第24話 眠りへ


「ジーク、ジーク」


 ハロルドからジークに変わって8日が過ぎたが、ハロルドが表に出ることはなかった。


――ハロルドに会いたい……


 私はそんな想いを抱いて、毎朝、朝食を書斎の前のワゴンに置いた後、扉を叩いてジークが表に出ていることを確認するのが日課になっていた。


「……食事はそこに置け」


 素っ気ない返事と共に返ってきたのは、ジークの返事だ。


(まだ、ジークだ……)


 失礼だとは思うが、ジークが外に出ていることに内心肩を落としながら返事をした。

 

「……わかった。ここに置くね」


 私はそっとその場を離れた。


(ハロルド……いつ出てくるかな……)


 ジークは3食しっかりと食べてくれるし、どうやらお風呂に入っている形跡もあるし、馬のアルタクが心配になって何度か見に行ったが、アルタクはいつもエサが補給され、小屋も水飲み場もきれいに保たれているので、きっとジークが書斎を抜け出して、お風呂に入ったり、アルタクの世話をしているのだろう。

 どうやら前回は、私が何者がわからなかったので警戒して私の作ったものを食べなかったようだった。

 だから書斎に篭りながらも最低限の生活は送っているようなので、完全に私と生活リズムが違うとしか思えない。

 

――せめてジークの顔だけでも見ることができれば、ハロルドの顔を……


 そう思ってその考えを吹き飛ばした。

 

(ダメだ、ダメだ。ジークはジーク。ハロルドはハロルド!! 今は私にできることをしよう!)


 ハロルドのことを考えそうになって私は自分のするべきことを考えるようにした。


「あとは、アトリエの前の庭と、応接間の設営だけなんだよね……」


 だが、私にできる準備はほとんど終わった。

 あとは、アトリエの前の庭と、応接間にどのように絵を展示するのか、ということだ。


(これ以上は私一人ではどうすることもできないのよね……)


 思わず息を吐くと、玄関のベルが鳴った。


(え!? お客様なんて来たことがないのに!!)


 私は慌てて玄関に向かい扉をあけた。


「どうも、こんにちは」

「こんにちは……」


 外に立っていたのは、いつかジークが手紙を頼んだ手紙の配達人だった。


「大変申し訳ございません、手紙を屋敷に持って来ないようにと厳命されていたのですが……一向にいらっしゃらないですし……こちらでは保管できない書状が届きましたので、お持ちいたしました。ジールコル公爵閣下からの書状です……いらっしゃいますか?」


 配達人はあえてジークの名前を出さずに私に尋ねた。


「え!? ジールコル公爵閣下……わかりました。少々お待ちください」

「はい」


 私は二階に駆け上がると、書斎をノックした。


「ジーク、ジーク。配達人の方がいらしているわ。ジールコル公爵閣下からの書状が届いているから保管できないって」


 すると、中からガタッと音がした後に扉が開いてジークが出て来た。


「はぁ、そうだったな。そういう決まりもあったな……」


 久しぶりに見たジークはクマが酷くて寝ていないのが一目瞭然だった。

 彼は眠そうに目をこすり、部屋から出てあくびをした。


「……ジーク、久しぶりね」


 思わず声をかけるとジークが思い出したように返事をした。


「ああ、久しぶり……だな……」


 ジークはそう言った後に、私をじっと見つめて眩しそうに私を見た。

 そして……


(え……?)


 気が付けば、私はジークの腕の中のいた。

 ハロルドと同じ顔で、同じ強さで、同じ香りで……同じ温度で抱きしめるので脳がハロルドに抱きしめられていると錯覚してしまう。


(ハロルド……会い……たい……よ……)


 もうずっと会えてない。

 毎日、会いたくて会いたくて仕方ないのに――会えない。

 私は抵抗も忘れて、彼の腕の中にいた。


(っつ……これ……)


 ――でも耳に頬を寄せられて、鳥肌が立ちジークの胸を強く押して逃げ出した。

 ジークが酷く傷ついた顔をしているが、私は数歩ジークから離れた。


「うっ……」


 するとジークが頭を押さえた。

 先ほどまでされていたことはもしかしたら、疲れで倒れてきただけなのかもしれないと思い直した。


「ジーク、大丈夫!?」


 声をかけて慌てて近づくと、彼は片手を頭につけて私を見た。


「………悪い……寝不足かもしれない……公爵からだろう? すぐに行く」

「………………うん。ねぇ、本当に大丈夫?」

「ああ」


 そして私はジークと共に階段を下りながら、腕をさすった。


(今の……ジークは具合が悪かっただけなのに、私は勝手に修二と同じクセに感じた……)


