第2話:守るべき背中と、煽情的な戦装束

 街を離れ、鬱蒼とした森の中を進む。

 ギルドから受けた依頼は、街道沿いに出没する魔物の討伐だった。


「あ、あの……アニャさん?」


 僕は早足で歩く彼女の背中に、恐る恐る声をかけた。

 返事はない。

 灰色のローブを目深に被った小さな背中は、僕を拒絶するように、ただ黙々と先へ進んでいく。


(……嫌われてるのかな)


 ここまで、まともな会話は一度も成立していない。

 僕が小走りで追いつき、並んで歩こうとすると、彼女は無言のままスッと速度を上げ、再び僕の前へ出る。

 まるで「お前は後ろにいろ」と言わんばかりの態度だ。


 彼女は時折、立ち止まってはじっとこちらの様子を伺い、僕が無事についてきているかを確認する。

 その視線は、仲間を見る目というよりは、壊れやすい荷物や、手のかかる子供を見守るそれに近かった。


(完全に「足手まとい」扱いだ……)


 無理もない。酒場で僕の体を観察した時、彼女は見抜いたのだろう。

 僕が実戦経験の乏しい、ひ弱な竜人であることを。

 だからこそ、彼女は言葉すら交わそうとしない。守られるだけの存在に、作戦会議など必要ないということか。


 気まずい沈黙と、靴底が土を踏む音だけが響く。

 と、その時だった。


 彼女が不意に足を止め、前方の茂みを鋭く睨みつけた。

 張り詰める空気。敵の気配だ。


「……アニャさん!」


 僕が杖を抜いて前に出ようとした、その瞬間。

 彼女は無言のまま僕の胸をドンと突き飛ばし、後方へと追いやった。


「え?」


 よろめく僕を一瞥もしないまま、彼女は羽織っていたローブの留め具に手をかけ――バサリと地面に脱ぎ捨てた。


「は……っ!?」


 あらわになったその姿に、僕は息を呑み、そして盛大に噴き出しそうになった。


 一言で言うなら、それは「下着」だった。

 上半身は、通気性の良さそうな布製のホルターネックに、華奢な革のビスチェを重ねただけ。

 下半身に至っては、深いスリットが入った短いラップスカートだ。動くたびに、その隙間から健康的な太腿と、インナーであろうきわどい「紐」が見え隠れしている。


 しかし、僕の目を何よりも奪ったのは、その過激な衣装以上に、彼女自身の身体が放つ圧倒的な「美」だった。


 滑らかな褐色の肌を彩るように、手足や背骨に沿って走る、漆黒の鱗。

 木漏れ日を浴びて濡れたように黒光りするそれは、宝石よりも硬質で、夜闇よりも深い。

 そして、スカートのスリットから伸びる、太くしなやかな黒い尻尾。

 先端に向かって鋭さを増すそのフォルムは、凶器でありながら、芸術品のような機能美を湛えている。


(きれいだ……)


 見せ下着のような格好に動揺しながらも、本能レベルでその黒い輝きに魅入ってしまう。

 竜人にとって鱗は強さの象徴だ。彼女のそれは、あまりにも高潔で、力強かった。


「ちょ……っ、アニャさん!? ここでそんな格好に!?」


 僕が我に返って叫ぶが、彼女には届かない。

 アニャは背負っていた身の丈ほどの長槍を構え、小さく呟いた。


「……アニャ、いく」


 それが、彼女が初めて発した言葉だった。

 僕の制止を聞くつもりなど微塵もない。彼女は地を蹴り、弾丸のように飛び出した。


「ッ!」


 速い。

 草むらから飛び出した巨大な猪型の魔物の群れに対し、彼女は単身で、正面から突っ込んでいく。


「待って! 支援魔法(バフ)をかけるから!」


 僕が杖を構えるが、遅い。

 激突の瞬間、彼女の身体が独楽のように回転した。

 遠心力を乗せた長槍の一撃が、先頭の魔物の分厚い皮を紙のように切り裂く。


 凄い。小説の挿絵にあるような優雅な剣舞とは違うけれど、洗練された動きだ。

 特に目を引くのは、あの黒い尻尾だ。

 激しく動き回る彼女の重心を完璧に制御し、時には第三の腕のように地面を叩いて跳躍の助けにし、背後から迫る別の魔物を鞭のように薙ぎ払う。


 その動きを見た瞬間、僕の背筋に電流が走った。


(……間違いない)


 酒場の噂話や、古い伝承で聞いたことがある。

 伝説の英雄「深紅の尻尾」は、その尻尾を槍と同じように自在に操り、戦場を紅蓮の炎のように舞ったと。


 世間の冒険者たちは、彼女の戦い方を「災厄」だとか「野蛮」だとか呼んで恐れているらしい。

 けれど、僕には分かる。

 これは、ただの暴力じゃない。極限まで磨き上げられた、竜人古来の武技だ。

 

 やっぱり彼女は、「深紅の尻尾」の血を引いているんだ。

 でなければ、こんな動きができるはずがない。彼女は、あの偉大な英雄から直々に英才教育を受けてきた、「本物」の戦士なんだ!


 僕は、目の前で繰り広げられる伝説の再演に、感動で打ち震えた。

 だが――。


「ガァッ!」


「……っ!」


 魔物の牙が、彼女の二の腕を掠めた。鮮血が舞う。

 それでも彼女は止まらない。痛みなど感じていないかのように、一歩も引かずに槍を突き出し、魔物の喉元を貫いた。


 その戦い方は、あまりにも凄惨で、捨て身だった。

 肉を切らせて骨を断つ。いや、骨ごと砕き合うような特攻。


(どうして……?)


 憧れの英雄の技を見ているはずなのに、胸が締め付けられるように痛い。

 彼女は、まるで自分の体を道具か何かのように扱っている。

 英雄の娘として、厳しく育てられたせいだろうか? 「敵を殲滅すること」だけを教え込まれ、自分の身を守ることを許されなかったのだろうか?


「アニャさん! 避けて! 右です!」


 僕の声になど耳も貸さない。

 彼女は自分よりも遥かに巨大な魔物の群れの中で、たった一人、踊るように、狂ったように槍を振るう。


 やめてくれ。

 そんなに傷つかないでくれ。

 君は英雄の娘かもしれないけれど、血を流していい理由にはならないんだ。


 数分後。

 最後の魔物が崩れ落ちると同時に、アニャさんもまた、糸が切れたようにその場に膝をついた。

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