第18話 逃れられないQ&A――?!
沙也加とたぬきちが住まうマンションから電車を乗り継いで二十分。
さまざまな企業のビルが立ち並ぶオフィス街。
その一角、住吉電器株式会社のオフィスが入っている三十階建てのビルの前。
沙也加は、珍しく屋外で昼食を取っていた。
だが、一人ではない。
可愛がっている後輩、倉下由紀も一緒だ。
「先輩! 今日はどんなお弁当なんですか?」
三人掛けのベンチで、沙也加の右隣に座った由紀は、サンドウィッチをパクパクと口に運びながら言う。
「あ、今日は、タコさんウインナーが入ってて――」
「可愛い〜! オーソドックスですけど、いいですよね! タコさんウインナー♪ やっぱり先輩は凄いな〜」
恋愛の話はどこへやら、ここ最近では、たぬきちお手製の弁当に目を輝かせて、絶賛の嵐、嵐、嵐。
ここまで来ると、沙也加も受け入れるしかなかった。
というか、この弁当のおかげで彼女以外の評価も勝手にうなぎ登りしていた。
沙也加は、仕事を人一倍一生懸命にこなし、夜遅くなっても愚痴の一つも零さない。それどころか、後輩の面倒見も良くて、身なりも家事も完璧だと。
毎度のことながら、一体、誰のことを指しているのだろう。
そんな声が距離を飛び越えて、どこからともなく聞こえてきそうではあるが、それはその本人である沙也加も同じであった。
「そんなことないよ〜! お弁当って配色さえ決めてしまえば、割と簡単に作れるし」
(って、たぬきちが言ってたし……)
謙遜からの、たぬきちがスマホの動画片手に話していたことを思い出して、それとなーく自分の言葉に変換する。
まさに遠隔腹話術である。
「えっ、そうなんですか?! 私全然、料理作らないんで、てっきり手間が掛かっているものだと――」
「あはは〜! 私も昔はそうだったよ〜! 玉子焼きすら難しいと感じてたし」
玉子焼きですらという、料理をしている人間……もといたぬきからすると、イラッとするような言い回し――乾いた笑い声を響かせて、
(今もなんです。ごめんね……由紀ちゃん。そして、たぬきちも――)
またもや、心の内で本音を呟く沙也加。
一周回って本当のことを口にした方が――いいような気がしないでもない。
けれど……。
(でもなー……由紀ちゃんはともかく、まさか、この子もいるし……)
仮に、もーし仮に本当のことを言うにしても、この場には、今の自分を見て慕う倉下由紀だけではない。
入社以来ずっと一緒の部署にいる同期、藤咲彩音まで昼食を共にしていたのだ。
しかも――彩音は、言うまでもなく過去の色々と問題にある自分を知っている。
だから、本当のことなんて、絶対に言えるわけがない。
そもそも周りに合わせること第一優先、自分の言いたいことを呑み込む性格だった沙也加に対して、彩音はハッキリと物を言う、真逆の性格。
これを表裏がないと言えばないのだが。
(嫌いじゃないんだけどなー、なーんか圧が強いんだよね……)
グイグイ来る感じが、どうしても苦手であった。
(って、そんなにやり取りしてないんだけど……)
ここ最近はともかく、三年前はそこまで接点はなかった。だからこそ、余計に警戒せざるを得なくて、
(なんで私と一緒にご飯食べてるんだろう……?)
ふとそんな疑問が沙也加の頭に過ぎり、由紀越しにその奥でおにぎりを食べている彩音の方へと視線を向けた。
すると、その視線に気付いたのか、彩音は沙也加を見つめて口を開いた。
「江ノ上さんって、変わったよね〜」
「えっ、そ、そう?」
「うん。無駄に謝らなくなったし。服もいつもシワないし、自信に溢れているっていうか――別人って感じかな〜」
弁当の話を振られると思っていたのに、まさかの自分の話。しかも、別人という単語まで飛び出した。
予想外の展開に沙也加は、あたふたしてしまう。
「べ、べ……別人?!」
「うん、たまーに実家のお母さん思い出すくらいだよ」
「おか、お母さん? 私が?」
天然、さらにはお母さんっぽくて仕事ができる、その上、女子力も高い。
こうなると日本語を巧みに話すたぬきの方が現実的である。
だが、残念なことに彩音は、今の沙也加を知らないのだ。
「あ、それわかります! なんかほんわかしてるのに、芯があるっていうか……包容力って感じですよね?」
彩音の言葉に、「うんうん」と首を縦に振る由紀。
こっちも同じである。
寧ろ、沙也加のいい部分(たぬきち補正)しか見ていないので重症化もしれない。
「そうそう! 包容力! 女子力もめちゃ高いしね〜! 最近の男どもの話題ったら、江ノ上さんばっかだもん! そんなに気になるのなら、本人に聞けばいいのにねー」
「へ、へぇ〜! そうなんだ〜……」
「包容力」と「女子力」からの「男どもの話題」という、自分とはかけ離れたワードに、沙也加は一瞬、ビクッと肩を揺らすが、目の前のタコさんウインナーとサッカーボールおにぎりをパクパク食べ進めて自分を落ち着かせた。
やはり、花より団子な沙也加である。
対して、その右隣にいた由紀も思うところがあるようで、サンドウィッチを頬張ると鼻息を鳴らして、
「本当にそうですよね! 先輩がそうやすやすと誰かのお嫁さんになってたまるものですか!」
よくわからないことを言い出した。
もう収集のつかない事態だ。
(やめて。たぬきちの功績が、私の婚活に変換されてる……!)
そして、ふと思い出した。
少し前の由紀が放った婚期が遅れるという言葉を。
「およめさん……たふにちが――」
食べ進めながら、沙也加はそう呟いた。
※訳「お嫁さん……たぬきちが――」である。
自分の外面に惹かれた男性とお付き合いする。それはまだあり得なくもない。
とはいっても、限りなくゼロに等しいわけなのだが。
けれど、そんな狭き門を抜けた先にある人生の門出であっても、きっと同棲した瞬間に、それらは全て終わりを告げる。
家事スキルMAX、話し上手は聞き上手という、言葉を体現し、こんなダメ人間でも見捨てない懐の深さ――そしてモフり放題な上、たぬき。
それは唯一無二の存在。
一方、沙也加は家事スキルたぬき以下、話し上手は聞き上手ではなくて、一方的なマシンガントーク。
ビール片手に奇声を上げたり、急に抱きついたり、酒乱持ち。正直マイナス要素しかない。
一緒になった人は、いずれ自分に愛想を尽かして、愛の逃避行する――お嫁さんは、白無垢姿のたぬきち。
そんなことを沙也加は想像していたのだ。
さらには――。
(私をす、捨てないで。たぬきち……)
昼休憩とはいえ、就業中、だというのに。
弁当片手にそんなことを心の内で呟く始末。
こっちもこっちでかなり手遅れである。
すると、いち早く昼食を終えた彩音が尋ねた。
「そういえば、高橋課長はどうなの?」
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