第2話 ──インストール完了

 防がれていた扉が蹴り破られ、ワニ顔が顔を見せる。

 薄暗い空間に入ろうとした手前で立ち止まった。


「何々? なんかあったん?」


 脇からひょっこりと顔を覗かせる少女。

 部屋の中ではゼノホログラムがユニを包み込んでいた。

 黒と紫が混ざったゼノホログラムがゆっくりと形を成していく。

 装束のようなデザインスーツは身体にフィットする。

 目立つのは顔を隠すように仮面が装着されている。

 

「おいおい。あれってよ、まるでニンジャじゃねーか」


 ユニの姿を見てワニ顔が呟く。


「え? 何?」

「ニンジャだよニンジャ。もしかして知らんの? ニンジャ」

「いや知ってるけど……」

「目の前のヤツ、もしかして生き残りが起動したのか? あの感じ、デバイスに入ってたのは戦闘用のゼノホログラム【ヴァーチャルアーマー】だったぽいな。お前らは手を出すなよ。コイツは俺の獲物だ」

「は? なんで? 三人でやればいーじゃん。なんでそんなメンドクサイことすんの?」


 少女の疑問にワニ顔は「やれやれ」といった素振りを見せる。


「ミキ、お前やっぱりニンジャ知らねーだろ。いいか? ニンジャっていうのはな、数で出ると弱えーけど、単体だとめちゃくちゃ強いんだぜ? それにお前はエネルギーをばかすか食うからな。だからここは俺に任せとけ」

「いや、何それ意味わかんないし……って、あ~もう! また聞く耳持たなくなっちゃった! ねぇスミちゃん、今の聞いてた~? パパがヤバくなるなるまで手ぇ出すなって~」


 呆れた様子で少女は耳に指を当てて誰かと話している。

 恐らく外にいるもう一人だと予想していると、ワニ顔は二つの斧同士の刃を鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。

 戦闘の熱が収まらず気が高ぶっているようでもあった。

 ユニは自分の変化した全身を改めて確認する。

 自分の意思で変身したわけではない。

 インストールした瞬間に勝手に起動したことだけがわかった。


「戦闘用のゼノホログラムって、そんなの使ったことなんて……」

「おい! どこ見てやがる! よそ見していーのかよ!?」


 自身の姿に戸惑っていると、前からワニ顔がこちらに向かって大声を出す。

 顔を向けるとすでにワニ顔が動き出し、握りしめた斧で襲い掛かってきた。


「ちょっ、待っ……」

「オラァ!」

「──ッ!!」


 こちらの話を聞く素振りもなく降りかかる斧。

 ユニは咄嗟に後方に足を蹴って間合いを取り、瞬間──違和感を感じた。

 ──背中に衝撃が走ったのだ。

 驚いて振り向くと自分が壁にめり込んでいたのである。 


(さっきまで真ん中にいたのに、ちょっと後ろに下がったらもう壁に!?)

(中々速ぇな。……スキャンを掛けても該当モデルに引っかからねぇ。正体不明のヴァーチャルアーマーだと? ……銃器の類無し、近接型か? にしては装甲が薄い感じは今時珍しいタイプだな。つまり、やられる前にやるっていうコンセプトか)


「ま、待って! 話を聞いて……!」


 ワニ顔は斧を振り回しながら間合いを詰めるがユニはそれをうまく躱していく。

 この間に相手と対話をしようと隙を伺ったがそんな余裕はなかった。


(ダメだ! 話せる状況じゃない! そ、それに体が凄く軽い……これがヴァーチャルアーマーの力なのか!? だったらこれを使って逃げるしか……でも制御が……!)

(あの使い慣れてない感じ、完全に素人だ。……ってことは拉致られた運び屋のヤツがアレをインストールしたのか? ったく、めんどくせーことしやがって。だったら性能を引き出される前にさっさと終わらせるか)


 攻撃を避け続けるユニだが制御しきれず、動くたびに部屋の壁に激突してしまう。

 相手が勝手に体力を消耗していくのをみたワニ顔も、無暗に攻めずに追い込む戦法に切り替える。

 少しずつ、だが確実に追い込まれている。

 わかっていてもうまく体を動かせないことにユニは歯噛みする。

 再び壁に激突したのを見てワニ顔は一気に間合いを詰めた。

 

