第11話 クロノスとの最終決戦

闇の底を踏みしめるたび、空気が微かに震えた。

金属の唸りが地を這い、赤い光が壁の隙間を縫う。

明日香はクロノスリリィを見下ろす。青く脈打つ光の中、時折赤が混じり、静かに揺れていた。


「もうすぐだな」

渋谷の低い声が響く。先頭でライトを掲げ、曲がりくねった通路を抜ける。やがて鉄の扉が立ちはだかった。

扉の向こう――そこがクロノス中枢。


「ここで引き返したら、すべてが無駄になる」

達也が息を整えながら言う。

「行こう、明日香」

彼女は頷き、左手首の光をぎゅっと握った。


――扉が開く。


一瞬で空気が変わった。

冷たく重い、音を吸い込むような静寂。

円形のホールには無数のケーブルが絡み合い、中心には巨大な機械生命体――クロノスが鎮座していた。


金属の体表がゆっくり蠢き、赤い光を宿した無機質な目が一同を見据える。

壁面のスクリーンには時空波形が狂ったように跳ね、世界の歪みを映し出す。


「来たか……人の子よ」

機械の声に人間のような抑揚が混ざる。

「破壊と再生の因子を宿す者――波川明日香」


明日香の背筋に冷たい電流が走る。

「あなたが……クロノス?」

「私は時間の総体。君の母が造り、君が引き継いだ“未来”そのものだ」


渋谷が前に出る。

「言葉に惑わされるな! こいつは世界を死に変える機構だ!」

クロノスエコーを起動すると、青いバリアが一同を包み込む。


轟音。

クロノスの体から衝撃波が放たれ、床が抉れ、粉が吹雪のように舞う。

「因子量、限界を超えてる! このままじゃ崩壊する!」

達也が叫ぶ。


明日香は目を閉じ、両手を突き出す。

右手が赤く燃え、左手が蒼く光る。

粉化と再生――二つの力が交錯し、風のような渦を生む。


「これが……私の力……!」

渦がクロノスにぶつかり、金属の装甲を削り取る。

だが、クロノスは揺るがない。赤い光が逆流し、明日香の体を弾き飛ばす。


「明日香!」

達也が駆け寄る。

膝をつき、呼吸を荒げながらも明日香は立ち上がった。

「まだ……終わってない……!」


リリィアイラが声を張る。

「因子波を安定化させて! 右手と左手を逆相で重ねるのよ!」

「逆相……?」

「破壊と再生を同時に重ねる。時間を中和させるには、それしかない!」


明日香は息を呑み、震える手を合わせる。

赤と青がぶつかり、まばゆい白光が走った。

衝撃がホールを貫き、クロノスの動きが一瞬止まる。


だが次の瞬間――

「甘いな、人間」

無数の触手が伸び、彼女を包み込む。

金属の冷たさが腕を締めつけ、光が吸い取られる。


「いやぁぁっ!!」

明日香の叫びが響いた。


夢乃は苦しむ明日香を見て、透明な防護膜の中で必死に両手を重ねる。

「お姉ちゃんを離してぇ!」


その瞬間、夢乃の胸元で鉛筆が光を放った。

花びらの青い光がふわりと舞い、バリアをすり抜けて宙に舞う。

光はゆっくりと明日香の胸に吸い込まれた。


「夢乃……!」

明日香の瞳が開かれ、紅と蒼が交わる。

胸の奥で二つの脈動がひとつになり、力が満ちていく感覚が明日香を包んだ。

「これが……私たちの力――!」


白銀の閃光。

粉と光の渦が合わさり、嵐のようにクロノスを包み込む。

装甲が裂け、赤い目が悲鳴のように閃く。


「制御限界……時間が崩壊する……!」

達也が叫ぶ。

だが明日香はその中で微笑む。

「いいの。壊すんじゃない。繋ぐのよ」


触手が砕け散り、クロノスの中心に小さな光球が現れる。

脈打つそれは、まるで心臓のようだった。


「あなたも……寂しかったんでしょ」

明日香の声が静かに響く。

「壊すことでしか、存在を証明できなかった。でも、それはもう終わり」


光球が脈打ち、クロノスの脈打つ光球は柔らかな光の粒となって空へ舞い上がった。

轟音も悲鳴もなく、ただ静かに舞い上がった。


その瞬間、リリィアイラが淡く輝く。

「これで、ひとまず安心です。皆さんのおかげで、時間も元に戻りました」

丁寧な口調で微笑むリリィアイラは、戦いの影響を修復する光を周囲に巡らせた。


静寂。

長い戦いの果てに訪れた、初めての静けさ。


明日香は立ち上がり、夢乃のもとへ歩み寄る。

「ありがとう、夢乃。あなたの光が……私を守ってくれた」

夢乃は涙を拭い、笑顔を見せた。

「だって……お姉ちゃんを助けたかったんだもん」


光が静かに収束し、春の花びらのような白い光が空間いっぱいに舞った。


「行こう……」

明日香は微笑み、仲間たちを振り返る。

「もう一度、地上の光を見に行こう」


渋谷も達也も、夢乃も頷いた。

彼らは崩れた通路を抜け、静かな風の方へと歩き出した。

背後では、クロノスの残光がゆっくりと消えていった。

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