第2話 思うままには

個人経営のカラオケ屋さんの小さな個室。


「ブラックバース!生まれも育ちも中央都ォ!」


気づいたら俺は熱唱していた。


「はぁ……はぁ……イエエェイ!都民ファアーースト!」


隣にいる征が何か緑色の炭酸を飲みながら言った。


「お前、カラオケやってるときすげえ輝いてるよな。上手い下手は別として」


俺の持ち歌である『エクスターミネイト』というアニメの第一期の主題歌だ。

正確には『エクスターミネイトヒーロー』。ファンの間での略称はエクタミ。

圧倒的な能力者によるそれぞれの選民思想が蔓延る幾つかの『都』の現状を主人公が武力で全て解決しようと試みる物語である。


「ほんと好きだな、それ。あ、俺飲み物持ってくるから、もっと歌っておいてー」


そう言い残して征はまた飲み物を取りに行った。


「……はぁ」


俺は1人のカラオケ部屋でため息をついた。

鶴瀬さん。ダメだ。フツーに好きだ。諦められない。

それに、明日からもずっとバスで顔を合わせるんだよな。


「なんてことしてんだ俺」


これから半年くらい傷心旅行に出かけたい気分だ。もう学校という存在がネガキャン。

弁解をしておくと、彼女のことを全く知らない状態で行ったわけじゃない。

何回か複数人でカラオケにも行ったし、少しくらいは話す仲だった。

まあ急ぎすぎたと言えばそうか。

俺は結論を急ぎすぎるタチみたいだ。

……まあ、今考えてもしょうがないか。

俺はにわかにポケットから10円玉を取り出す。


「……やってみるか」


いつもポケットに入れている、子供の頃にもらった10円玉。

不思議なジンクスみたいなものだが。

俺はたまに物事がうまくいくかどうかを知りたい時、これでコイントスをする。

ちゃんとコイントスできた最初の一回。

それで表なら、しっかり努力していれば俺が求めていた形にうまくいく。

それで裏なら、何が起こっても確実に失敗する。

理屈はわからないがなぜか毎回そうなる。

これには子供の頃に、梅雨の時期に明日の天気をコイントスしていて気づいた。当たり続けて10回目くらいまでは、俺すごくねと思っていただけだったが、さすがに20回連続で続いたあたりからもうそういうものなのだと思うようになった。