『耳って冷たいだろ? 頬に耳が当たると体温が移る気がして……好きなんだ……』


 修二はいつも私の耳の冷たさを頬に感じるのが好きだったので、抱きしめられると必ず私の耳に彼の頬を当てていた。


(ただ具合が悪かっただけなのに、突き放してしまって、ジークに悪いことしちゃったな)


 耳に頬を押し当てるという行為は、おそらく偶然の行為だったのだろう。

 ところが……私にとってその行為は修二を思い出す行為だった。

 でもそのおかげで、ジークの腕を振り払ってしまった。


(もし、私が突き放したせいでジークがあのまま倒れていたら……)


 彼はずっと部屋に篭っていたから、朦朧もうろうとしていたのだろう。

 具合の悪い人間を突き飛ばすのは人道に反する。

 それにこんな時まで修二のことを思い出すなんて、未だに彼に未練があるようで心底嫌だった。


(今の私はハロルドだけが好きなのに……)


 ハロルドを想いっているのだから、過剰に反応するのは止めようと、再び自分に言い聞かせて、ジークの後を追った。

 




 エントランスに到着してジークが玄関の扉を開けると、配達人がジークを見て声を上げた。


「こんにちは! ジールコル公爵閣下から書状が届きましたので、参りました。また現在保管している分もこちらに運んでもよろしいでしょうか?」

「ああ、悪かったな」

「いえ、こちらが公爵閣下からの書状です。では、他の手紙もお持ちします」

「頼む。ふあ~~あ」


 シークは公爵の手紙を見ながらあくびをしていた。公爵閣下からの手紙なんて、男爵家の私の家では届くなんて有り得ない。もしも届いたら、手紙に向かって礼をする勢いだろうが、ジークはヒラヒラと手に持ってあくびをしている。

 しかも、配達人はジークに公爵閣下からの手紙を渡すと荷馬車に戻って行った。


(え? 他にも手紙があるの??)


 驚いていると、配達人が大きな木箱を運んで来た。


(こんなに!? もしかしてお届けものとか?)


 さらに配達人は木箱をもう一つ、全部で2つの木箱を置いた。


「ふぅ~~以上です。では失礼します」


 木箱を見つめて唖然としている私の横でジークが言った。


「ああ、店主。今度から、この女に手紙を届けてくれるか?」

「え!?」


 私が驚いてジークを見ると、配達人が笑顔で言った。


「かしこまりました」


 店主は配達を頼まれたのに、どこか嬉しそうだった。きっとこれだけの量の手紙を保管し続けるのもかなり大変だろうから、届けた方が楽なのかもしれない。


「では失礼」


 店主が荷馬車で去って行くと、ジークが私を見てジールコル公爵からの書状を手渡した。


「おそらく全て商談会への参加の有無が書かれた手紙だ。悪いが俺は忙しい。お前が参加のリストを作ってくれ」


 私は思わずジークを見た。


「え? リスト? 作るのはいいけれど、紙とペンは??」

「ああ、ないのか……二階まで来い」


 そして私はジークに続いて書斎の前に立っていると、ジークがペンとインク瓶とペーパーナイフと紙の束をの入った箱を持って来た。

 私が手を差し出すとジークがじっと私の手を見つめて動かなくなった。


「ジーク?」


 不思議に思って声をかけるとジークがはっとしたように顔を上げて、私にペンやインク瓶とペーパーナイフの入った箱を押し付けると早口で言った、


「ああ、くそっ! お前を見ていると眠気が来る!! とにかく、これを使ってくれ。じゃ、頼んだ」


 そう言ってジークは急かされるように再び書斎の中に入って行った。


「私を見ると眠気が来るって……少し休めばいいのに……」


 残された私は、ジークから手渡された文房具と、公爵の書状を持って唖然としたあとにようやく自分の状況を理解した。


「大変、参加名簿作らなきゃ!!」


 私は慌てて意識を戻して、1階に向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る