第5話 新人ハンター、はじめました
日本ハンター協会の地方支部は、思ったよりも立派だった。
近代的なガラス張りの建物で、エントランスには自動受付ロボまである。
ドーム状の天井には青い光が流れ、どこか未来的だった。
「す、すご……」
圧倒されながら入り口のタッチパネルに触れると、
『ようこそ、日本ハンター協会へ! 本日のご用件を選択してください!』
明るすぎる電子音声が返ってきた。
「えっと……“新人ハンター登録”……っと」
画面を押すと番号札が出てくる。
番号は“42”。
「四十二番の方はロビーでお待ちくださーい」
天井のスピーカーからも同じ案内が響いた。
あちこちから返答の声が混じる。
「新人かー?」
「おれは更新だわ」
「うちの子、C級になれるかなぁ」
人がたくさんいて、わたしは端っこの椅子にそっと座った。
陰キャの本能が“隅っこに隠れろ”と囁いてくる。
「……はぁ……緊張する……」
試験に受かったとはいえ、ここからが本番だ。
ハンターとしての生活が始まり、ダンジョンに通い、魔石を集める。
怪我もするし、うまくいかない日もあるだろう。
死んじゃうかも……
怖い。でも、逃げるのはもっとない。
「四十二番の方ー。カウンター六番へどうぞー」
「ひゃっ……ひゃいっ!」
びくっと立ち上がり、カウンターへ向かう。
受付には、明るい笑顔のお姉さんが座っていた。
「はい、新垣優愛≪あらがきゆあ≫さんですね。卒業試験合格、おめでとうございます!」
「は、はい……ありがとうございます……」
「では、ハンター登録手続きを進めますね。こちらがハンターライセンス用の登録用紙になります」
テキパキと書類が差し出される。
わたしは震える手で名前や住所を書き込み、身分証を渡し、契約内容を確認する。
「では、ライセンス発行に進みます。顔写真を撮りますねー」
「あ……これ写るやつ……」
「はい、しっかり正面でお願いします。顎引いてください」
「こ、こう……?」
「もう少し……あ、逆に上がりましたね……そうじゃなくて……あ、違います……」
「む……無理……!」
「はい、撮りまーす」
――パシャ。
撮られた。
終わった。
「こちらライセンスカードになります!」
さっき撮られた写真が、ばっちり表示されていた。
「……うっ……陰キャ臭が……」
「い、いえ、可愛らしいと思いますよ?(フォローの声が震えてる)」
「うっ……」
まあ……仕方ない。
これが現実のわたしだ。
「では最後に、担当ハンドラーの設定がありますので……」
「あ、はい!」
いよいよ来た。
新人ハンターには、協会から“担当ハンドラー”が自動的に割り振られる。
通常はFかEランクらしい。
新人の面倒を見ながら配信をして、収益を得る。
そんな、いわば“新人の保護者”みたいな人。
受付のお姉さんが端末を操作しながら言った。
「担当ハンドラーの情報は、本日中に発送されますので、明日以降にご確認ください」
「は、はい……!」
これで手続きはすべて完了した。
◇
翌日の夕方。
家の近くのコンビニで雑誌を買って帰ってくると、ポストに一通の封筒が届いていた。差出人は―― 日本ハンター協会。
「……き、きたぁ……!」
封筒を持って大急ぎで部屋に戻る。
鼓動が跳ねる。
この封筒の中に、わたしの担当ハンドラーが書かれている。
「どんな人なのかなぁ……怖い人だったらやだなぁ……」
深呼吸し、封を切る。
紙を開く。
そこには、担当ハンドラー名とランクが記載されていた。
一行目を読む。
「新垣優愛 様
担当ハンドラー:――」
そして次の行。
その文字を見た瞬間。
「………………え?」
言葉が止まる。
もう一度読む。
「……担当ハンドラー:
S級……朝凪 玲司?」
息が詰まる。
「……は? え? え?? えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
部屋に変な声が響いた。
「なんで!? わたし新人だよ!? なんでS級!?」
紙をひっくり返しても同じ。
何度読んでも同じ。
「ま……間違い……だよね?」
恐る恐る記載された番号に電話する。
プルル……プルル……
『はい、日本ハンター協会です』
「あ、あのっ! 担当ハンドラーの通知が……S級になってて……!」
『お名前をお伺いできますか?』
「あ、すいません!新垣優愛≪あらがきゆあ≫です!」
『あ、そちら先日発送の新人の方ですね。申し訳ございません、そちらは――手違いでして』
「ですよねええぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
だよね!
絶対そうだよね!!
心臓止まるかと思った!!
『本来はF級ハンドラーを担当者として割り当てる予定だったのですが……』
「よ、よかった……!」
『しかし……ですね……取り消しを進めようとしたところ――』
「?」
『――S級ハンドラーご本人から、“この新人を担当する” と返答がありまして』
「………………へ?」
『ですので、最終決定としてS級の方が担当となります』
「へ……?
へ??
へぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?(変な声②)」
スマホを落としかける。
「な、なんで!? なんでS級様が新人のわたしを!?」
『理由は……私どもにも……分かりかねます……』
「分かんないんですか!?」
『ええ……ただ“担当する”と、はっきり即答されたようで……』
「し、しぬ……心臓がしぬ……」
膝から崩れ落ちる。
わたしはただの新人。
陰キャで取り柄もなく、卒業試験だってギリギリだった。
そんなわたしにS級ハンドラーなんて――。
『通知の誤りではありませんので、そのままご準備ください』
「ご準備って何ぃ……!?」
『担当ハンドラー様とは、明日以降に初回面談がございますので――』
「め、面談……!?
S級ハンドラー様と!? えぇぇ……むりぃ……!」
通話が切れたあと、わたしは床に倒れ込んだ。
「む、無理……絶対むり……どうしよう……!」
新人ハンターになった翌日に、人生最大の緊張イベントが追加された。
「なんで……なんでS級……しかも男の人!?」
震える手で通知書を握りしめながら、わたしは天井を見つめる。
――この時のわたしは知らなかった。
明日の“初回面談で出会うS級ハンドラー”が、わたしの人生をめちゃくちゃ変える相手だなんて。
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