第7話 アイラとリリィの復活
地下鉄ホームに淡い光が差し込む。
静まり返った構内。倒れた自販機、粉化した広告、誰もいないホームに靴音だけが響く。
明日香は立ち止まり、息を整えた。
「……誰もいない」
達也は手首のクロノスエコーを確認しながら、
「とりあえず安全を確認しよう。足元気を付けて」と声をかけた。
やがて、ホームの奥に淡く輝く影が現れる。銀色の髪が光を受けてふわりと揺れる。
少女は明日香たちに気づくと、にっこり笑った。
「やぁっと来たべかぁ! あ〜もう、待ちくたびれたんだべ!」
少女は明日香が瞬きをする間に、数メートルの距離を一気に詰めた。
明日香「わっ!」
しかし、少女は通り過ぎた。
「わわっ、わわわぁー止まんないべぇー!!」
ずべしゃぁっ!!
盛大に転ぶ。瓦礫に突っ込む――静寂。
「えっ、えっ? だ…大丈夫?」
明日香が心配して尋ねると、少女はスクリと立ち上がり、何事もなかったかのように伸びをした。
「よし、今日も調子がいいべさな」「床も異常無しだべ」「あー、いい天気だべなぁ…」
小声でつぶやく。
「おっかしいべ、瞬発力Xに脚力Yでシュミュレーション待ってる間に何回もしたべ…明日香ちゃんの前にスチャって登場するはずだったべ」
「衝撃吸収係数α、予定通りだべ……床へのダメージさはゼロ。うん、計算どおりだべ……あれ?でも見た目の印象は失敗に見えるだ…」
「うーん、見た目の印象を改善するには……にっこり笑顔、OKだす」
にっこり笑顔で、少女は再び明日香に向き直る。
---
「やだぁ、明日香ちゃんでねぇか、覚えてねぇべか? 私だよ、アイラだべ!
ほら、波川博士の助手の、明日香ちゃんがまだヨチヨチしてた頃からお世話してたんだべ!
オムツも変えたし、おねしょのシーツも洗ったべ」
明日香「アイラお姉ちゃんっ!!」(顔を真っ赤にして抗議)
ははっ、冗談だべさ。まったく、反応が昔と変わらねぇべ
---
明日香「そ、それよりクロノスリリィがおかしくなってね、リリィが出てこれなくなっちゃったのよ」
リリィが出れなくなっただか?
明日香「そう、少しは反応するんだけど…」
ちょっと、見てみべ
その瞬間、アイラの表情が一瞬、真顔に変わる。
空気がピンと張りつめ、周囲の光が冷たく映る。
瞳の色が変わり、青色の光が走る。
「……モード切替、助手モード、起動しますべ」
指先が光を帯び、リリィの投影部分へ触れる。
光が明日香の手首を包み、かすかな熱が走る。
心臓の鼓動がリズムを刻むように、リリィの輪郭が形を取り戻していく。
やがて、クロノスリリィの青と黄の光が重なり――
ふわりと柔らかな声が響いた。
「……明日香? 達也? ……やっと、また会えたね!」
ホログラムの光の中から、リリィが現れた。
透明な羽根のようなエフェクトが舞い、涙を浮かべたような笑顔で。
その微笑みには、どこか懐かしい“母の温もり”が宿っていた。
「リリィっ!」明日香が思わず手を伸ばす。
「ごめんね……ずっと止まってて。でも、ずっと、見てたよ」
リリィが姿を整えると、すぐ横でアイラが腕を組んでニヤリと笑った。
「いや〜、にしてもだべ。リリィ、相変わらずホログラムのくせに、登場が派手だべさ」
リリィはムッとしながら反論する。
「ちょっと!“ホログラムのくせに”って何? 私の方が通信安定率も演算速度も上よ?」
「けっ、スペックだけで姉ぶるなだべ! そもそも、“アイラ”って名前は私のもんだべ!」
「でも博士は、私のことを“娘みたい”って言ってくれたの。ねぇ、明日香?」
「ちょ、ちょっと待って! なんで私に振るの!?」
アイラは胸を張って言う。
「明日香がヨチヨチだった頃から面倒見てたのは、私だべ! おねしょのシーツとか洗ったべ」
明日香
「アイラそれは、もういいから!!」
リリィがふふんと笑う。
「でも加奈子博士、夜遅くまで一緒に研究してたのは私よ?」
「そりゃホログラムだから眠らねぇだけだべ!!」
二人の言い合いは次第にヒートアップし、ついには「どっちがお姉ちゃんか」論争に発展。
「初号機を先に完成させたのは私だべ!」
「いや、知識や意志を提供したのは私よ!初号機がなければ私は形にならなかったわ!」
アイラ初号機の開発時期やAIの立ち位置まで議論は飛び、結局どちらがお姉ちゃんか決着は付かない。
明日香はため息混じりに手を振った。
「……二人とも、私はどっちも大好きだよ」
二人は一瞬ぽかんとし、視線を交わす。やがて頬を赤らめ、微笑んだ。
「ま、まぁ……そう言われたら悪い気はしねぇべ」
「……ふふ、明日香ったら、ずるいわね」
場の空気が一気に和み、達也がぼそりと呟く。
「やれやれ……姉妹ってのはどこの世界でも騒がしいもんだな」
リリィが苦笑しながら言う。
「そうね。でも……私たち、本当の意味で“姉妹”かもしれない」
アイラが頷き、声のトーンを落とす。
「んだ。今のうちに話しておくべ――私とリリィの関係を」
---
アイラは明日香と達也をまっすぐ見た。
少し間を置き、静かに語り出す。
「私とリリィは、もともと一緒のアンドロイド――“アイラ”だっただ。
けどな、クロノスリリィを完成させる時間が足りなかった波川博士は、私の中から“波川博士の記憶と意志”の部分を切り離して、別のAIに分けたんだべ。
それが――リリィだべさ」
明日香と達也が息をのむ。
アイラは微笑みながら、指先で自分の胸をとんと叩いた。
「リリィのデータは、私からクロノスリリィに転送された。
だから、私とリリィは“元は同じアイラだった”というわけだべさ」
にっこり笑うアイラに、リリィも小さく頷いた。
「そう、私たちは――ツインリンク(姉妹AI)なんだよ」
アイラもにっこり笑い胸を張りながら言った。
「そう、私たちはツインリンクだべさ………」
「ところで、リリィ…ツインリンクって何だべ?」
リリィ「もぉ、アイラったら相変わらずなんだから」
---
達也が腕を組みながら、笑う。
「やれやれ、賑やかになったな」
明日香は笑いながら頷く。
「本当に。でも……まだ、情報は集まってないね」
達也は優しく微笑み、明日香の背中にそっと手を当てる。
明日香は深く息を吸い込み、周りを見渡す。
リリィもアイラも、その視線を感じていた。
「さあ、みんなで、力を合わせて、次に進みましょう」
その声に、全員の心が一つになった。
その時、ホームの奥で、封鎖されていたゲートがわずかに開く。
風が吹き抜け、夕日の光が舞った。
明日香たちは顔を見合わせ、歩き出した。
希望と再会の光を背に――。
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