第15話
◆過去:8年前・8月1日(金)15:00
Day 12、放課後。
三人は北校舎の3階にいた。
理沙が見つけた「世界の穴」――第2理科準備室。
その扉の前に、三人は立っていた。
扉は古びていた。
木製の引き戸。表面には無数の傷が刻まれている。
まるで、誰かが爪で引っ掻いたような跡。
ドアノブには、
錆びついた、古い南京錠。
「……これが、
南京錠の欠片。
これを手に入れれば、因果鍵の半分が揃う。
「開けるぞ」
ガチャン!
南京錠を叩き壊す。
金属音が廊下に響く。
扉を開ける。
ギギーッ……。
中は真っ暗だった。
窓がない。
電気もつかない。
懐中電灯の光だけが、闇を切り裂く。
部屋の中には、実験器具が散乱していた。
ビーカー、試験管、フラスコ。
それらが床に転がり、割れている。
ガラスの破片が、光を反射してキラキラと光る。
そして、奥の壁に、何かが書かれていた。
赤い文字。
いや、血だ。
血で書かれた文字。
『助けて』
『痛い』
『苦しい』
『ごめんなさい』
無数の言葉が、壁一面に書かれている。
まるで、誰かの
「……これは」
理沙が息を呑む。
「
彼女の声が震える。
「彼女は、ここで死んだのね」
「いや、違う」
不意に、背後から声がした。
三人は振り返った。
そこに立っていたのは、
数学教師。
銀縁の四角い眼鏡。
グレーのスーツ。
能面のような無表情。
「彼女は、ここで『生まれた』のだ」
権藤の声は低く、重い。
腹の底に響くような、重低音。
「権藤先生……!」
蒼真が身構える。
権藤は、ゆっくりと眼鏡のブリッジを押し上げた。
レンズの奥の目が、鋭く光る。
「君たちは、ここに来てはいけなかった。……この部屋は、システムの『
「核?」
「そう。この部屋で、
権藤の言葉に、三人は凍りついた。
存在しなかった?
明里が?
「嘘だ!」
蒼真が叫ぶ。
「明里さんは、確かにいた! 俺たちの友達だった!」
「記憶は
「そんな……」
理沙が膝をつく。
悠斗も、拳を握りしめて震えている。
「だが、君たちは気づいてしまった。……だから、削除しなければならない」
権藤が一歩前に出る。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
重力が増したような圧迫感。
呼吸が苦しい。
「逃げろ!」
蒼真が叫んだ。
三人は部屋を飛び出した。
背後で、権藤が追ってくる。
カツ、カツ、カツ。
規則正しい足音。
軍隊の行進のような、重く硬い
廊下を走る。
階段を駆け下りる。
だが、権藤は追ってくる。
その速度は、人間離れしていた。
まるで、テレポートするように、一瞬で距離を詰めてくる。
「くそっ!」
悠斗が振り返り、消火器を投げつけた。
ガシャン!
権藤に直撃する。
だが、権藤は止まらない。
消火器が、権藤の体を通り抜けた。
まるで、
「物理攻撃が効かない!?」
「彼は、システムの管理者だ! この世界では無敵なのよ!」
理沙が叫ぶ。
「じゃあ、どうすればいいんだ!」
「因果鍵を使うしかない!」
蒼真がポケットから、南京錠の欠片を取り出した。
さっき、第2理科準備室で拾ったものだ。
錆びついた、古い金属片。
「これを、権藤先生に投げつけろ!」
「え?」
「因果鍵は、システムのバグだ! バグには、バグをぶつけるんだ!」
蒼真は南京錠の欠片を、権藤に向かって投げつけた。
キィィン!
金属音が響く。
その瞬間、権藤の動きが止まった。
彼の体が、ノイズで点滅する。
ジジジジ……。
砂嵐のような音が響く。
「……ぐっ」
権藤が膝をつく。
その顔に、初めて感情が浮かんだ。
苦痛。
「君たちは……システムを壊すつもりか……」
「ああ!」
蒼真が叫ぶ。
「俺たちは、明里を救う! そのためなら、システムだって壊してやる!」
権藤は、ゆっくりと立ち上がった。
その目には、怒りではなく、悲しみが浮かんでいた。
「……君たちは、まだ知らないのだな。……明里を救うことが、どれほど
「どういう意味だ!」
「彼女は、『犠牲』として選ばれたのだ。……彼女が死ぬことで、他の全員が生き残れる。それが、このシステムのルールだ」
権藤の言葉に、三人は息を呑んだ。
「だが、君たちが彼女を救えば……全員が死ぬ。……それでもいいのか?」
沈黙が落ちる。
三人は、互いを見つめ合った。
「……俺たちは、全員で生き残る」
蒼真が言った。
「明里も、俺たちも、全員だ。……そのために、俺たちは協力してる」
「そうよ」
理沙が頷く。
「誰も犠牲にしない。……それが、四回目のループの目的」
「ああ」
悠斗も頷く。
「俺たちは、トゥルーエンドを目指してる。……誰も死なない、ハッピーエンドをな」
権藤は、しばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「……君たちは、愚かだ。……だが、その愚かさが、美しい」
彼は、ゆっくりと後ずさった。
「いいだろう。……君たちに、チャンスをやろう。……だが、覚えておけ。トゥルーエンドは、簡単には手に入らない」
権藤の体が、光の中に消えていった。
残されたのは、三人と、南京錠の欠片だけ。
視界の隅で、【1】が、金色に輝いた。
因果鍵の一つを手に入れたことで、ノイズが減った。
世界線が、Origin《オリジン》線に近づいている。
◆現在:8月1日(金)20:00
目が覚めた。
また、25歳の世界だ。
蒼真は、自室で目覚めた。
南京錠の欠片を見る。
机の上に置いてある、錆びついた金属片。
これが、因果鍵の一つだ。
「……あと一つ」
呟いた瞬間、視界の隅の【1】が、金色に輝いた。
希望の光だ。
そして、気づいた。
窓の外に、誰かが立っている。
長い黒髪の少女。
明里だ。
彼女は、こちらを見て微笑んだ。
そして、手を振った。
「……待ってて。必ず、救うから」
蒼真は、窓に向かって叫んだ。
明里は頷いた。
そして、光の中に消えていった。
視界の隅の【1】が、さらに明るくなった。
もう少しだ。
もう少しで、トゥルーエンドに辿り着ける。
そして、眠りに落ちる。
また、あの冷たさ。あの耳鳴り。
視界が白い粒子に分解される。
次に目覚めるのは、8年前の朝だ。
蒼真は、決意した。
もう時間がない。
三人で協力して、もう一つの
――【1】
その数字が、金色に輝いている。
希望の光が、見えてきた。
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