よく育った身体
私が最後の一口を食べ終えたころ、ちょうど同じタイミングで、七海ちゃんもフライパンを洗い終えた。
その様子を、私はさりげなく、目で追っていた。
時間は、少しかかっていたけど、ちゃんと洗えてる感じだ。
「じゃあ、ついでに」
落ち着いた声で言う。
「食洗機も、覚えましょうか」
「えっ」
七海ちゃんは、少し驚いた顔をする。
「でも……難しくないですか?」
「全然」
私は、軽く首を振る。
「セットして、洗剤を入れて、スイッチを押すだけよ」
「……その『だけ』が」
七海ちゃんは、苦笑いしながら言う。
「いろいろと、難しいんですよね」
「それが分かってるなら」
私は、そう言いながら食洗機の扉を開ける。
「今は、それで十分よ」
中への入れ方を示しながら、皿の向きや、軽く重ねる位置を伝える。
七海ちゃんは、真剣な顔でそれを見て、何度もうなずいた。
洗剤を入れて、スイッチを押すと、低い作動音が、静かに響いた。
「……動きました」
七海ちゃんが、少し安心したように言う。
「ええ、これで今日はおしまい」
ふと、七海ちゃんが炊飯器の方を見る。
「……あの、残ったご飯、どうしましょうか?」
「まだ、おなかすいてる?」
私は、軽く聞き返す。
「さすがに……だいじょうぶですよう」
七海ちゃんは、少し照れたように笑った。
「じゃあ」
私は、自然に続ける。
「容器にまとめて、冷蔵庫に入れておきましょう。明日、また使えばいいわ」
「はい」
七海ちゃんは、元気よく返事をしてから、棚の方へ向かう。
「容器は……こっちですか?」
「そうね」
私は、うなずく。
「お願い」
その間に、私は洗い終えたフライパンを拭いて、棚へ戻す。
七海ちゃんが取り出してきた容器を、ちらっと見る。
(……ちょっと、大きいかしら)
そう思ったけれど、口には出さなかった。
小さすぎるよりは、ずっといい。
七海ちゃんは、ご飯をていねいに移し替え、ふたを閉める。
少し不慣れな手つきだけれど、雑ではない。
「……次は」
七海ちゃんが、少し考えるようにしてから言う。
「お風呂、ですよね」
「そうね」
私は、時計をちらっと確認してから答える。
「じゃあ」
七海ちゃんは、少し背筋を伸ばす。
「私、入れてきます」
「お願いね」
私は、素直に任せることにした。
七海ちゃんは、ぱたぱたと軽い足音を立てて、浴室の方へ向かう。
ほどなくして、スイッチ音と一緒に、機械的な案内音声が流れた。
『お湯張りをします』
その声が、妙に生活感を帯びていて、私は小さく息を吐く。
しばらくして、七海ちゃんがリビングへ戻ってくる。
さっきより、少しだけ肩の力が抜けた顔をしている。
「……ねえ、遥さん」
「なに?」
「今日も」
少しだけ、言いにくそうに間を置いてから、続ける。
「また、一緒にお風呂……入ってくれますよね?」
「ええ、そうね……」
私は少し考えるふりをしてから言った。
「一人で入れます、って言われるまでは、ね」
すると、七海ちゃんは、ほっとしたように笑った。
「……どうせ一緒に入るなら」
私は、ふと思いついて、ニヤリと笑う。
「あなたには、身体の洗い方とかも、教える必要があるかしら?」
「それはさすがに分かります!」
七海ちゃんは、即座に言い切る。
「そこまで子供じゃないです!」
「それは頼もしいわ」
私は、くすっと笑う。
七海ちゃんは、少し照れたようにしながら、でもすぐに表情を切り替える。
「じゃあ」
軽い調子で言う。
「お風呂が沸くまで……くっつきますね」
「……えっ?」
私が言い返すより早く、七海ちゃんはソファへ近づいてきた。
「ほら」
私を座らせるようにうながしたあと、自分もすぐに、隣へ腰を下ろす。
「遥さんの腕は、こちらですよ?」
そう言いながら、私の腕を取り、自分の背中側へと導く。
そんな仕草を
七海ちゃんの背中に、私の腕が回る。
薄い服越しに伝わる体温が、じんわりと手のひらに残る。
私は、ゆっくりと、その背中をなでてあげた。
七海ちゃんは、何も言わず、少しだけ身体を預けてくる。
「……お風呂から出たら」
七海ちゃんが、小さな声で言う。
「今夜は、ちゃんと……ごほうび、もらいますからね」
「ふふ」
私は、からかうように答える。
「でもあなた、もう眠いんじゃない?」
「そんなことありません!」
七海ちゃんは、すぐに言い返す。
でも、その声は、ほんの少しだけ、さっきよりやわらかく、ふわふわとしている。
(……少し、眠そうじゃないかしら)
そう思いながら、私は背中をなでる手を止めない。
「無理、しなくていいのよ」
落ち着いた声で言う。
「いい子は、ちゃんと眠らないと」
「もう……」
七海ちゃんは、少し不満そうに身じろぎする。
「子供扱い、しないでください」
「そうね」
私は、わざとらしく考えるふりをしてから続ける。
「身体は……よく育ってるもの」
「……もうっ」
七海ちゃんは、言葉に詰まって、顔を伏せた。
その反応を感じながら、私は、ゆっくりとほほえんだ。
生活の段取りも、距離の取り方も、少しずつ、でも確実に、形を作り始めている。
湯沸し器のリモコンから、また案内音声が聞こえた。
『まもなく、お風呂が
その音を合図に、私は七海ちゃんの背中を、最後にもう一度だけ、ゆっくりとなでた。
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