もしかしたら、俺には二択の神様がついているのかも知れない。

正直、怖すぎてしばらく封印していた。というか、俺がいじめられる原因になったのはこれのせいだったし。

でも、なりふり構ってなんていられない。


「確率は、1/2か」


人生がそんな単純なもので決まってたまるか。

俺は自嘲しながらも、コインを弾いた。

ガチャリと音を立ててドアノブが開く。

その向こうからは見知った奴が顔を出した。


「おーっす。お前のもとってきてやったぜ。ほら、メロンソーダ」

「……裏だった」

「はぁ!?お前またやったのかよ。で、今度は何を知りたかったわけ?」

「鶴瀬さんと、うまくいくか」

「相変わらずお前のそれは諸刃の剣だよな」


征は俺のコイントスのことを知ってる。

こいつとこいつの親戚のお兄さんと中学生の頃、競馬場に一度行って、お兄さんに馬券を買ってもらって、コイントスを実験したことがある。

3連単。全ての組み合わせでうまくいくかコイントスで試して、表が出たのはたった1通り。そして賭けた有り金全ての数万円がほとんど200万円になって返ってきた。

親戚のお兄さんはどうやって当てたかかなり知りたがってたが、俺たちは頑なに運が良かったことにした。

さすがにこういうのを吹聴するのは良くないし、それに、こういう稼ぎ方はしないほうがいいことくらいわかっているから、それ以降はもう行っていない。

というか調子に乗って賭けすぎた。数百円にしておけば良かったのに、下手に大きくかけたから、山分けだったが処分に困る金がいまだに口座に残っている。


「無理だよ。鶴瀬さんが月ならお前はマイクロプラスチック。いくら席が近いからって自惚れんなって」


亀とかスッポンでいいだろ。なんだよマイクロプラスチックって。


「にしても、その運、使いようによっちゃマジで世界を揺るがすと思うんだけど。ちゃんとしょうもないことだけに使ってるお前はまだえらいなぁ」

「……お前なあ」


というか、こんないつ使えなくなるかも分からん能力に自分の人生の大事な決断預けられるほど俺は覚悟決まってねえんだよ。

……まあ、それなりに大事なこと決めるときとかは一回コイントスやってみるけど。


「そんなことしていいのかよ。俺のこんなおふざけみたいな能力に、そこまで責任、持てねえよ」

「ま、そらそうか」


征はジュースをまた飲み干して、椅子に背中から深く倒れ込んだ。


「告白する前に最初からコイントスすれば良かったのに」

「行けるかもとか思ってたし……なんなら、封印してたからなぁ」

「お前の人生、コイントスで全部決めてたら、それはそれでつまらんか」

「まあ、そうだけどさ。裏が出た以上あいつとはぜったいにうまくいかないわけで。希望を持てるのと、諦めざるを得ないのは、どっちがいいんだろうなぁ」

「新しい趣味に踏み出すほうがいいに決まってんだろ?」

「そうだな。紅茶ソムリエでも目指すか」


晴れやかな笑顔を作って言う俺に、薄ら笑いを浮かべて征は言った。


「ばっか。それはコイントスしなくても選ぶべきじゃないってわかるぜ」


それから何曲か歌った後、征には予定があるとかいう話になり、少しして俺たちはカラオケを後にした。


「妹と買い物行かなきゃなんだ。悪いな」


ちゃんと兄貴してるのか。しょうがねえなあ。


「ああ。また明日、学校でな」

「おう。じゃな」


征はそう言うと、急ぎ足で駅の雑踏の向こう側へと消えていった。

ちょっと、疲れたかもな。

そのまま駅前の公園のベンチに座り込む。


「……」


あれ、おかしいな。

征といるときは、なんともなかったのに。

俺は俯いて目頭を抑える。

ダメだ。止まんねえよ。


「うぐ……」


なんてバカな男なんだろうな、俺は。

そりゃそうだ。俺なんてもともと空気みたいなもんだし。

しっかり者のあの人が、適当に自分が付き合う相手を選ぶわけもないし。

冷静に考えて確率は0%だったのに。

なのに、今朝ほんの少しだけバスで一緒になって。

隣の席に座って。

ちょっと朝ごはんの会話をして、浮かれて。

何してんだよマジで。

俺、冷静に考えて、めっちゃ恥ずかしいじゃん。


「旅行に、行こうかな」


もうそろそろ春休み。華の高校2年生も終わりだ。

クラス替えで、鶴瀬さんとももう会わなくなるだろう。

そうなったら、あとは受験勉強して、周囲と同じように大学へ通って。

ぼんやりと生きてるよな、俺って。

中学校の頃は高校生になれば、いじめもなくなって、友達もできて、彼女も1人くらい自然にできるかもって、そんなふうに考えてたっけな。

少なくとも、いじめは無くなったけどな。でも、そんなことわかってたし。

中学生の俺が一番知りたかったことだったし、当然コイントスした。

表で、あの時ほど嬉しかったことはない。

そうだ。これから俺に、彼女ができるのかも占ってみるか……。

そう考えて、やめた。

裏だったら、どうすればいいのかもう分からない。

表でも、コインは俺が努力した場合の結果しか教えてくれない。表でも決して安心はできない。

ていうか、大本命に敗れたあとで表が出ても大して嬉しくないし。


「やめだ。作戦変更。帰ってさっさと寝よう」


立ち上がり、俺のいつものバスの駅へと向かう。

すぐそこだが……今日はやけに人が多いな。

みんな道路で立ち止まってどうしたんだ。

俺は、道路で立ち止まっている人がみんな上を見上げていることに気付いた。

なんかイベントかな。

そう思い、俺も上を見上げた。

その瞬間、全てを理解した。

ビルの鉄柵の外側に、制服の少女が1人。

あれか。人生嫌になっちゃったか。

まあ……正直、学校生活なんて、生まれてきたばかりの俺たちのような多感な時期の子供にとっちゃ、奴隷生活とそんなに変わんな……え?

