第2話 教室は涼しい
逃げ込むように教室に入ると、冷房の涼しい風が出迎えてくれた。火照った体を冷やしてくれるが、その冷たい風が火傷の跡を撫でると、わずかに痛む。
「おーっす、朝から災難だったな」
「いつものことなんだから、今更言っても意味がないんじゃない?」
自席に着くと、待っていたのは数少ない友人の二人だった。
最初に声をかけてきたのは
次に声をかけてきたのが、
「ほんとだよ。朝から嫌なやつに絡まれた」
「ま、それはいつものことなんだからもう諦めろ」
「そうそう、今更どうこう言っても遅いよ」
少し遅れて天河たちが教室に入ってくる。三大姫を連れて。三大姫は、名前に姫が入っている、2年の美人3人組の総称。
「おーおー、相変わらず両手に花だなぁ、あの王子王子」「ああも堂々とされてると怒りも減っちゃうよね」
王子というのは、天河のあだ名で、皮肉を込めた呼び方である。
「あの事件のことを言ったらどうなるかね」
「信じないんじゃない?王子はああ見えて変に頑固だから」
ああ、確かに。と二人揃ってため息が出る。あの事件とは、中学1年の時にあった事件。天河の家に強盗が入ってきて、襲われそうになっていたのを、一緒に遊んでいた
楓と天河は今でこそ仲が悪いとはいえ、元々幼馴染同士。家も隣で一緒に遊ぶほど仲がよかった。殺人とはいえ、楓は正当防衛が成立していたため罪に問われることはなかった。だが、現実はそう上手くいかない。
楓が人を殺した、という事実を、たまたまクラスの1人が見て、それを間違った方向でクラス、学校中に広めた。天河は自分のプライドのために楓を生贄にした。そして、高校に上がると中学で広めたやつ、
「ま、今更あのことを言う気はないよ。めんどくさいし」
「……まぁ、お前がいいなら俺らも良いけどよ……どうする?賭けるか?」
「賭けるって……なにを?」
「王子の顔が歪むかどうか」
和樹の唐突な提案に、楓と晶はお互いに顔を見合わせると、ニッと笑った。
「いいね、面白そう」
「和樹にしちゃ悪くねぇ提案だな、のった」
そんな会話をしていると、チャイムが鳴り響く。担任が入ってきて、ホームルームが始まる。楓は、視線を感じとるとその方向に向く。
「……」
天河が睨んでいた。何かした覚えが無いために、なぜ睨まれているのかを考えてしまう。
「でさ、俺やっぱり思うんだよ。天河、あいつは社会に出たら生きていけないって」
「あ、わかるわかる。今チヤホヤされすぎてるせいで怒られ続ける毎日、って感じするよね」
「(こいつら天河のことほんと嫌ってるよなぁ。まぁ俺も人のこと言えないけど)」
会話を聞きながら、移動教室の準備をする。
「いやまぁ、天河のことだし上手くやるんじゃない?あいつそういうのは得意だし」
険悪な仲とはいえ、仮にも幼馴染がそうなったら嫌だなぁと思いつつフォローを入れる。が、そんなフォローも虚しく、2人の天河への悪口は止まらなかった。
「そ、それよりもさ、天河が彼女作るとしたら誰になるか予想しね?当たったら学食奢り」
楓がそう提案すると、2人は面白そうに笑う。
「おっしゃのった!そうだなぁ、俺の予想は姫乃だな、スタイルいいし!」
「はぁ、胸が大きいだのエロいだのとなんて低レベルな争いを……僕は佐野さんかなぁ、楓は?」
「いや俺別にそんなことは言ってねぇぞ?というかお前ものってるじゃん」
「あ?そうだなぁ。あー……猫屋とか?」
一瞬、和田が浮かんだが、朝絡んできた生意気な後輩が頭に浮かぶ。
楓に話しかけてくる数少ない友人(かどうかはわからないが)の1人の、その恋路の応援を込めて名前を出してみる。
「「それは絶対に無い」」
2人の声が重なり、同時に否定される。
「は?なんでだよ。あり得るかもしれないだろ?」
「いやいやいや、紅葉ちゃんは絶対にない」
「うんうん、天地がひっくり返ってもあり得ないね。楓、奢る準備しといてね」
2人の勝ち誇った顔に楓は疑問を抱いていた。今朝のあの対応を見ていれば、紅葉が天河のことを好きなことくらい見ていればわかるはずだ。
「なぁ晶」
「ん?なに?」
「この鈍感が紅葉ちゃんとくっつくかどうか、賭けるか?」
「面白そうではあるけど止めとくよ。賭けにならない」
2人が後ろで話している。何を話しているのかは聞こえないが、どうせろくでもないことなのだろうと予測する。
「っと、2人とも急がないと遅刻になっちまうぞ」
「あれ、もうそんな時間?」
「んじゃ、走るか」
3人して廊下を走り出し、教室へ向かう。途中、先生から「廊下を走るな!」と怒られたが、遅刻するわけにはいかないので無視した。汗だくになりながら教室に着くと、冷房が迎えてくれた。
「あ〜、涼しぃ」
「これぞまさにオアシス」
「全くだ。冷房を使ったやつは神と呼んでいいと思う」
これは余談だが、3人はしっかり遅刻した。
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