第19話 狩人の本音、深夜の襲撃

 

「フリクトンさん。まだまだ、いっぱいありますからね!スープやパンも、召し上がってください」


 そこで、アイリーがサッと何かを取り出して言った。


「パンと一緒に、オランのジャムはどう、ですか?……フリクトンさん」

「ふ、もらうよ。うまそうだからな」


 オラン、というのは先日のオレンジみたいなルチェだ。アイリーのアイデアで、ジャムにすべく1人で鍋の番をしていた。

 皮も入れるオランのジャムは、何度も湯でこぼしをするとか、渋みを抜くのに一晩おくとか手間がかかるのに、ちゃんと完成させていたらしい。



 つやつやとした深いオレンジ色のジャムを口にして、フリクトンさんは嬉しそうだった。どうやら、お気に召したらしい。


「よかったね、アイリー」


 とささやくと、笑顔が返ってきた。

 私も試食させてもらったけど、少しだけほろ苦く、甘酸っぱい味。お酒が好きなフリクトンさんには、このくらいの甘さがちょうどいいのかも。


 ひとしきり食べて、フリクトンさんはこんなことを言い出した。


「今日仕留しとめた、エルカーン。もっと、ああいう大物を狙おうとずっと思ってたんだ。少しは間引くくらいのほうが、森の環境のためにもなるからな。でも、俺はビビッてた。何度射ても、矢が急所に当たらなかったら?仲間がいてくれたとしても、俺のせいで失ったら?自分が食うのに少しくらい困っても、狩りすぎはよくないとか。ただの言い訳だった」


 フリクトンさんの本音……なんだろうか。身体の線が細いのは、木登りのためや、行動を身軽にするためかと思っていた。

 むやみに狩りたくない、という言葉には命に対するリスペクトや、重みを感じる。決して、言い訳じゃない。そして、あれだけの腕があっても、悩みは尽きないんだ、と思う。


「それは、生き物の命を尊重しているからこそのお考えだと思いますよ。実際、狩りはほぼすべて、フリクトンさんの力でしたし」


 盛大せいだいに空ぶった、アイアン・スプラッシュを思い出しそうになる。


「お会いして間もない、しかも森のマナーを軽く見た私たちのために、フリクトンさんは最大限の努力をしてくれました。そのおかげでいま、大きなケガなくここにいられています」


「ん……そういわれると何だか落ち着かんな」


 フリクトンさんはまた、静かになった。けれど、瞳には目線の先にある炎が映り込んで揺らめき、表情もやわらかい。


 彼は、テーブルにうつ伏せになり、健やかな寝息をたてるアイリーのこともしばらくの間、見つめていた。


 カイ様は、リッドさんや従者さんらと話し込んでいるようだ。フライパン……洗ってみたけど、今はやめておこう。




 深夜。テントに入り、まどろんでいると。

 突然、強い横風が吹き、ゴゴーーー!と恐ろしい音がした。続いて、何かが近づいてくるような足音。


 同時に、黒い霧が立ち込めた。急に息苦しくなり、口元をおさえる。

 毛布に包まれ深く眠っているアイリーを、起こすべきだろうか。


「きゃーーああぁ!」


 それほど遠くないところから、恐怖に満ちた甲高かんだかい悲鳴が聞こえた。

 私はフライパンを呼びだし、立ち上がって構える。


 それから、恐ろしく長く感じる時がたち……。


「大丈夫か?!」


 リッドさんの声だ。助かった。外に出ると、カイ様も一緒に来ていた。


「は、はい、何ともありません」


 2人が胸をなでおろすのが分かる。


「でも……何だったんでしょうか。さっきの悲鳴は?」

「メイドの1人だ。自衛を身に着けているから、応戦もしていたし、目立ったケガはない。ただ、怖い思いをしたようで、もう1人のメイドが世話をしている」


「カイ様の防護壁をかいくぐるとは、あなどれません」


 と、リッドさん。


「黒い影だった。魔物かもしれない。従者2人に、追跡させている。恐らく、以前からこの付近で起きている脅威きょういに関係しているだろう」


「そう……ですか」


 少しだけホッとした。アイリーもさすがに起きたようで、目をこすっている。


「そのフライパン……ナガメさんのスキルだよね」


 と、カイ様。こんな時でも探求心を忘れないらしい。


「あ、はい。さっき呼びました」


「!取り出すことができるのか。使い勝手もよさそうだ。……訓練場の人形で、もっと練習していいよ」


 私はかすかな赤面を隠したくて、会釈えしゃくした。ほんとうに何でもお見通しだ。まあ、人形を粉砕ふんさいしてしまったという報告はしておいたんだけど。


「王国に知らせをやって、協力を仰いだし、フリクトンさんにもお願いして、警戒けいかいを強めた。だから、戻って安心して休んでいなさい」


 と言われて、アイリーとともに中へ戻る。



 黒い影……一体、何者なんだろう。そういえば、ザリウスさんのパーティが襲われたのって……。

 

 カイ様、夜通しで強力な守護の魔法を使うってこと?大変だよね。


 色々と考えていたけれど、押し寄せてきた眠気にあらがえなかった。


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