28友の声1

「はぁ……はぁ……」


 走る。

 喉が痛くて、足が痛くて、立ち止まりたくなる。


「誰かに助けを……」


 僕は逃げている。

 でも逃げなきゃいけないという気持ちからは逃げずに、苦しくても走る。


「おいガキ、待て!」


 後ろから声がする。

 しわがれた老人のような声に僕の背中に悪寒が走る。


 歯を食いしばり、最後の加速。


「えっ……」


 突然視界が開けた。

 森が途切れて、そばにあったはずの森と地面が遥か下に見える。


 振り返る余裕もなく、加速していた僕は止まることもできなかった。

 崖から飛び出してしまったのだと気づいた時には、もう落下が始まっていた。


「うわああああああっ!」


 手を伸ばして、ばたつかせた。

 何かの希望はないかと必死になって、手に触れたものを必死の思いで掴んだ。


 落下する衝撃が腕にかかって肘が悲鳴を上げる。

 けれど泣きそうになった顔を歪めながらも何とか耐えた。


「あーあーあーあー……」


 顔を上げると奇妙な顔が僕を覗き込んでいた。

 鼻が長い。


 ちょっと鼻が高いとかそんなレベルではなく、しなって湾曲するほどに鼻が伸びているのだ。

 喋ると鼻先がビヨンビヨンと揺れる。


 肌は灰色に近いような色をしていて、シワシワとしている。

 御伽話の魔女をもっと醜くしたらこんな感じかもしれない。


 気持ち悪くて、見ているだけで恐怖を感じさせる。


「無駄に逃げたりするからこうなるんだよ。大人しくしてれば友達と一緒にいられたのに。あーあーあーあー……もったいない」


 変な人は冷たい目をして僕のことを見下ろす。

 木の根っこか何かに捕まる僕を助けようとする様子もない。


「ふん……まあ一体ぐらい構わないか」


 変な人は立ち上がって、そのままどこかにいってしまった。


「も、もう……」


 程なくして、僕の手に限界が訪れた。

 握力が持たずに、僕の手は根っこから離れて再び崖から落ち始めた。


 ーーーーー


「ああ、自然っていいよな」


「本当? 外出嫌いじゃなかったっけ?」


「そりゃフカフカのベッドに寝てていいなら外にゃ出ないさ。でも自然の中は嫌いじゃない」


「ふーん、ちょっと意外」


 多分クーデンドが考えている自然の中が好きと、俺が言う自然の中が好きは意味合いが違う。

 クーデンドが言うように俺はあまり外に出るのは好みじゃない。


 当然自然の中にいることもさほど興味ない。

 だが自然の中は好きなのだ。


「幽霊いないからな……」


 俺が自然が好きなのは幽霊の数が圧倒的に少ないからだった。

 近くに死体とか、ヤバいスポットでもない限り幽霊はそこらへんにいない。


 視界がだいぶスッキリする。


「今は一体見えてるけどな……」


 フラッと歩いている人が見えている。

 何の装備も荷物もなくぼんやりと歩いている姿はちょっと違和感がある。


 けれども他のみんながそれを見ることもなく、幽霊なのだと確実になった。

 無理矢理成仏させてやる手段を俺は持っているけれど、こっそりできるものじゃないからスルーするしかない。


 どこかで上手く自分で成仏してくれるのを願うしかない。


「まあしょうがないよな」


 そこらに幽霊がいることはしょうがない。

 この世界では魔物が出たりするし、それだけではなく野生動物だって脅威になる。


 何かの原因で森の中でのたれ死んで、死にきれずに幽霊になってしまったということもあるだろう。

 あるいは町が嫌だった野生の幽霊かもしれない。

 

「次の町まではつかないな。早めに休んで、早めに出発すれば明日のいい時間には村に着く。もう少し進んでいい場所があったら野営しよう」


 ゲルディットは地図を確認している。

 馬車に乗れなかった以上は移動速度が遅く、町や村に着かないということも多くなってしまう。


 どこまで移動してどこで泊まるのかしっかりと計画を立てる必要がある。

 この世界の特に精巧でもない地図を見ながら、旅の行程を考えるのも意外と難しい。


 そうしたところも経験者なゲルディットはサクサクと決めていく。


「手本は見せたからなお前らにもこうしたものはやってもらうぞ」


「僕もですか?」


「もちろんだ。いつ外に出るのか分からない以上一通りは経験しておけ」


「……そうですね。分かりました」


 クーデンドは表に出るような仕事は少ないだろう。

 それでも知識は知っていて損はない。


 ゲルディットもなんだかんだと面倒見はいいのだ。


「おっ、焚き火の跡があるな。ここらで野営にするか」


 道に沿って歩いていた。

 すると道の脇に黒い焼け跡がある。


 それは焚き火の跡である。

 自然環境を破壊しないようにとか、これぐらいのところで野営しとけば移動にちょうどいいというところには先人の焚き火の跡が残っていることがあるのだ。


 こうした場所を利用して野営していくのが賢いやり方だ。


「ここは座るのにいい丸太まで置いてあるな」


 焚き火の跡を囲むように太い木が置いてある。

 ちょうど座って焚き火に当たるのにもちょうどいい。


「歩き詰めはなかなか疲れるね」


 荷物を下ろしてクーデンドがため息をつく。


「それでもよくついてきてるじゃないか」


「僕だって足引っ張るわけにいかないからね」


 クーデンドは文句も言わず俺たちについてきている。

 歩くペースとしてはやや速いと思うのだけど、それでも頑張っていた。


 思いの外根性もあるのだなと感心してしまう。

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