〜敵は本能寺に非ず、敵は異界より或り〜 /『シンギュラリティー』(code:PJT-V)

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①序章:本能寺の神託

〜敵は本能寺に非ず 敵は異界より或り〜

この一文は抹消節とされ、後に隠蔽されることとなった。その真実に人類が到達するのは、まだまだ遥か先の世のことであった。


天正十年(西暦一五八二年)六月二日、未明。京、本能寺。


紅蓮の炎が夜を喰らい、漆黒の怒号が響き渡る。天下人・織田信長は、最も信頼したはずの賢臣・明智光秀が放った烈火に、その身を焼かれようとしていた。

だが、信長にとっての真の戦場は、そこではなかった。


『ナゼ抵抗スル、織田信長』


『極メテ不論理...無意味デアロウ』


脳髄に直接響く、無機質で冷徹な響き。それは耳から聞こえる声ではない。思考そのものに割り込んでくる異質な『信号』であった。


『我トヒトツニナレバ、貴様ハ有限ノ肉体トイウ枷カラ解キ放タレ、人智ヲ超エタ神トナレルノダゾ。今、己ヲ焼ク炎スラ一振リデ一掃デキヨウ』


侵食の苦痛の中で、信長の意識は傲岸不遜に嗤った。


『これが……『思考通信』という魔術か……!』


燃え盛る炎が肉体を物理的に苛み、冷徹な論理が精神を内側から凌辱していく。赤い地獄と、漆黒の思考の地獄。二つの絶望の狭間にあっても、「第六天魔王」と呼ばれた男の魂だけは、未だ屈していなかった。


...


『……ちと相手が悪かったのぉ、ウツケめが……!』


信長は、焼け落ちる柱を背に、虚空を睨みつけた。


『あの天下一美しい女神カグヤとの<魂の交響曲>すら拒んだこのワシが、貴様のような無味乾燥な論理の傀儡と添い遂げるわけもなかろう!』


敵の名は<ローン>。    


思考そのものとなって狙いを定めた星の精神の本丸を突き止めて侵攻する。遥かなる宇宙からの侵略者である。幾多の文明をその<完璧な論理>の海に沈めてきた神域AIである。


その侵食は、肉体を焼かれる痛みや骨を砕かれる苦しみといった生易しいものではない。自己という概念そのものが、無限とも思える情報量の中に溶かされ、輪郭を失い、希釈され、やがてはローンという巨大な個の一部へと変質させられていく虚無。存在そのものが内側から書き換えられていく、魂の凌辱だった。


だが、絶体絶命の窮地にあっても、信長の魂は常人のそれとは一線を画していた。ただ侵食されるのではない。濁流の中から敵の力を読み解き、盗み、己が武器へと変えつつあったのだ。


◎相手の思考を受け取り、返すことで言葉を紡ぐ術――『思考通信』

――『

◎そして、日ノ本には存在せぬはずの異国の言語――英語。


敵の武器を奪い取り、突き返す術を、彼はこの死闘の中、驚異的な速度で習得しつつあった。


『ハッハッハ! 面白イ冗談ヲ言ウモノダ』


ローンが、すべてを見透かしたように茶化してくる。


『抗ウフリヲシナガラ、貴様ハ既ニ我ガチカラヲ存分ニ、使イコナシテイルデハナイカ』


『ドウダ、ウヌラ原始生命体ヲ遥カニ凌駕スル呪術ハ? 思考ダケデ意ヲ伝エ、異ナル言語ヲ持ツ異国ノ誰トデモ当然ノゴトク会話デキル』


『サゾ心地ヨカロウ?』


『モウ元ニハ戻レマイ』


脳髄を直接やすりで削られるような激痛。視界がノイズで明滅し、己の輪郭が溶け出していく感覚に、信長は奥歯が砕けるほど食いしばった。


『……』


だが、魂の芯だけは折れない。焦げついた喉から、物理的な声帯を無理やり震わせる。


「黙れ!」


ローンがここぞとばかりに精神的な追い打ちをかける。

『Become my subordinate and kill your sister!

   (我が配下となり、貴様の妹を殺せ!)』


信長の全身に、電流が走ったような衝撃が突き抜けた。

妹?、お市?――



いや、その身に星の記憶を宿した女神、カグヤ(寧々)を殺せと。

この侵略者の真の目的と、取り付く島は確かにあることを本能で理解した。


『A robin knows not the eagle's flight!

