第9話「死者との報道協定」
**「報道の鬼」と呼ばれた祖母・さゆり**が、そのスキルを最悪の形で発揮する回です。
物理的な暴力ではなく、**情報操作と心理掌握**による、洗練された「隠蔽工作(報道協定)」を描きます。
***
# 小説『共犯の血脈』
## 第九話「死者との報道協定」
**【泥濘(ぬかるみ)のレクチャー】**
「情けないねえ、美紀。詰めが甘いんや、あんたは」
さゆり(の入ったありさの死体)は、泥を払いながら、まるで編集会議のデスクに座るかのように岩場に腰掛けた。
その姿には、腐敗した死体の悍(おぞ)ましさよりも、圧倒的なカリスマ性が漂っていた。
「お、おばあちゃん……なんで……」
美紀はスコップを取り落とし、膝から崩れ落ちた。
大樹は口をパクパクさせ、完全に思考停止している。
サトシだけが、事態を飲み込めずに壁に張り付いていた。
さゆりは、冷徹な目で三人を順に見回した。
「説明してる暇はない。状況を整理するで。……あんたら、この男(サトシ)を殺して、どうするつもりやったん?」
美紀が震える声で答える。
「埋める……つもりだった。二人とも、この山に」
「アホか」
さゆりが一喝した。
「二人も行方不明者が出たら、警察の捜査本気度が変わる。レンタカーの履歴、Nシステム、この男の周辺関係……全部洗われて終わりや」
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「**報道協定**を結ぶうんや」
さゆりはニヤリと笑い、サトシを指差した。
**【取引と脅迫】**
「おい、兄ちゃん。名前は?」
「さ、サトシです……」
「サトシ君。あんた、今ここで殺されるか、それとも私の『共犯者』になるか。どっちがええ?」
サトシは激しく首を縦に振った。
「生きたいです! 何でもします!」
「よろしい。ほな、取引や」
さゆりは淀みなく指示を出した。
1. **遺体の処理:** ありさの肉体(自分が入っている器)は、発見されにくい別の場所へ移動させる。
2. **サトシの役割:** 店に戻り、「車は正常に返却された」と記録を改ざんする。さらに、大樹のアリバイを補強する偽証を行う。
3. **報酬:** 大樹から口止め料として十分な額を支払わせる。
「でも……警察にバレたら……」サトシが怯える。
さゆりは、ありさの美しい顔(ただし目は老婆)を近づけ、囁いた。
「バレへんよ。私がシナリオを書くんやから。……それにな」
彼女の声が、急に低くなった。
「もし裏切ったら、あんたの枕元に毎晩立ってやる。この世のあらゆる不幸をあんたに注ぎ込んで、発狂して死ぬまで追い詰めたる。……死人の呪い、ナメたらあかんで?」
超自然的な脅迫。
サトシは、この老婆がただの霊ではないことを本能で悟った。
逆らえば、殺されるよりも恐ろしい目に遭う。
「わ、わかりました……協力します……!」
**【血の同盟】**
さゆりは満足げに頷き、美紀と大樹に向き直った。
「交渉成立や。美紀、大樹さん。これで全員、一蓮托生(いちれんたくしょう)や」
大樹は脂汗を流しながら、何度も頷いた。
「は、はい! 従います! お義母様!」
さゆりは空を見上げた。月が雲に隠れようとしている。
「さあ、忙しなるで。夜明けまでに『完璧な真実』を作り上げるんや。……私が現役やった頃みたいにな」
かつて世論を操り、真実をねじ曲げてきた報道のエース。
その手腕が今、身内の殺人を隠蔽するために振るわれる。
死体と、殺人犯夫婦と、買収された目撃者。
最悪の取材チーム(共犯者たち)が、奥飛騨の闇の中で結成された。
(第九話 完)
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