3.見覚えのない指輪

「ところで、その指輪はどうなさったのですか?」

「え、指輪?」


 ケイトに言われて自分の手を見ると、左手の小指にシンプルな指輪がはまっていた。金の地金に、限りなく黒に近い赤色の薔薇が咲く指輪だ。薔薇に光が当たると透き通る赤に輝き、目を奪われる。何の宝石を使っているのだろうか。

 こんな指輪、持っていただろうか。記憶にない。ひとまず指輪をはずそうとするが外れなかった。はめている感じも、サイズがきついわけでもないのに不思議だった。


「えっと」


 この指輪のことをどう説明していいかわからない。どうしようと思って考えたところで、屋敷のロビーにある大時計が時刻を告げる鐘の音が聞こえてきた。ケイトははっとした様子で私の部屋の飾り時計に目を向ける。


「まぁ! 私としたことが! もうこんな時間!」

「どうしたの?」

「侯爵様より、本日は大事なお客様がいらっしゃると伺っております。そろそろ御支度をせねばなりません」

「私も、お客様に会うの?」

「はい。お嬢様も同席されるよう伝えるようにと言われておりますが、いかがなされますか……?」


 ケイトは気遣うように私を見た。


「大丈夫よ。悪い夢を見たくらいで、寝ていられないでしょう」


 虚勢を張る私に、ケイトは心配げに眉を寄せた。


「それでは、お召し替えを致しますが、御不調があればすぐにおっしゃってくださいね」

「ええ。その時はすぐに言うわ」


 ケイトの手伝いでデイドレスに着替えながら、気になってお客様について尋ねる。


「そういえば、お客様って、どなたなのかしら」

「それが……」


 ケイトは困ったように言いよどむ。


「お客様の前で粗相をしてはいけないから、聞いておきたいわ。もしかして、お父様に言うなと言われている?」

「侯爵様からは、お嬢様がお尋ねになったらお答えしてよいと許可を戴いております。ですので、問題はないのですが」


 相当言い難い相手のようだ。


「もしかして、怖い方なの?」

「いいえ、違いますが、もしかしたらお嬢様がショックをお受けになるかも知れません」

「それなら、なおさらよ。ケイト、私にも覚悟を決める時間があった方がいいと思うの」

「失礼いたしました。本当に、お嬢様のおっしゃる通りです」


 ケイトは一息区切ると、お客様について教えてくれた。


「本日のお客様は、新しく侯爵様の妻となられる方と、そのご子息がいらっしゃるそうです」

「まぁ、お父様、再婚なさるのね」

「……はい。そう伺っております」


 まだお母様が亡くなられて喪が明けたばかりだから、ケイトは私がショックを受けると思っているようだ。

 だが、不思議なことに私の心は凪いでいた。

 一度『死』を体験したから、あれ程までに求めていた「お父様に愛してもらいたい」という思いも、一緒に死んでしまったのだろうか。


「お嬢様のご婚約により、新しく侯爵家を継ぐ方が必要だったと聞いております」


 私の心を慰めるようにケイトは続けた。

 今日迎える方は、長年の父の愛人で、その息子も父の子であると知っているけれど、そんなことは言えるわけがない。


「教えてくれてありがとう。事前に聞いておいてよかったわ。じゃなかったら、きっと、その場で取り乱してしまったかも」

「お嬢様……」


 ケイトは、さっと目元に浮かんだ涙をハンカチでぬぐった。

 それを見ないふりをして、私は胸元のリボンの位置を直した。


 一度目を生きている間、お父様に可愛がられる異母弟が羨ましかった。

 だから、彼の存在を受け入れられなくて、冷たくした。それでも毒殺なんてそんな恐ろしいことは考えたことはなかった。

 周りからは、異母弟を毒殺してもおかしくないくらいの物だったのかもしれないが。


 きっと、今回も嫉妬してしまうのだろう。

 それでも、私はその感情をどうにかして抑えなければならない。

 異母弟と継母との対面では取り乱さないよう冷静に振る舞おうと考えていると、ケイトとは別の侍女が私を呼びに来た。

 お客様が到着したようだ。

 私は覚悟を決めて、応接室へと向かった。

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