第23話 真っ暗な部屋


 夜は深まり、日付が変わった頃。

 金曜日ということもあって、街はいつもより賑やかだ。

 駅の近くでは、酔っ払い同士が肩を組んで騒ぎ、道路をタクシーが何度も行き来する。そこから少し離れたコンビニ前ですら人集りができていて、誰もがちょっぴり浮かれた様子だ。


 メイクはどろどろ、息は絶え絶え満身創痍――職場で一騎当千の活躍を見せた沙也加は、そんな街を抜けて、ようやく自宅に着いていた。


「た、ただいま……」


 早く帰れなかったことを申し訳なく思いながら、そーっと鍵を開けて、家の中に入る。


「えーっと、たぬきち……?」


 家の中は、真っ暗。


(あれかな? また暗闇の中、掃除しているとか――)

 

 シゴデキたぬきとはいえど、たぬきちは一応たぬき。

 人工的な灯りより、月明かりが落ち着くらしく、時折、照明を点けずに家事をすることがあった。


 けれど、沙也加は人間。

 夜遅くに暗闇で作業されるのは怖いからということを伝えて、できれば控えて欲しいと言った。


(懐かしいな〜♪ あの頃のたぬきちったら、まだ日本語が上手く使えなかったんだよね〜! そだそだ、スマホで文字を打ってやり取りしてたんだっけ? それがいつの間にか使いこなしちゃうんだもんな〜! というか、スマホも普通に使ってるよね……本当、いつ練習したんだろう……)


 沙也加はなんとも幸せそうに昔を懐かしみながら、靴を脱いで玄関の灯りを点けた。


 そして一歩、二歩、三歩歩みを進めて、


「はっ! じゃなかった!」


 立ち止まり自分にツッコミを入れた。

 もう家なので、まぁまぁなボリュームである。


(やっぱり怒ってるよね……)


 たぬきちとの素敵な思い出(自分では)に押し出されて、どこかこことは違う次元に飛んでいっていた不安な気持ちを、引っ張り出して、


「たぬきち〜……ごめんよぉ〜……」


 謝りながら姿の見えない愛たぬきを探す。

 

 まずは、玄関横のトイレ。

 

(ここなら、電気を消していても、気付かないよね……)


 そう推理して、ドアノブに手を掛けた。

 けれど、


「いない……」


 迎え入れてくれたのは、自動で動く便座のみで、たぬきの毛すら落ちていない。


(うーん……じゃあ、洗面所かなー?)


 ゆっくりと扉を閉めて、右向け右、洗面所とお風呂に向かう。


(さすがに、ここなら水の音がするよね……)


 胸の内で呟きながらも、沙也加は洗面所に繋がる引き戸に手を掛け、その流れでお風呂の扉も開けた。


「たぬきち〜! ただいま〜!」


 だが、しかし。


「やっぱり、いない……」


 ここにも、愛たぬき、たぬきちの姿は見えなかった。


(じゃあ、やっぱりリビング? ここまで呼んでいるのに、返答なしって……相当怒ってるよね……)


 今までも遅くなることはあったし、意図せず遅くなるなら連絡するというルールを破ってしまうこともあった。

 だが、たぬきちは怒ってはいても、沙也加が家に着いた瞬間、例外なく玄関まで来てくれたのだ。


「ゔゔぅ……たぬきち……出て行かないでぇ……」


 頭に浮かぶは、約束事を守れない自分に愛想を尽かして出て行くたぬきちの姿。


 けれど、まだ居るはず、せめて別れを告げてから出て行く。たぬきちは、そう義理堅いたぬき――そんな妄想が妄想を呼び、喜劇と化している感じではあるが……沙也加は真剣にそう考えていた。 


 そんなヒーローから喜劇役者となったOL沙也加は、瞳を潤ませながら、鼻水を啜りながらも、愛たぬきが待っているであろう、リビングへと足を踏み入れた。

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