第2話 教室は涼しい

 逃げ込むように教室に入ると、冷房の涼しい風が出迎えてくれた。火照った体を冷やしてくれるが、その冷たい風が火傷の跡を撫でると、わずかに痛む。


「おーっす、朝から災難だったな」

「いつものことなんだから、今更言っても意味がないんじゃない?」


 自席に着くと、待っていたのは数少ない友人の二人だった。

 最初に声をかけてきたのは大倉和樹おおくらかずき。身長は180代、野球部のくせに坊主ではないが、体つきが良い。中学からの同級生で、あの事件の真相を知る人物である。

 次に声をかけてきたのが、犬山晶いぬやまあきら。身長は低く、160後半。おまけに童顔でメガネなものだから男女両方から人気がある。晶も中学の時の同級生で、事件の真相を知っている。


「ほんとだよ。朝から嫌なやつに絡まれた」

「ま、それはいつものことなんだからもう諦めろ」

「そうそう、今更どうこう言っても遅いよ」


 少し遅れて天河たちが教室に入ってくる。三大姫を連れて。三大姫は、名前に姫が入っている、2年の美人3人組の総称。姫乃凪ひめのなぎ和田姫花わだひめか佐野姫さのひめの3人。


「おーおー、相変わらず両手に花だなぁ、あの王子王子」「ああも堂々とされてると怒りも減っちゃうよね」


 王子というのは、天河のあだ名で、皮肉を込めた呼び方である。


「あの事件のことを言ったらどうなるかね」

「信じないんじゃない?王子はああ見えて変に頑固だから」


 ああ、確かに。と二人揃ってため息が出る。あの事件とは、中学1年の時にあった事件。天河の家に強盗が入ってきて、襲われそうになっていたのを、一緒に遊んでいた幼馴染が、強盗を引きばかして近くにあった包丁で刺し殺した事件。

 楓と天河は今でこそ仲が悪いとはいえ、元々幼馴染同士。家も隣で一緒に遊ぶほど仲がよかった。殺人とはいえ、楓は正当防衛が成立していたため罪に問われることはなかった。だが、現実はそう上手くいかない。

 楓が人を殺した、という事実を、たまたまクラスの1人が見て、それを間違った方向でクラス、学校中に広めた。天河は自分のプライドのために楓を生贄にした。そして、高校に上がると中学で広めたやつ、郷田鑑ごうだかがみは、楓が人殺しだとまた広めた。


「ま、今更あのことを言う気はないよ。めんどくさいし」

「……まぁ、お前がいいなら俺らも良いけどよ……どうする?賭けるか?」

「賭けるって……なにを?」

「王子の顔が歪むかどうか」


 和樹の唐突な提案に、楓と晶はお互いに顔を見合わせると、ニッと笑った。


「いいね、面白そう」

「和樹にしちゃ悪くねぇ提案だな、のった」


 そんな会話をしていると、チャイムが鳴り響く。担任が入ってきて、ホームルームが始まる。楓は、視線を感じとるとその方向に向く。


「……」


 天河が睨んでいた。何かした覚えが無いために、なぜ睨まれているのかを考えてしまう。


「でさ、俺やっぱり思うんだよ。天河、あいつは社会に出たら生きていけないって」

「あ、わかるわかる。今チヤホヤされすぎてるせいで怒られ続ける毎日、って感じするよね」

「(こいつら天河のことほんと嫌ってるよなぁ。まぁ俺も人のこと言えないけど)」


 会話を聞きながら、移動教室の準備をする。


「いやまぁ、天河のことだし上手くやるんじゃない?あいつそういうのは得意だし」


 険悪な仲とはいえ、仮にも幼馴染がそうなったら嫌だなぁと思いつつフォローを入れる。が、そんなフォローも虚しく、2人の天河への悪口は止まらなかった。


「そ、それよりもさ、天河が彼女作るとしたら誰になるか予想しね?当たったら学食奢り」


 楓がそう提案すると、2人は面白そうに笑う。


「おっしゃのった!そうだなぁ、俺の予想は姫乃だな、スタイルいいし!」

「はぁ、胸が大きいだのエロいだのとなんて低レベルな争いを……僕は佐野さんかなぁ、楓は?」

「いや俺別にそんなことは言ってねぇぞ?というかお前ものってるじゃん」

「あ?そうだなぁ。あー……猫屋とか?」


 一瞬、和田が浮かんだが、朝絡んできた生意気な後輩が頭に浮かぶ。

 楓に話しかけてくる数少ない友人(かどうかはわからないが)の1人の、その恋路の応援を込めて名前を出してみる。


「「それは絶対に無い」」


 2人の声が重なり、同時に否定される。


「は?なんでだよ。あり得るかもしれないだろ?」

「いやいやいや、紅葉ちゃんは絶対にない」

「うんうん、天地がひっくり返ってもあり得ないね。楓、奢る準備しといてね」


 2人の勝ち誇った顔に楓は疑問を抱いていた。今朝のあの対応を見ていれば、紅葉が天河のことを好きなことくらい見ていればわかるはずだ。


「なぁ晶」

「ん?なに?」

「この鈍感が紅葉ちゃんとくっつくかどうか、賭けるか?」

「面白そうではあるけど止めとくよ。賭けにならない」


 2人が後ろで話している。何を話しているのかは聞こえないが、どうせろくでもないことなのだろうと予測する。


「っと、2人とも急がないと遅刻になっちまうぞ」

「あれ、もうそんな時間?」

「んじゃ、走るか」


 3人して廊下を走り出し、教室へ向かう。途中、先生から「廊下を走るな!」と怒られたが、遅刻するわけにはいかないので無視した。汗だくになりながら教室に着くと、冷房が迎えてくれた。


「あ〜、涼しぃ」

「これぞまさにオアシス」

「全くだ。冷房を使ったやつは神と呼んでいいと思う」


 これは余談だが、3人はしっかり遅刻した。

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