第1話 闇の王女が本性を現した日
第1話 1
「――ねえ、シロ。もうそろそろかしら? それとももう着いた?」
私室のバルコニーへ繋がる大窓をチラチラ見ながら、わたくしは抱えたお手製のぬいぐるみに語りかけたわ。
シロは絵本に出てくる仔竜で、白くてまん丸い身体に短い手足。ちっちゃい羽根がついた自信作よ。
『……も~、セレスティアってば落ち着きなよ。君、朝からずっとそればっかりじゃないか』
皮肉屋な性格をしてるのは、なんなのかしらね?
絵本の仔竜は素直な良い子なのに。
『――姫様、こういう時はお茶で落ち着いて、どっしり構えて出迎えるものですわ』
と、淹れたてのハーブティーを勧めてくるのはエル。
シロと同じくまん丸い身体に短い手足のメイドさんのぬいぐるみよ。
前にいたメイドが誕生日だって聞いて、プレゼントにと思って作ったのだけれど、受け取ってもらえなかったのよね。
わたくしから贈り物なんて恐れ多いんですって。
「うん。ありがとね、エル」
彼女の青い髪を撫でて、わたくしはカップを傾ける。
『そういう時は、ありがとう存じます――ですわよ、姫様』
受け取ってもらえなかったあの日から、わたくしの世話を焼くようになったエルは、優しいけど厳しいの。
『まあまあ、エル殿。姫が浮かれるのも仕方ないというものでござろう』
と、テーブルの上に座ったジョーが、エルをたしなめてくれた。
ジョーはオオワシの頭に獅子の身体を持った、魔獣のぬいぐるみでシロ同様に絵本で見たのをモデルにして作ってみたの。
シロやエルとおんなじまん丸い身体に、羽毛を再現した翼を着けるのに苦労したわ。
『なにせ、この宮に初めて姫と同年代がやってくるのでござるからな!』
「――そうなのよ!」
ジョーの言葉に、わたくしは彼を抱き上げたわ。
「今までは――一番若いエミリーも五歳上だったでしょう?」
意気込むわたくしに――
『――ボクは心配だよ。あまり期待しすぎない方が良いんじゃないかなぁ……』
わたくしの隣で寝そべってたシロが、頬杖を突いてため息を吐く。
『そのエミリーの時みたいな事になったら、君、今度こそ立ち直れないんじゃない?』
「うぅ……でも……」
この離宮に務める使用人達は任期制となっていて、早ければ一年、長くても二年ちょっとで入れ替わる。
それを理解できなかった子供の頃は無邪気に仲良くしたいと思って、わたくしもあれこれ考えたものだけど……エルをエミリーに贈って断られた時に気づいたのよね。
使用人のみんなにとって、あくまでわたくしはお兄様の保護下にある姫で――民に今も忌まわしく思われてる魔王……お父様の娘でしかないんだって。
お兄様の命令だから、みんな、使用人としてしっかり働いてくれているけど、わたくしとはできるだけ関わりたくないと思っているのを、十歳を過ぎた頃にぼんやりとだけど気づいた。
それでも絵本や小説の主人公みたいに、諦めずに誠意を尽くして歩み寄れば――そう思って、歳の近いエミリーに誕生日プレゼントを贈ろうとしたのだけど、ね……
――わ、私なんかに恐れ多いです。
跪いて叩頭しながら告げる、エミリーの姿が脳裏に蘇る。
今思い出しても涙が出そうになるわ。
幼いわたくしの身の回りの世話をしていてくれた彼女を、わたくしは姉のように思っていたのよ? 本当よ?
でも、彼女にとってのわたくしはお父様――魔王ブラームスの娘でしかなくて……今ならわかるけど、わたくしが優しさと感じていたアレコレは、彼女にとってはわたくしの機嫌を損ねない為の自衛手段でしかなかったのよね。
エルを差し出すわたくしに、叩頭したエミリーは震えながら……泣きながら、わたくしがなにを怒っているのかわからないと訴え、それでもなにかしてしまったのならと、謝罪を繰り返していたわ。
数日後、当時の侍女長からエミリーが辞職して、実家に帰ったと告げられたのよね……
侍女長もまたわたくしを恐れていたから、はっきりとは口にしなかったけど、わたくしに向けられた目は――おまえの所為だって強く訴えてたわ。
それからすぐに使用人達は総入れ替えがあって――わたくしは反省して、使用人のみんなと仲良くしようとするのをやめたわ。
部屋に籠もって、ひたすらぬいぐるみ作りに没頭するようになって、今ではわたくしの寝室はぬいぐるみだらけ。
部屋を整えてくれてる侍女達が、気味悪がってるのも知ってるわ。
でも、仕方ないじゃない?
使用人達には距離を取られて、かといって離宮を出て遊びに行くのにもお兄様の許可が必要で。
それならとお茶会を開こうとしても、誰も応じてくれないんだもの。
今のわたくしには自分で拵えたぬいぐるみ達しか、お友達と呼べる存在がいないのよ!?
「も~、シロの意地悪! 今度は大丈夫だもん! ホラ、ここ見て!」
と、わたくしは何度も読んで確かめたから、すっかり擦り切れてしまっているお兄様からの手紙を取り出して、その部分を指差して見せる。
――私の側近ウォリバー・レイグラムの妹御を客人として預かって欲しい。
「ね? 客人としてってちゃんと書いてあるでしょう?」
客人という事は、これまでみたいな使用人じゃないもの。
一緒にお茶したり、おしゃべりしたりもできるはずだわ。
『――こんな辺境にある辺鄙な城に送られてくるんだ。きっとロクでもないヤツだよ』
「シロはすぐそうやって悪い方に考える!
お兄様の初めてのお願いなのよ? わたくししっかりと家主としてもてなすわ。
そして、そして……きっとお友達になってみせる!」
わたくしはお気に入りの小説に出てくる女勇者みたいにすくっと立ち上がると、拳を握って決意を新たに誓ったわ。
『――姫様、お行儀!』
――エルに怒られてしまったけどね……
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