第6話 屋敷の隠し事、恐ろしき影


 色づいたイティの実は、綺麗に収穫されてしまった。

 農地担当の管理下に置かれたみたいだ。


 まあ、うるわしのカイ様の食卓をいろどってくれるなら、いいか。


「はあぁあ~、せっかくのイティの実が~!少しくらい、残してくれたっていいのに」


 と、盛大せいだいにため息をつくアイリー。私も正直、同じ気持ちだ。



 ストレス発散をかねて、私はパン生地を叩きつける。


「ん?さっきから、何やってんの」


 アイリーが、のぞき込んでくる。


「パンをね、つくろうとしてる」

「ふ~~~ん。粉もけっこう貴重だからな。気をつけろよ!」

「そっか、分かった」


 ただ、料理長ルーヴァンの権限けんげんなのか、私はわりと自由に『試作』をさせてもらえている。

 いや、むしろ『やって!』と言われていた。それも、圧強めに。

 地味じみにプレッシャーだけど、前向きにとらえようと思う。


 転生前も、休日はたまにパンを焼いていた。

 レシピがない今、上手くいくかは、分からないけど……。


 ちなみに、イースト菌の代用は、ブドウに似た果物を干したものを、水・砂糖と一緒にビンに入れ、ふきんをかけ、自然に発酵はっこうさせたもの。

 温かい厨房では、数日でもグングン発酵してくれた。


 果実酒が作られていたから、もしかしてと思い、聞いたところ、あると教えてもらった。干したものは人気がないらしく、残っていてラッキーだった。



 繰り返し、こねる作業を繰り返していると。

 ラーメン店の店主……じゃなく、ブルノさんがチラチラとこちらを見てくることに気づく。

 何だろう。でも、悪意は全然、感じない。マスクで隠れない目が、純粋に『気になる』と言っているから。

 それか、スープをコトコト煮込むようになってから、ちょっとヒマなだけかも。



 石窯から焼けたパンを取り出すと、待ちかまえていたらしいアイリーが、パッ!と1つ取っていった。そして、ひと口。


「な、何だふぉれ!うますぎる……」

「良かった、美味しい?やけどしないでね」


 よほど気に入ったのか、アイリーはまた、口いっぱいに頬張っている。


 私も食べてみたけれど、まあまあの出来だ。やはり、元の世界のパンのふわもちの食感はすごいんだな、と思う。

 それでも、これまでの『ほぼ石♡パン』よりはだいぶいい。


「そうだ、こんなのも作ってみたの」

「ん?めっちゃいい匂いがすると思ってたんだよ」


 頼み込んで少し分けてもらった、イティの実を詰めて、ジャム風にしたのだ。

 アイリーは、早くもパンと合うことに気づいたようで、たっぷりとジャムをって、食べている。


「ナ~ガ~メ~さ~~~~ん」


 振り向くと、そこには目を光らせた料理長ルーヴァンが、仁王立におうだちしている。


「何ですかその美味しそうなものはー!私にも食べさせるのです」


 と言うやいなや、両手でパンを1つずつつかみ、交互こうごに食べだした。

 さらに、イティのジャムも塗って……。


「うぐっ…………」


「だ、大丈夫です?つまりました?」


 丸くて広い背中をたたこうか、迷っていると


「うっ……まぁ~~い!美味いです!!」


 カッ、と目が見開かれている。うん、だいぶ怖い。


「レシピ!レ・シ・ピを提出しなさい。絶対ですよ?いいですね!?」


 7回くらい、念を押された。


 このやり取りに食欲をそそられたのか、他の料理人たちもパンに手を伸ばした。

 ブルノさんまで、もぐもぐと食べている。

 試作のパンは、あっという間に完売した。


 ______________


 その日の夜遅く。


 屋敷に戻ったカイを、メイド長のリネンが出迎えていた。


「今日も遅くまで、本当にお疲れさまです」

「……ああ。すまないね、起きていてもらって」


「わたくしのつとめですから、気にしないでください。お部屋は温まっていますよ」


 どこかゆっくりとした足取りで、カイは部屋へと向かう。

 そして、自室のドアを閉めた瞬間、ゴホゴホッ……、と激しくせき込んだ。とてつもなく苦しそうだ。


 けつけてきた執事のリッドが、すかさずカイの身体を支え、ベッドに腰掛こしかけさせる。


「……もう、大丈夫。……薬、薬を」

「はい、すぐに」


 メイド長のリネンが呼ばれ、湯気のたつカップがったトレイが運ばれた。


 服を着替えて、薬湯やくとうを口にしたカイは、少しだけ落ち着いた様子だ。顔が青白いのは変わらないけれど。


 不安げに見守るリネン。


「ごムリをなさっていたのですね。すぐに言ってくだされば……」

「このくらい、平気だよ。慣れてい……」


 言いかけて、またゴホッ……。とせき込む。


「あのぅ、こんな時にすみませんが、こちらをよければ召し上がってください。

 空腹では、お身体によくありませんので」


 と、リネンがお皿に盛られたパンを勧めた。ルビーみたいにつやつやで真っ赤な、イティのジャムもえてある。


「……? うん、あとで頂くよ」


「新メニューだとか。私も少し頂いたのですが、大変美味しかったので。おすすめです」


 リネンの目が、食べた時のことを思い出しているのか、少しかがやいた。


「そうか。……しばらく、休む。2人とも、今日はもういいよ。ありがとう」


 リッドは何かいいたげだったが、一礼をして、部屋の扉を閉めた。



「屋敷内の者に、見られていませんよね?」


 長い廊下を歩きながら、リッドが小声で尋ねる。


「ええ、薬湯は表向き、私のために用意させていますし、ほとんどの者は休んでいます。

 気づかれないでしょう。

 ……それはそうと、やはり王国任務がご負担なのでしょうか」


「はい。優秀なうえに、頼みを断れない方ですから。

 それに、お身体が思わしくないのは、生まれきのものかと思います」


「ああ……何か、いい方法はないのでしょうか。……困ったものです」


 月明りの照らす廊下を通り過ぎていく2人を、窓の外からジッとうかがうものがいた。


 気配をさっしたリッドが視線を向ける前に、謎の影はサッとかき消すようにいなくなった。リッドはしばらく疑うような視線を投げかけていたが、きびすを返した。


「どうかなさいましたか?」

「いえ……コホン、あのパン、もう1個だけ食べてしまおうかと思います」


 と、リッド。


「私もそうします、イティのジャム、たっぷりで。うふふ」


 2人の姿は見えなくなったが、謎の影はいまだに近くにいた。周囲には、まがまがしいくらいに濃いギフォが立ち込めている。謎の影は、イラだっているようだ。


「おかしい……何かが違う!イヤな予感がするぞ」


 _____________________________


 一方。深夜まで、お皿洗いをさせられたようで、疲れ果てた様子のナガメは、ベッドにすべりこんだ。

 まばたきをする間もなく、眠りにつく。


「んんー、いちごちゃー、……むにゃ……」


 なかなかにシアワセな夢を見ていそうだ。

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