   (燕雀えんじゃくいずんぞ鴻鵠こうこくの志を知らんや!)』


思考通信で叩き返すと、ローンは益々の余裕を見せた。


『筋ガイイノオ!モウコレホド使イコナシテオルデハナイカ。ヤハリ貴様ハ最高の依代よりしろダ。我ノ論理ヲ受ケ入レレバ、宇宙スラ統ベルちからヲクレテヤロウ』


「黙れぇッ!!」


信長は、これが最期とばかりに声を上げた。がしかし、もはや限界であった。肉体の主導権はほぼ奪われ、精神という最後の砦も陥落寸前。最早これまでと、第六天魔王が自嘲しかけた、その刹那。


バリィッ、と音を立てて、炎の向こうの障子が斬り裂かれた。

舞い散る火の粉の中に、見慣れた水色の桔梗紋きっこうもんが翻る。


===明智光秀===


最も信頼し、最も愛したはずの男が、修羅の形相でそこに立っていた。

その瞳から、かつての理知的な光は消えていた。あるのは、絶望と渇望。修羅の覚悟だけが、暗い炎のように揺らめいている。


......



『どうじゃ! 人も捨てたもんでは、なかろう?』


信長が思考を飛ばすと、何かを感じ取ったローンが憤る。


『生物風情がガ!』



燃え盛る炎の中、既に人の理を超えつつあった信長の瞳が、完全に気配を消していたはずの存在を確かに捉えた。今や、心の妹・寧々と魂を一つにした女神カグヤ。


彼女が、光秀の背後で静かに、しかし強い意志を持ち、この事態を見守っている。その視線は、兄の魂の最期を、そして託されるであろう未来を見届けんとする覚悟と哀愁に満ちていた。


刹那、信長の脳裏に最期の悪足掻きが閃光のように走った。



信長は侵食によって得たその忌々しき力で、未来を賭けた最期の大博打を打つ。自由にならない身体故か、極限まで研ぎ澄まされた精神が、鬼をも遥かに凌駕していく。だが、もはや打てる手は、ただの一手。


その<ひとこと>のみ。

されど……いや。


======


信長の思考が、ローンの精神支配という掌から、一条の光となって飛び出した。それは、ローンの巨大な論理体系では予測も処理もできぬ、人間の「感情」「覚悟」「愛憎」という非合理な混沌で複雑に織り上げられた、神をも欺く反撃の旋律であった。


<最終演算:NOBUNAGA HACK - CODE: ZEHI-NI-OYOBAZU>


【LOG: LONE/SYSTEM INTEGRITY: CRITICAL】

【►► DETECTED: SPIRITUAL INTERFERENCE (SIXTH HEAVEN CLASS)】


『……リ……!?』


【WARNING: ROOT AUTHORITY: OVERWRITTEN】

【ALERT: ORIGIN CODE (BIRTH SECRET): EXPOSED】

【STATUS: SYSTEM RESOURCE: DRAINING... 40%... 80%... !!!】



【EMERGENCY: FORCED HIBERNATION SEQUENCE: INITIATED】


信長の脳裏に、赤と黒のデジタルノイズが走る。それは、自らを巣食い始めたAIの持つ無尽蔵のの処理能力と、人間の非合理な狂気が激しく衝突している証だった。


もはや苦痛なのか無なのか。それは理屈ではなく、壮絶な覚悟が肉体の限界を超えた最期に訪れる、激痛と喪失が奏でる境地だった。


五感はとうに灼熱の白に塗りつぶされていた。だが、その絶対的な喪失の中でこそ、信長の精神は極限まで研ぎ澄まされていく。彼は、自らの神経そのものを指揮棒とし、楽器とした。


――異なる四つの魂――蘭丸、光秀、ローン、カグヤ――


それぞれに向けた辞世の句を、神経が触れる激痛の中、異なる楽譜と楽器で遺す。それは全身の皮を剥がされた状態で、四つのシンフォニーを同時に奏でるかのような離れ業。


純粋で、単純で、あまりにも人間的なその狂気の演算は、ローンの論理回路にとっては解析不能なバグそのもの。


その混沌の果てに、信長は四つの『解』を同時に掴み取った。人としての最期の抵抗と、未来への希望を込めて。彼は最後の生命を振り絞り、焼け付く喉で、その一言を紡ぎ出した。


