第9話  父と娘

安堵の吐息が場を包んだ――だが、その静けさを破るように、背後から重い足音が響いた。


「……夢乃……?」


振り返ると、ひとりの男が立っていた。無精ひげを生やし、深く刻まれた疲労の影。左手には黒ずんだ金属の装置――クロノスエコーが鈍く光っていた。


「お父さん……!」

夢乃の声がか細く響く。男――渋谷徹の目が大きく揺れた。


「……夢乃?……生きて…いるのか…?」

震える声で一歩、二歩と近づく徹。だが視線は次第に明日香へと鋭さを帯びる。


「君たちは誰だ。どうして……娘がここにいる。どうやって……」


そのとき、夢乃が小さく、しかし確かな声でつぶやいた。


「……お父さん……」


徹は夢乃の顔を見て、肩の力を抜いた。深く息をつき、目に浮かぶ涙をそっとぬぐう。


明日香は慌てて前へ出た。


「わ、私たちが助けました! クロノスリリィの力で……でも、一人じゃ無理で……リリィと一緒に」




徹の眉間の皺は消えず、目を大きく見開く。


「クロノスリリィ……と言うことは、波川博士の……?」




明日香はうなずく。


「はい、娘の波川明日香です。私たちが助けました」




徹は視線を明日香に向け、そして夢乃に戻した。深く息をつき、微かにうなずく。


「そうか……なら、話を聞こう。俺は渋谷 徹だ、クロノスの研究員だった――でも、時空の歪みに気づいたとき、もう居続けることはできなかった」




徹は埃まみれの床に手をつき、粉を握りしめるように言った。


「……この粉を見たとき、気づいたんだ。何かが間違っていると、だから娘を守るために離反した」




「だけど、夢乃……私はお前を守れなかった。帰ったときには、もう……」


夢乃は首を小さく振り、優しく微笑む。


「もう一度……会えたから。大丈夫だよ、お父さん」


リリィのホログラムが淡く揺れ、光の粒が空間を満たす。


そしてリリィは静かに徹を見つめ、問いかけるように言った。


「徹さん……あなたの力が必要です。私たちと共に戦ってくれますか?」




徹は深く息をつき、夢乃と明日香、そしてリリィの視線を順に受け止める。


「……分かった。俺は君たちと共に戦う。――必ず娘を守るために」




リリィの光がふわりと揺れた。


「……ありがとう、徹さん」




柔らかな声が空間に溶ける。

リリィは明日香の方へ視線を向け、微笑むように光を灯した。

明日香は静かにうなずく。


「これで……心がひとつになりましたね。

私たちは、同じ道を歩いていける――そう思うの。」




達也が拳を軽く握り、アイラはふっと笑う。

夢乃も小さく頷き、父の隣に寄り添った。


「でも……まだクロノスは止まっていない」




明日香の言葉に、全員の表情が引き締まる。

光の粒が彼らを包み、再び前を向く。


こうして――父と娘、仲間たちが一つとなり、クロノスとの最後の戦いの幕が上がろうとしていた。

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