百物語で嘘つくな
晴牧アヤ
百物語で嘘つくな 前編
「――それじゃあ、次で最後だね」
九十九個目の怪談を語り終えた、私の隣の女の子が言う。最後に話すのは、私だ。
もうすっかりと暗くなった放課後の教室。雰囲気作りのために、教室の電気はつけておらず、明かりは真ん中にある一本の蝋燭だけだ。十人で円を描くように座って、私達は百物語をしていた。
次が百話目で、それを語り終えた後に何かが起こると思うと少しばかり怖くなる。
九人の目線がこちらへ向く。最後ということもあって、少しばかり手が汗で滲む。こういうのはあまり得意じゃないから、いつまでも緊張が抜けてくれない。
けれども、ずっと黙っているわけにもいかない。私、
「これは、私の友人の話なんだけど……」
≪≫
その友人――仮にA子とするとして――彼女は私の幼馴染で、今は別の高校に通ってる子。その子は私より頭が良かったから、偏差値の高い私立に行ったんだよね。そうそう、あの有名なとこ。
その子が通ってる高校の近くに、誰も住んでない空き家があってさ。そこは一家心中したとかいう曰くがあるらしくて、興味本位で入った人は呪われちゃうらしいんだ。なんでも、その人も自殺させちゃうんだとか。
A子も肝試しとして、何人かの友達と一緒に行ったらしいんだよ。最初は所詮噂話にしか思っていなかったらしいんだ。でも、途中で友人の一人とはぐれてしまって、その子を探すことになった。一瞬目を離した隙のことだった。
はぐれたと言っても家の中だから、すぐに見つかるものだと思ってたみたい。だけど、何十分探しても見つからない。次第にみんな苛立ってきて、一人が置いていこうと言い出したんだ。
その提案に、反対する人はいなかった。みんな心の奥底では同じように思っていて、誰かが言い出したんだことで不満が爆発したんだろうね。苛々した気持ちのまま、A子達は玄関の方に向かったそうなんだ。
その道中のこと、A子は無意識的に避けていた部屋の前で立ち止まった。そして引き込まれるように、その扉を勢いよく開けたんだ。
そこには、見失っていた友人がいた。部屋の中心で、首を吊って。
A子達はすぐさま逃げ出した。悲鳴を上げる者も、嗚咽を漏らす者もいた。その友人は置き去りにして、必死にその家から飛び出した。
幸い、その後に何かあったわけじゃないらしい。だけど、あの首を吊った友人の姿が目に焼きついて離れない、ってA子は言うんだ。それから、A子の周りでその家に近づく人はいなくなったらしい。
百話目、おしまい。
≪≫
そう締め括って、私は部屋の真ん中の蝋燭を吹き消した。唯一の光が消えて、教室は本当に真っ暗になる。誰も、何も言わない。しいんと、音も光もなくなった。
しばらくして、誰かが「みんな、いるよね?」と問う。その問いかけに、私を含めて全員が応じた。同時に胸を撫で下ろす。それは話し終えたことへの達成感からか、もしくは何も起こらなかったことによる安心感からか。多分どっちもだ。
緊張が切れたのがわかったと同時に、教室の明かりがつく。
「はぁ、結局何もなかったじゃん!」
心なしか残念がっているような声が響く。その子はこの百物語を企画した子だった。悔しそうな、けれどもやっぱり安心したような声色をしている。同じく私も、何もなくて良かったと心から安堵した。
正直、私はそこまで乗り気じゃなかった。数合わせ的に呼ばれただけだ。ホラーとかオカルトが好きなわけでもないし、そういうこともあって最後の話も作り話だった。幸いなことに、みんなそこそこ怖がってくれたようだったけど。
他のみんなも気が抜けて、各々感想を語り合い始める。一方私は特に話す相手もいなかったから、一人でその場を去ることにする。彼女らもいずれ帰るだろう。もう外も真っ暗だし、少し帰るのが遅くなったから家族も心配していそうだ。早く帰るに越したことはない。私は構わず正門を抜けた。
なんとなく、後ろ髪を引かれる心地がしながら。
≪≫
結局、翌朝になっても何かが起こることはなかった。昨日の面々も普通に登校していたし、周りで変なことが起きたとも聞かなかった。