「終わりだ!」


 頭から真っ二つしてやると言わんばかりに斧が振り上げられる。

 避けようにもユニの体は壁にめり込んだせいで身動きが取れない。

 一か八か、ユニは思い切り足に力を込めると真上に跳躍する。

 跳んだ先、すぐに天井が見えたが、全身をくるりと前に回転させると足裏が天井に張り付いた。


「なっ!?」


 ユニはそのまま蹴り飛んでいく。

 この行動、襲い来るワニ顔に対する反撃ではない。

 飛んだ先にあるのは部屋の入口。ここから出られる唯一の場所。

 出口の手前に着地したユニはこのままBAR店内に抜けるとき、先ほどの少女が暇そうに欠伸しているのが見えた。


「お、おいミキ! お前なんでそいつ無視する!?」

「え~? だってパパ、手ぇ出すなって言ったじゃん。だからなんもしなかったんだよ?」

「それとこれとは別だろー!? 逃げられたら意味ないだろーがよ!?」

「まー大丈夫っしょ。いざという時のスミちゃんが外にいるし。てか早く追わんとね?」

「うぐぐぐっ……!」


 ミキと呼ばれた少女は焦るワニ顔を見てケラケラと笑う。

 それに少し苛立ちを覚えながらもワニ顔は逃げたユニの後を追っていった。

 BAR店内に出て、見渡すとユニはすでに店外へと出ようとしているのが見える。

 もう一人いるとはいえ、あの速度で逃げられたら余計に面倒ごとになるのは予想がつく。


「待ちやがれ!」


 ユニが店の外に出た瞬間、ワニ顔の叫びと共に背後から斧が通り過ぎる。

 次の瞬間、背中と肩に切り裂かれた痛みと衝撃でユニは地面に倒れ伏した。


 音を立てて目の前に落ちる斧。

 うつ伏せのまま後ろを向くと、ワニ顔が左手であの斧を投擲したようだ。


「逃がさねぇよ。テメェはここで終わりだ」


 右手にはもう一つの斧が握りしめられ、倒れているユニに近づいてくる。

 背中と肩に焼けるような痛み、ワニ顔が近づく度に頭からビリビリとした感覚がはしる。

 次第に目に映る光景が赤黒く変色していく。

 背中の痛みはいつの間にか感じなくなっていた。


(な、なんだ……? さっきまで痛かったのに今は何も感じない……。それになんだこの気持ちは? 今すぐ逃げなきゃいけないのに、なんでアイツをぶちのめす気になるんだ!?)

 

 内側から芽生える、増幅する黒い欲望。

 恐怖テラーが本能を呼び起こす。

 人の理性で抑えなければならない闇の衝動。

 浸される。この悪意マリスに──。

 逃げなければいけないユニの意識に反して、身体はワニ顔に立ち向かっていた。


「ほーう? この状況で逃げないとはいい度胸じゃねぇか! 来いよ!」


 挑発に乗るようにユニは地面を蹴って立ち向かっていく。

 そんなユニを見てワニ顔は勝利を確信するようにニヤリと笑った。

 

 ユニの背後には先ほど投擲した斧がある。

 単純な操作なら遠隔で動かせる。その斧をこちらに戻すように引っ張った。

 右手で振るわれる斧に、回転しながら戻ってくる投擲された斧。

 斧の挟み撃ち。相手はこれに気が付いている様子はない。

 勝ちを確信したその時だった──。


「──ッ!!」


 ユニは姿勢を低くすると目の前のワニ顔から背を向けるように回ったのだ。

 突然のことワニ顔は驚いたが右手で振るわれる斧が止まることはない。

 次の瞬間でようやく気が付いた。

 くるりと回り終えたユニの手にはある物が握られていた。


「俺の、斧……!?」


 振り向いたあの一瞬、完璧なタイミングで戻ってくる斧を掴んだのだ。

 お互いの斧が振るわれ、刃がぶつかり合う。


「うっ!? おおおおおっ!?」


 自滅狙いどころか、投げた斧を武器として利用されたのは初めてである。

 斧同士の衝撃は凄まじく、大柄な男がぐらりと体勢を崩してしまうほどだった。


「ぐッ!?」


 二つの斧が弾かれ、大きな隙を晒した先に見えた光景にワニ顔は目を見開いた。

 間近まで迫ったユニの握られた拳。

 勢いをつけた黒い一閃がワニ顔の頬を殴り飛ばした。


「パパっ!?」


 ワニ顔のホログラムが砕け、オレンジ色の破片が散る。

 まさかの展開に離れた位置から様子を見ていたミキが叫んだ。

 殴ったユニはこのままワニ顔に追撃を入れようとしている。

 明確な殺意を感じたミキは二丁のハンドガンを彼に向けた瞬間、甲高い音と共に一筋の光が迸った。

 

「……──ッ!」

 

 光はユニのこめかみに着弾──。衝撃で彼は地面に転がっていく。

 頭から強い痛みで体はもう動けない。

 意識が途切れる手前、撃たれた場所からは青い光を纏ったもう一人がこちらを見ていた。

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