俺は、その飛び降りようとしている奴の顔に見覚えがあった。


「ドクルミ?」


表情こそ見えはしないが、かと言って忘れられるわけもない。

俺を睨んでいた蛇みたいな女の声だ。蛇みたいな女の目だ。

金髪が風になびいている。

身体がすくむが、同時に神が俺に動けと言っているような錯覚に陥る。


「だよな……いくらあいつでも、普通に、寝覚め悪いし」


俺は手に持った学生鞄を道路脇へ放り捨てると、そのビルの階段へと急いだ。

ビルは10階建てくらい。

階段を2段飛ばしで上がり、ものの数分もかからずに屋上へと辿り着いた。

俺がゆっくり扉を開けると、扉は音も立てずに開いた。

ドクルミはこちらに気づいていない。地面を見るのに必死のようだ。

……他人を巻き込むまいとしているのか。それとも、なかなか覚悟が決まらないのか。

どちらにせよ、俺からすればバカな話だ。


「今日の運勢をコイントスしていれば、間違いなく裏だっただろうな」


気づかれないようにゆっくりと近づく。

が、しかし。


「……私は、こんなんで負けないから」


小さくそんな声が聞こえて。

言うが早いか、ドクルミは鉄柵から手を離す。

まずい。

そう考えるが早いか、身体が勝手に動いていた。

世界がひどく遅く動いていた。

細い手首が、鉄柵の向こう側へと消えていく。

ただ、無我夢中で手を伸ばした。

伸ばした指先が、何かに触れる。

俺は全力でそれを掴んだ。

確かな感触が手のひらから伝わり、そして。

ガーーーンッ!

……当然、鉄柵を避けることができず、俺は大激突する。

目の前がチカチカする。

それでも俺は、もう片方の手でも、掴んだ腕を捕まえる。


「ちょ……痛いっての、離せ、バカ野郎!」


鉄柵の下から罵詈雑言が聞こえる。

多分まだ俺だと気付いていないんだろう。


「俺が何言っても聞いてくれなかったくせに、よく言うよ」


小さな声でそう言ってから、俺はその体を思いっきり引き上げる。

思ったよりも抵抗することなく、ドクルミは引き上げられた。


「……あんた」


引き上げられた少女はそれだけ言って、こちらを凍てつくような眼差しで射抜いた。


「迷惑なんだよ。俺の目の前で死なれたら、明日後悔するだろ」

「そんなこと……知らないっ!」


少女の拳が俺の顔面に近づいてくる。

それは俺の顔にめり込んで、そのまま俺は頭から後ろに大きくひっくり返った。


「やっと、せっかく決めたのに、あんたのせいで!」


あ、やべ。鼻血出てきた。

鉄柵にぶつけたあとなのに、頭殴るとか容赦ねえな。

……あ、これ汗じゃねえ。鼻じゃないところからも血出てんじゃん。


「そりゃ、だるいわな」


俺はポケットからティッシュを取り出す。

「あんた、どう責任とって落とし前つけてくれんのよぉ……!」

心底怒っている様子だ。

怖いかと聞かれれば、怖い。

手の震えを隠す。

俺だって、お前に言いたいことがある。

ダメだ。よく鼻血出すけど、この量のやつはなかなか止まらないやつだ。

俺はティッシュを諦める。

そして、ドクルミに向かって指を差した。

たぶん、結構震えていたと思う。気づかれていないといいけど、無理だろうな。



「全部お前の思った通りになると思うなよ。人生、なめんな」


これは、あまりにも青い青春の気配に誘われた俺と、そんな俺にとってかけがえのなかった、短い一年間のお話だ。

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