第23話

◆過去:8年前・8月5日(火)19:55


 最上階。

 巨大な時計の歯車が鎮座する機械室。

 埃まみれの床に、夕日が差し込んでいた。

 いや、あれは夕日ではない。

 Ruin線特有の、終わりを告げる赤い光だ。


「ここだ」


 蒼真そうまが言った。

 部屋の中央に、小さな祭壇のような台座があった。

 そこに、二つの窪みがある。


 前回のループで、結衣ゆいが「システムの中枢」と呼んでいた場所。


「時間がないわ」


 理沙りさが時計を見る。

 19時55分。

 あと5分で、明里あかりは死ぬ。

 収束点しゅうそくてんが発動する。


「やろう」


 悠斗ゆうとが、因果鍵いんがけんを取り出した。

 南京錠なんきんじょうの欠片と、イヤホン片。


 二人は、それを台座に近づけた。

 すると、二つのアイテムが共鳴を始めた。

 キィィィン……という高い音が鳴る。


「うっ……」


 蒼真は耳を塞いだ。

 頭が割れるように痛い。

 世界が拒絶しているのだ。

 改変を。

 運命の変更を。


 ゴゴゴゴゴ……!

 塔全体が揺れ始めた。

 地震ではない。空間そのものが震えている。


「システムが抵抗してる……!」


 理沙が叫ぶ。

 足元の床に亀裂が入る。

 天井から瓦礫がれきが落ちてくる。


「構うな! はめろ!」


 蒼真が叫ぶ。


 悠斗と理沙は、同時に鍵を窪みに押し込んだ。


 ガキンッ!


 硬質な音が響いた。

 瞬間、強烈な閃光が走った。


「ぐあぁぁぁっ!」


 三人は吹き飛ばされた。

 壁に叩きつけられる。


 目を開けると、台座から光の柱が立ち昇っていた。

 赤、青、緑、白。

 様々な色の光が渦巻いている。

 Origin、Warp、Flare、Ruin。

 全ての世界線が、ここで混ざり合っている。


「……まだだ!」


 蒼真は立ち上がった。

 鍵を回さなければならない。

 物理的な鍵ではないが、概念的な「解錠」の動作が必要だ。


 蒼真は台座に向かって歩き出した。

 だが、風圧が凄い。

 台風の中にいるようだ。

 一歩進むのもやっとだ。


「蒼真!」


 理沙が手を伸ばすが、風に阻まれて近づけない。


「悠斗! 理沙! 手を貸せ!」


 蒼真が叫ぶ。

 一人の力では足りない。

 三人の「想い」が必要なのだ。


 悠斗と理沙が、這うようにして蒼真に近づく。

 そして、その背中に手を置いた。


 ドクン。

 温かいものが流れ込んでくる。

 二人の心拍。

 二人の「生きたい」という願い。


「……いける!」


 蒼真は、光の中に手を突っ込んだ。

 手が焼けるように熱い。

 皮膚が炭化していく幻覚が見える。

 1stループの炎の記憶だ。


 だが、恐れない。

 隣には理沙がいる。

 背中には悠斗がいる。


「回せぇぇぇぇっ!」


 三人は、同時に叫んだ。

 渾身の力で、見えない鍵を回す。


 ギギギギギ……パキンッ!