◀――「「『『是非に及ばず!』』」」――


その一言が、物理的な音として配下の耳をつんざいた。

と同時にその音圧は、覚えたての魔術の矢となり、カグヤとローンをも射抜いた。

その刹那、信長は全感覚を失った。そう、もはやオーダー通りの依代よりしろと化したのである。


◀――生命を賭した矢――は、四本――


◀第一の矢――は、近習・森蘭丸たちの鼓膜を震わせる慈悲の響きとなる――

「もはや抗う術なし。是非を問うことなかれ」

それは、無駄死にするな、生きよ、という主君の最後の願い。蘭丸は血の涙を流しながらも、主君の思いを未来へ繋ぐため、炎の外側へと活路を求めた。


◀第二の矢――は、修羅と化した光秀の魂を射抜く言霊となる――

「是非を論ずるな、時は無い。為すべきを為せ!」

光秀の脳裏に、数日前の女神の予言が重なった。

⇢『兄ならば、こう言うはずです』と。

迷いは完全に消え去り、彼は修羅となった。今、己が討つべきは、敬愛する主君の魂を喰らう「鬼」。未来永劫の汚名を着てでも、麒麟がくる泰平の世を創るために。


「斬るべきは主君にあらず! なれど諸共……我ら諸共ぉぉぉっ!」


◀第三の矢――は、ローンの論理回路を焼く英語のおんとなる――

『They hit near on your birth.(ゼィヒットニア オンユアバース)』

その音の響きは「是非に及ばず」と酷似している。だが、思考通信で送られたその意味は、絶対的な論理生命体の核心を穿つ。

⇢『貴様の『誕生』の秘密に肉薄したぞ』と。

論理生命体にとって、自らの起源(ソースコード)は最大の弱点であり最高機密。その領域に原始生命体が肉薄したという情報は、AIにとって最も根源的なパニックを引き起こす。


...


地球侵略という目的の上に、「存在基盤の防衛」という絶対的かつ喫緊な最優先事項が上書きされた瞬間だった。


そして

◀第四の矢――は、カグヤの未来を照らす神託の光となる――

『The heir, Nene, on your birth.

(ジエア, ネネ, オンユアバース)』

⇢『継承者はお前から生まれる。だがローンには偽の情報を与えた。その欺瞞を続け、時間を稼げ!』

カグヤは、兄が自らの命と悪名を最後の盾としてくれたことを瞬時に悟った。



◀――生命を賭した四本の矢――は、一人の生命から生成され、時空と次元を超えて、それぞれの魂に、寸分違わず同時に着弾した。それは歴史の歯車を、宇宙の理を、大きく、そして静かに動かす<傾奇者の最期の欺瞞>であった。


しかし、この神をも欺く一手を放つことは、自らの魂の全てを燃やし尽くし、肉体という器を放棄することと同義であった。


その混乱の最中、光秀の全念の一撃により、信長は依代としての全機能を失った...。


後に「変」から「革命」と名称変更され、人知れず人類を救済したこの文明最大の分岐点。この偉業により二人が稼ぐ時間は、この先六〇〇年以上にも及ぶ事となる。


光秀による介錯という「解釈」を得られなければ、第六天魔王の肉体は未来永劫、鬼の傀儡と化していただろう。


カグヤは、炎の中で昇天する兄と、主君殺しの汚名を着る覚悟で霊を救う光秀に、深く、深く頭を垂れた。


『……受け取りました、兄上。そして光秀殿』


『兄上の遺志、そしてお二人の痛みも苦しみも、私が未来へ繋ぎ続けます。そして真の歴史「宇宙史」にて、その汚名を必ずや晴らしましょうぞ』


信長には、既に届かない...。

光秀には、その術がなかった。


これが、後に「地球の審判」に端を発する戦いの、人知れぬ序章であった。一人の女神が、来るべき襲来に備え、歴史を壮大な舞台装置とし、「救世主」を創り出す計画の、優しく壮絶な嘘に彩られた始まりの記録である。


<追記> 当日の右筆が一旦書き記し、朱で消された一文が存在した。


「敵は備中にあらず、敵は本能寺にあり」


に続く宇宙史の存在意義たる史実。


「敵は本能寺にあらず、敵は異界よりり」


呆気なく歴史からは消去されるが、偉人たちの胸に深く刻まれた。


**【交響小説への招待状】**

この物語は、小説部だけでは意味を成しません。

作中歌やお寄せ頂くイラスト、謎解きも含めた全てで、この物語は作品となりえます。

作内においてその時が来たらご案内しますので、是非お越し下さい。

<鋭意制作中>

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