第5話「革命ポテトと、満腹の笑顔」
俺たちが手掛けたモデル農園は、順調すぎるほど順調に育っていた。
灌漑用水路のおかげで水不足の心配はなく、改良農具で手入れも行き届いている。そして何より、たっぷりの堆肥を含んだ土が作物を力強く育てていた。
そして俺はこの畑に、ある切り札を植えていた。
それは俺が森の奥で見つけた野生の芋だった。この世界では毒があると思われており、誰も食べようとしなかった植物だ。だが、俺の鑑定眼(という名の前世の知識)によれば、これはジャガイモの原種に近いものだった。
品種改良を重ね、毒抜き処理を施して栽培した結果、それは見事な作物へと生まれ変わった。俺はそれを「ポポイモ」と名付けた。
そして収穫の日。
土を掘り返すと、中からゴロゴロと丸々太ったポポイモが無限に出てくる。
「す、すげえええ! なんだこの芋! 一株からこんなに採れるのかよ!」
若者たちが驚きと興奮の声を上げる。
痩せた土地でも育ち、収穫量もコルン麦の比ではない。さらに保存も利く。これはこの領地の食糧事情を根底から覆す、まさに革命的な作物だった。
『よし、次のステップだ』
俺は収穫したポポイモを山のように積み上げ、領地全体にお触れを出した。
「本日、広場にて新種の芋『ポポイモ』の試食会を開催する! 腹を空かせた者は誰でも来い! 腹いっぱい食わせてやる!」
最初は半信半疑だった領民たちも、「タダで飯が食える」と聞くとぞろぞろと広場に集まってきた。
広場には巨大な鍋がいくつも用意され、薪の火が赤々と燃えている。
「さあ、始めようか!」
俺の号令で、若者たちやリナが一斉に調理を開始する。
メニューはシンプルだが、ポポイモの美味さを最大限に引き出すものばかりだ。
まずは、ふかしたポポイモに、バターと塩をかけただけの「じゃがバター」。バターは乳製品を加工して作ったものだ。
ホクホクの湯気が立ち上り、バターの溶ける香ばしい匂いが広場に広がる。
「う、うめええええ!」
一口食べた男が目を見開いて叫んだ。
それを皮切りに、あちこちで感嘆の声が上がる。
「なんだこの芋! ほくほくしてて、ほんのり甘い!」
「バターとの相性が抜群だ!」
次はポポイモを潰して丸め、油で揚げた「ポポイモコロッケ」。
サクサクの衣を噛むと、中からとろりとしたポポイモのペーストが溢れ出す。
「サクッ! トロ~! こんな食い物、初めてだ!」
「子供たちが夢中で食ってるぞ!」
さらに薄切りにしたポポイモをカリッと揚げた「ポポイモチップス」。
スープの中に角切りのポポイモと野菜を煮込んだ「ポポイモシチュー」。
次々と繰り出されるポポイモ料理の前に、領民たちは我を忘れて舌鼓を打っていた。
最初は不信感を抱いていた村長も、今ではシチューのおかわりを三杯もしている。
広場は人々の笑顔と活気で満ち溢れていた。
誰もが腹を抱え、満ち足りた顔で笑っている。飢えに苦しんでいた頃の暗い表情はどこにもない。
「カイ様……すごい。みんな、笑っています」
リナが目に涙を浮かべながら、俺の隣でつぶやいた。
「ああ。これが見たかったんだ」
俺は目の前の光景を胸に焼き付けた。
どんなに多くの作物を収穫するよりも、どんなに多くの金を得るよりも、この人々の笑顔こそが俺にとって最高の報酬だった。
試食会が終わる頃には、あれだけ頑固だった村長が俺の前に深々と頭を下げていた。
「若様……。いえ、カイ様。我々は間違っておりました。どうか我々にもその農業の知識をお授けください! この通りでございます!」
村長に続いて、他の農民たちも次々と頭を下げる。
「俺たちにも、ポポイモの育て方を教えてくれ!」
「堆肥の作り方も、一からお願いします!」
彼らの目には、もう不信感の色はない。あるのは未来への希望と、俺に対する絶大な信頼だけだ。
「もちろんです。みんなで、この領地を豊かにしましょう!」
俺がそう言うと、広場から割れんばかりの歓声が上がった。
こうしてアースガルド領の農業改革は、領民たちの心を一つにして本格的に始動した。
しかし俺はこの時、まだ知らなかった。
このささやかな辺境の地での成功が、やがて大国の、そして誇り高き一人の姫騎士の運命をも巻き込んでいくことになるということを。
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