで、自らの揺るぎない信念を語って聞かせた。
それを聞いた自称神が目がスッと細めると、こちらもまた挑発的にドスの利かせた声で言い放つ。
『ほう……では言い方を変えましょうか。貴女が科学的思考のみで全てを解き明かせると言うのなら、今から行く異世界で証明してみせて下さいませんかねぇ』
「へぇ……何かしら? それで私に喧嘩を売っているつもり?」
普段は冷静沈着な彼女だが、事、科学に関してはやはり譲れない部分があるらしく、怒りを滲ませた。
『察しがいいようですねぇ……今から貴女を魔法が発展した異世界へと飛ばして差し上げます』
「ふーん……そこで魔法と異世界とやらのメカニズムを解明してみせろってことかしら?」
『その通りです。科学者なら当然、可能ですよね?』
「なるほどね。なら最初からそう言いなさいな。私は神なんて信じない。それを曲げるつもりはないけれど、知的欲求が満たせるのなら考えないでもないわ。どうせ『夢』なんだし」
魔魅は自称神の言いたいことをここに至ってようやく理解した。
自称神がここまで固執する以上、裏には必ず何かが存在する。
彼女は興味心で高揚せずにはいられなかった。
それに異世界人特典もないだろうし、そもそも魔魅はチート能力をもらう気などない。
纏っていた敵意は霧散し、その黒い長髪を払いながらギラギラとした漆黒の瞳を自称神へと向ける。そして回りくどいことなど言わずに素直に伝えろとばかりに大きなため息を吐いた。
「それじゃあ――」
『あ、待って下さい。先程は断られましたが、やはりチートな能力を差し上げますよ。『神』の力でね』
自称神は魔魅の言葉を遮って転生する人間にとっては魅力的な提案をした。
あくまで通常の人間にとっては、だが。
また、神と言う部分を強調しているが、もちろん彼女には響くことはない。
「要らないわ。私は自分の力で道を切り開くって決めてるの。それにチート能力にも何か仕組みがあるんでしょ? それに貴方のこともなんとなく分かったしね」
『……いいでしょう。そこまで言い切るのなら、その実力を見極めさせて頂きましょうか』
信念を貫く魔魅は当然の如くその提案を拒否し、不敵な笑みを見せながら意味ありげな言葉を残した。
そこまで言うのであれば、それ以上の言葉は無粋だろうと自称神は判断する。
「科学は決して万能ではないけれど、私は私の信じる道を
圧倒的なまでの自信を覗かせて胸を張る魔魅が、大言壮語とも取られかねない強い言葉を吐いた。その様子を見つめる自称神の目は、心なしか期待に満ちており、何処か満足げにも見える。
『では貴女の生き様を見届けさせて頂きます。魔法と異世界を解明できるのかどうかを……。あ、それとご無理なようなら、いつでもチートな能力を授けて差し上げますから言って下さいね?』
「不要よ」
自称神はそう宣言したが、返ってきたのは即答。
当然の答え。
予想通りだったのか、自称神は大人しく引き下がるとふっと笑って右手をかざして虚空にコンソールを出現させた。
そして魔魅を異世界へと転生させるべくそれを操作し、はっきりと別れを告げる。
『それでは良い夢を……』
その瞬間、魔魅の意識は暗転し、『異世界』へと飛ばされた。
残された自称神は口角を吊り上げて満足そうに笑うとぼそりと呟いた。
『科学の可能性……これで……これであの魔法至上主義の世界に変革がもたらされる。良い意味で破壊があれば……それに想定外のこともある』
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