第25話
◆現実:8月6日(水)19:00
夕暮れ。
蒼真は、一人で公園にいた。
ベンチに座り、空を見上げている。
システムが崩壊してから、数時間が経った。
世界は、元に戻った。
カウントダウンは消え、ループは終わった。
空は、オレンジ色に染まっている。
夕日が、
美しい光景。
でも、心の中に穴が開いたような感覚がある。
何かを失った。
大切な何かを。
「……
名前は覚えている。
でも、顔が思い出せない。
声も、思い出せない。
記憶の
ループを終わらせるために、最も大切な記憶を失った。
蒼真は、自分の手を見た。
震えている。
悔しさで。
「くそっ……」
蒼真が拳を握りしめる。
「せっかく救ったのに、顔も思い出せないなんて……」
蒼真の目から、涙が溢れる。
止まらない。
でも、胸の奥に温もりがある。
誰かを大切に思う気持ち。
それだけは、確かに残っている。
その時、スマホが鳴った。
蒼真は、涙を拭って、スマホを見た。
『今夜、花火大会があるの。一緒に行かない?』
蒼真は、少し考えた。
一人でいても、仕方ない。
理沙と
蒼真は返信した。
『行く』
すぐに返信が来た。
『19時30分、神社の入り口で』
蒼真は、ベンチから立ち上がった。
空を見上げる。
夕日が、完全に沈んでいく。
「……行こう」
蒼真が呟く。
「前に進もう」
◆現実:8月6日(水)20:00
夜。
花火大会。
神社の
屋台の明かり。
笑い声。
夏祭りの
浴衣を着た人々。
子供たちの笑顔。
蒼真は、神社の入り口で理沙と悠斗と合流した。
「来てくれたんだ」
理沙が微笑む。
浴衣姿だった。
淡いブルーの浴衣。
「ああ」
蒼真が頷く。
「一人でいても、仕方ないからな」
「そうね」
理沙が頷く。
「俺たちは、一緒にいるべきだ」
悠斗が言った。
彼も浴衣を着ていた。
黒い浴衣。
三人は、一緒に歩き出した。
人混みの中を。
屋台を見て回る。
焼きそば、たこ焼き、綿あめ。
賑やかな声。
笑い声。
生きている実感。
「懐かしいな」
悠斗が呟く。
焼きそばを食べながら。
「ああ」
蒼真が頷く。
たこ焼きを頬張りながら。
「子供の頃、よく来たわね」
理沙が微笑む。
でも、三人とも、何かを忘れている気がした。
大切な何かを。
四人で来たような気がする。
でも、思い出せない。
「……なあ」
蒼真が口を開いた。
「俺たち、誰かを忘れてる気がしないか?」
「……私も」
理沙が頷く。
「大切な人を」
「俺も」
悠斗も頷く。
三人は、立ち止まった。
人混みの中で。
誰を忘れているのか。
思い出せない。
でも、胸の奥が温かい。
まるで、誰かが微笑んでいるような。
◆現実:8月6日(水)20:30
花火が上がり始めた。
ドーン!
大きな音。
空に、花火が咲く。
赤、青、黄色。
色とりどりの花火。
それが、夜空を彩る。
「……綺麗」
理沙が呟く。
「ああ」
蒼真が頷く。
三人は、花火を見上げていた。
その時、蒼真は気づいた。
花火の光の中に、誰かの顔が見えた気がした。
笑顔。
優しい笑顔。
「……誰だ?」
蒼真が呟く。
思い出せない。
でも、胸の奥が温かい。
「蒼真?」
理沙が聞く。
「……いや、何でもない」
蒼真が首を横に振る。
でも、理沙も同じものを感じていた。
花火の中に、誰かがいる。
大切な誰かが。
「……私たち、誰かを忘れてる気がする」
理沙が呟いた。
「俺も」
悠斗が頷く。
「大切な人を、忘れてる気がする」
「俺も」
蒼真も頷く。
三人は、沈黙した。
誰を忘れているのか。
思い出せない。
でも、胸の奥が温かい。
まるで、誰かに抱きしめられているような。
◆現実:8月6日(水)21:00
花火大会が終わった。
人々が、帰り始める。
三人は、神社の境内に残っていた。
静かになった境内。
提灯の明かりだけが、揺れている。
「……なあ」
悠斗が口を開いた。
「俺たち、何のために戦ったんだっけ?」
「……分からない」
理沙が首を横に振る。
「でも、大切な何かのために戦った気がする」
「ああ」
「誰かを救うために」
三人は、空を見上げた。
その時、三人の目の前に、小さな光が現れた。
蛍のような、柔らかい光。
それが、ゆっくりと舞い上がっていく。
「……蛍?」
理沙が呟く。
「いや、この時期に蛍は……」
悠斗が首を傾げる。
光は、三人の周りを一周した。
そして、空へと昇っていく。
まるで、別れを告げるように。
三人は、その光を見送った。
「……さようなら」
蒼真が呟いた。
誰に向かって言ったのか、自分でも分からない。
でも、言わずにはいられなかった。
風が吹いた。
温かい風。
まるで、誰かが微笑んでいるような。
そして、三人の耳に、かすかな声が聞こえた。
『ありがとう』
誰の声かは分からない。
でも、その声は、とても優しかった。
「……どういたしまして」
蒼真が微笑む。
三人は、歩き出した。
前へ。
新しい未来へ。
◆現実:8月6日(水)22:00
蒼真は、自分の部屋に戻った。
ベッドに座り、窓の外を見る。
空には、星が瞬いている。
その一つ一つが、誰かの願いのように見えた。
蒼真は、机の引き出しを開けた。
中には、スケッチブックが入っている。
開いてみると、一枚の絵があった。
白いワンピースの少女。
笑顔で、こちらを見ている。
「……誰だ?」
蒼真が呟く。
思い出せない。
でも、この絵を描いたのは自分だ。
それは確かだ。
「お前は、誰なんだ?」
蒼真が絵に問いかける。
返事はない。
ただ、絵の中の少女が、微笑んでいるだけ。
でも、胸の奥が温かい。
その温もりだけは、確かに残っている。
「……ありがとう」
蒼真が呟く。
「お前が誰だか分からないけど、ありがとう」
蒼真は、スケッチブックを閉じた。
そして、ベッドに横になった。
明日から、新しい生活が始まる。
ループのない、普通の生活。
それは、蒼真が望んでいたものだった。
「……おやすみ」
蒼真が呟く。
そして、眠りについた。
部屋の隅で、かつてカウントダウンの数字があった場所が、ほんの一瞬だけ金色に光った。
そして、完全に消えた。
ループは、終わった。
新しい時間が、動き出す。
記憶は失っても、
それが、三人の物語だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます