第12話「灰かぶりの王子へ」

 王城から屋敷に戻った後も、僕の震えはしばらく止まらなかった。

 叔父夫婦との予期せぬ再会は、僕が心の奥底に無理やり蓋をしていた、古傷の記憶を容赦なく抉った。

 リオード様は、そんな僕をずっと腕の中に抱きしめて、背中をさすってくれていた。


「もう大丈夫だ。俺がいる。もう何も、お前を傷つけさせはしない」


 彼の低い声と、規則正しい心臓の音が、少しずつ僕の心を落ち着かせてくれた。その夜、僕は彼の腕の中で、久しぶりに悪夢を見ずに眠ることができた。


 翌日から、リオード様の報復は、迅速かつ徹底的に行われた。

 夜会での宣言は、単なる脅しではなかった。黒狼商会が持つ強大な情報網と影響力を、彼は僕のために、惜しみなく使ってくれたのだ。

 まず、叔父夫婦が僕の両親から遺産を不当に相続し、横領していた動かぬ証拠が、あっという間に集められた。それだけではない。叔父が経営していた小さな商会が行っていた、数々の不正取引や脱税の証拠までもが、次々と明るみに出た。


 それらの証拠は、すぐに王国の騎士団と法務省に突きつけられた。

 叔父の商会は、黒狼商会からの圧力もあって、すべての取引先から契約を打ち切られ、瞬く間に倒産した。

 バーンズ子爵家は、貴族社会からも完全に孤立した。誰も、黒狼商会を敵に回してまで、彼らに手を差し伸べようとはしなかった。

 すべての財産を失い、爵位も剥奪されることが決まった叔父夫婦が、最後の望みをかけて、屋敷に命乞いにやってきた。


 応接室の扉の向こうから、彼らの惨めな声が聞こえてくる。

 僕は、リオード様の隣で、ただ黙ってその声を聞いていた。


「どうか、リオード様!この通りでございます!どうか、お慈悲を!」


「我々が悪うございました!どうか、命だけは!」


 以前の傲慢な態度は見る影もなく、二人は床に這いつくばって許しを乞うているらしかった。

 リオード様は、そんな彼らの声に、表情一つ変えない。

 氷のように冷たい声で、彼は静かに告げた。


「お前たちがカイにした苦しみに比べれば、そんなものは生易しいだろう」


「……っ!」


「カイが奴隷としてどれほどの屈辱を味わい、心を殺して生きてきたか。お前たちに、その痛みの万分の一でもわかるか。わかるはずがない」


「……」


「消えろ。二度と、俺とカイの前にその汚い顔を見せるな。次に会うのは、法廷の場だ」


 それきり、彼は口を閉ざした。

 やがて、叔父夫婦が衛兵に引きずられていく足音と、絶望に満ちた泣き声が遠ざかっていく。

 僕を長年苦しめ続けた過去が、終わった。

 その瞬間、僕の心にあった最後のしこりのようなものが、すうっと消えていくのがわかった。

 涙が、自然と頬を伝った。

 それは、悲しみの涙ではなかった。過去の呪縛から、ようやく解放された、安堵の涙だった。


「……ありがとう、ございます。リオード様」


「礼を言うな。番を守るのは、当然のことだ」


 彼は僕の涙を指で優しく拭うと、そっと僕を抱き寄せた。

 彼の行動は、それだけでは終わらなかった。

 彼は、僕が奴隷に落とされたという、不名誉な記録を、国の台帳からすべて抹消させた。そして、没落していた僕の実家であるレミントン家の名誉を回復し、家名を再興するための手続きまで進めてくれたのだ。


 数日後、僕の元に、国王陛下の名が記された正式な書類が届けられた。

 そこには、僕がレミントン家の正当な当主であることを認める、という旨が記されていた。


「お前はもう、奴隷じゃない。灰かぶりの少年でもない」


 リオード様は、書類を持つ僕の手を、上から優しく握りしめた。


「お前は、レミントン家の誇り高き当主だ。そして、何よりも……俺の、たった一人の、愛しい番だ」


 彼の金色の瞳が、まっすぐに僕を見つめている。

 その瞳に映る僕は、もう怯えて震えるだけの、無力な少年ではなかった。

 愛する人に守られ、愛することで強くなった、一人の人間として、そこに立っていた。


 灰をかぶっていた僕の人生は、彼と出会って、色鮮やかなものに変わった。

 彼は僕に、居場所と、名前と、そして愛をくれた。

 僕の王子様は、冷たくて不器用な、狼の獣人だった。

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