 何かが砕ける音がした。

 運命の鎖が切れる音。


 蒼真の視界に、走馬灯のように映像が流れる。

 1stループ。結衣の斧。明里の落下。血まみれの美術室。

 2ndループ。理沙の涙。ガス室の窒息。「ごめんなさい」という謝罪。

 3rdループ。権藤の妨害。明里の轢死。悠斗の折れた右腕。


 全ての後悔。

 全ての絶望。

 全ての痛み。


「……もう、終わりだ!」


 蒼真が叫ぶ。


 その声に呼応するように、理沙と悠斗も力を込める。

 三人の想いが一つになる。

 許し、受容、そして前へ進む勇気。


 台座の中心で、何かが音を立てて崩壊していく。

 それは収束点の核。

 明里の死を固定していた、運命の楔。


「明里を……救う!」


 三人が同時に叫んだ。


 その瞬間、光が爆発した。


 視界が真っ白になる。

 音も、重力も、痛みも、全てが消え去った。

 まるで世界そのものが、リセットされたように。





 静寂。

 純白の世界。


 蒼真が目を開けると、そこは何もな空間だった。

 上も下もない。

 ただ、白い光が満ちている。


 隣には、理沙と悠斗がいた。

 二人とも、呆然ぼうぜんとしている。


「……ここは?」


 理沙が呟く。


特異点とくいてんの中心……かな」


 悠斗が周囲を見回す。


 そして、彼らの前に、一人の女性が立っていた。

 長い黒髪。

 白いワンピース。

 いや、それはワンピースではない。

 死に装束しょうぞくのようにも見えた。


 神代かみしろ結衣。

 ゲームマスターであり、悲劇の元凶。


 彼女は、泣いていた。

 大粒の涙を流しながら、三人を見ていた。


「……おめでとう」


 結衣の声が響く。

 それは、どこか安堵したような声だった。


「あなたたちは、勝ったわ。……収束点は破壊された。明里は、助かる」


 三人は顔を見合わせた。

 やったんだ。

 本当に、運命を変えたんだ。


「……結衣さん」


 蒼真が一歩前に出る。


「あなたは……どうなるんですか?」


 結衣は力なく笑った。


「私は消えるわ。……この空間ごと。私の存在自体が、パラドックスの塊だから」


 それが、彼女の望みだったのかもしれない。

 永遠の罪悪感からの解放。

 消滅しょうめつという名の救済。


「……それでいいの?」


 理沙が聞いた。


「私が望んだことよ。……4年前、私は間違った選択をした。その罰を受けるだけ」


 結衣の身体が、足元から粒子になり始めていた。

 消滅が始まっている。


 だが、蒼真は首を横に振った。


「……違う」


「え?」


「罰を受けるために消えるなんて、そんなの悲しすぎる」


 蒼真は、結衣の手を取った。

 冷たい手だった。

 でも、人肌の温もりがあった。


「俺たちは、あなたを許します」


「……っ!?」


 結衣が目を見開く。


「私は、あなたたちを何度も殺したのよ!? 許されるはずが……」


「許すよ」


 悠斗が、頭の後ろで手を組みながら言った。


「俺たちが生き残るために、あんたが必要悪だったとは言わない。……でも、あんたも苦しんでたんだろ? 4年間ずっと」


 悠斗の目は、どこか遠くを見ていた。

 3rdループでの孤独な戦いを思い出しているのかもしれない。


「俺だって、3回目のループで、一人で戦って……結局、誰も救えなかった。その虚しさが、どれだけ辛いか。……あんたも、同じだったんだろ?」


「私は……勝ったのよ……」


 結衣の声が震える。


「でも、勝った後、何も残らなかった。……明里も、玲奈も、みんな死んで。私だけが生き残って。……それが、どれだけ地獄だったか……!」


 結衣の涙が止まらない。


「許すわ」


 理沙も言った。

 その目は優しかった。


「私、姉さんに嫉妬してた。完璧な姉さんに、ずっと劣等感を感じてた。……でも、姉さんの日記を読んで分かった。姉さんも苦しんでたって」


 理沙が一歩前に出る。


「あなたも同じよ。……勝者だけど、一番苦しんでた。だから、もう自分を責めないで」


 理沙の言葉に、結衣の身体が震える。


「姉さんが、私を許してくれたように。……私たちも、あなたを許す。それが、この試練の本当の意味なんじゃないかな」


 蒼真も頷いた。


「俺たちは、自分を許すことを学んだ。……だったら、あなたのことも許さなきゃいけない」


 蒼真が結衣の両手を取る。


「あなたがいたから、俺たちは成長できた。……後悔と向き合えた。それは、残酷な試練だったかもしれない。でも、無駄じゃなかった」


「……ありがとう」


 結衣の声が、かすれる。


「……ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」


 結衣の身体が、光の粒子となって溶けていく。

 でも、その顔は穏やかだった。

 4年間、初めて見せる安らぎの表情。


「……ありがとう」


 結衣は泣き崩れた。

 子供のように。

 29歳の女性ではなく、4年前に時間が止まったままの、25歳の女の子として。


 三人は、彼女を囲んだ。

 そして、抱きしめた。


 温かい光が、四人を包み込んでいく。

 それは、世界線が統合される光。

 新しい未来が生まれる光。

 そして、後悔を手放す光。


「……さようなら」


 結衣の声が、光に溶けていく。


「……みんな、幸せにね」


「……元気でね」


 そして、視界が完全に白く染まった。


 四回目の正直。

 リグレット・トライアルは、ここで終わる。


 後悔という名の裁判は、判決を下した。

 『全員無罪』と。

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