少なくとも、学校が終わるまでは。
『彼女』が現れたのは、その放課後のことだった。
ホームルームも終わり、特に学校ですることもなかった私は、一人で校舎から出ることなった。そうして校門の方へ向かうと、その脇に少女が一人、立っているのが見えた。見慣れない制服だったから、他校の人なんだろう。大方ここの学校に知り合いがいて、放課後に遊びにでも行くのだろう。けれど、私はその少女を知らないから、気に留めず目の前を通ろうとした。その時だった。
その少女は、さっさと去ろうとする私の腕を掴んで、まるで十数年来の友人かのように声を掛けてきた。
「ちょっと、なに無視して行こうとしてるんですか、白奈。せっかくわかりやすく、ここで待っていたのに」
ムッとして文句を垂れる彼女に、私は気味悪さを覚えた。私は目の前の少女なんか知らない。なのにどうして、私を待っていたのだろうか。脳内で軽くパニックを起こしている私に構わず、少女は話し続ける。
「まさか、忘れたんですか? 私はあなたの幼馴染で、学力の違いで高校が別れてしまった親友ですよ」
そんな友人はいたことがない。幼馴染とは無縁で、他校の友達なんかいたことがない。けれども一方で、その設定だけは聞き覚えがあった。いや、聞き覚えなんてものじゃない。それは確かに、昨夜私が語ったもののはずだ。
「あなた、もしかして『A子』?」
「やっと思い出しました? そうですよ。私はあの話の主人公で、語られた存在です」
妖しく笑い掛けるA子は、妙な説得力を帯びていた。あの話はあの場でしか話していないし、彼女はあの場にいなかったから、誰かの悪ふざけだとも考えられない。信じ難いけれど、認めざるを得ないようだった。
「でも、なんでそんなことが――」
「あの空き屋で、私の友人が死んだんですよ」
私の言葉を遮るように、A子は強引に話を変える。しかもその話題に、心臓がドクンと跳ねた。
「その友人は肝試し中に消えてしまったんですよ。それで探している内に、首を吊っているのを見つけたんです。その後は他の面子と逃げ出してしまったのでわからないですけどね」
嘘だ。私が話したことが、そのまま起きているなんて。
でも、目の前に語られたA子がいるのも事実だった。頭がぐるぐるとして、息が荒くなる。
「写真、見ます?」
そう言って、スマホのアルバムを見せてくる。話に出てきた家の外観。荒れた家中。そして、はぐれた例の少女の最期。どれもが鮮明で、作り物だなんて到底思えない。あまりにリアルなそれに、認めざるを得ないようだった。
けど、それなら、どうして現実に起こっているんだろうか。
「全ては、あなたが昨夜、作り話の怪談を語ったことが原因です」
「な、なんで!? 私以外にも作り話っぽいのはいっぱいあったのに、なんであの話だけ……」
「ただ嘘の話をしただけではこんな事にはなりませんよ。その話が百話目だったからこそ、怪現象が起こったんです。一番最後なんですから、不思議な効力を持ってもおかしくないでしょう?
それにそもそも、百物語というものは九十九話で止めておくものなんですよ。むしろあの時に何事もなかったのが不思議なくらいです」
何故か説教臭い言葉を浴びせられて、思わずたじろいてしまう。どれも正論ではあるんだけど、そこまで言わなくてもいいじゃないか。私は巻き込まれただけだし、百物語についてもよく知らなかったんだから。
「……まあ、この際起きてしまったことはもういいんです。大事なのはこの後ですよ」
「この後、って?」
「鈍いですね。あなたが生み出した怪異をどうするかって話ですよ。
なので今から、あの家に行きますよ」
そう言うやいなや、A子はさっさと歩き出してしまう。呆然と立ち尽くす私に、A子は「何してるんですか? ほら、こっちですよ」と急かしてくる。全然状況を飲み込めなかったが、とにかく行く他ないのだと、慌てて私は追いかけた。
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