西のみかんと東のりんご

ぺん遊記

第1話 

 瞼の裏に心地よい光を感じ目を覚ます。布団の中は適度に暖かくモゾモゾと身動きし、幸せを全身に感じる。


「おはようみかん」


 祖母の鉢巻ゆずはベットに腰掛け、みかんの身体を揺する。もう目は覚めていたが、フワフワとしたベットにもう少し沈んでいたい気持ちが上回り、曖昧な返事で返す。


「もう直ぐ朝食が出来るから、みんなを起こして顔を洗ってらっしゃい」


 大きく背伸びをしながら「ふぁあーーい」と返事を返す。みかんはベットから飛び降り、隣のベットに寝ているチコとルル姉に声を掛け、いそいそと着替えを済ませる。チコはこの家の最年少でまだ四歳だ、寂しがりやのチコは、みかんとルル姉のベットに日替わりで潜り込む習慣があり、二人とも口では嫌がっていたが、一緒に寝るととても幸せな気持ちになれた。


「おはようみかん。チコの着替えは私が手伝うから、

寝坊助達を起こしてきて」

 

 長く綺麗な髪を手櫛で整えながら、ルル姉が言葉を付けたす「私じゃ起きないから」窓から入る朝の日差しを浴びながら、クスクスと笑うルル姉を見て、歳は一つしか違わないのにどうして私とこうも違うのだろうと考える。ボサボサの癖っ毛を撫で付けながら髪の毛だなと一人納得する。お気に入りのオーバーオールに脚を通し素早く肩紐を掛ける。ベットに腰掛けお気に入りのショートブーツを片方履き、ケンケンしながら部屋の出口に向かいもう片方の靴も履く。通路を挟んで向かいの部屋にそのまま飛び込み、勢いよくジャンプしながら肘鉄をベットの中央付近にお見舞いする。


「ぐわぁ!!?」


 お腹を押さえくの字になるナベべ、小柄なベットの上で身悶えている。みかんはそのまま隣のベットに転がり、優しく頭を撫でながら声を掛ける。


「ジンペエも起きて、ユズばあちゃんがもう直ぐご飯ができるって!」


 ジンペエは大きな身体を起こし、穏やかに朝の挨拶をみかんにする。隣のベットから悪態を吐くナベべ。


「僕の時もそうやって起こして下さいよ!」


 涙を拭い、ベット脇の机から丸い眼鏡を手に取り掛ける。


「やだよ、ナベベはコレくらいやらないと起きないもん」


 のっそりとベットから降りて身支度を始めるジンペエ。動きがゆっくりな分、何事も行動が早いジンペエと、ちょこちょこと無駄な動きが多いくせに要領の悪いなべべ、みんなが準備を済ませ食卓の席に着いたのもナベべが一番最後だった。


 全員が揃い、ガチャガチャ食器の音が鳴り食事が進む。みんなが夢中で食事を食べていると、父ちゃんが手のひらを向けて、みんなに話し始める。


「昨日も話したが、今日はみんなに畑の見回りを頼む。時間が掛かるだろうから弁当も用意しているが、夜の食事は自分達で調達するように」


 親指を後ろに向け、台所にある包みに入った五つのお弁当を指差す。


 みかん達五人は孤児である。みかん農園を営む鉢巻ユズとその息子の鉢巻鉄雄に保護され、七人で暮らしていた。普段は農園の手伝いをしたり、家の掃除や料理を手伝ったりしていたが、時折り子供達だけで様々な任務や役割をこなしていた。


「任せて父ちゃん、あたしがみんなを守るから!」


椅子の上に立ち、ドンと胸を叩くみかん。


「みかんが居たら安心だな、でも父ちゃんとのルールは絶対に守るように」


 右側に座るジンペエの肩を叩きながら父ちゃんが念を押す。




 みかん達五人は朝食の片付けを済ませ、ユズばあちゃんと父ちゃんに手を振り我家を出発した。


「いちれつじゅうたい!」


 みかんの掛け声で五人は縦に一列の陣形で森の中を進む。一番先頭が最年長十二歳のジンペエ、次いでナベベ、チコ、ルル姉と続き最後にみかんの順番だった。


「ねえ、やっぱり背の順に変えましょうよ!」

 

 後ろを振り返りながらナベべが文句を垂れる。目の前に大きな壁があり不満な様子だ。


「文句言わないの、みんなで話し合って父ちゃんにも確認とったでしょ!」


 一度背の順で隊列を組んだ時、全員が前しか見ておらず、側面から来た猪の発見が遅れた事があった。色々と話し合ったが、一番大きなジンペエを一番前にすると、前が見えない為、左右への注意力が上がった。それに一番小さなチコをみんなで守れるよう真ん中に配置した。みかんは元々一番前か後ろをやりたがっていた、理由はリーダーぽいポジションだからだった。ナベベはみかんの前を断固拒否した為、自然と今の並びになっていた。


 一行はみかん農園を時計回りに進む。いつのまにか拾った木の枝を左右に振り、時折頭に被ったお鍋を、強度を確認するように叩きながらナベベが言う。


「ルールいちっ!物音がしたら?」


一同は声を揃えて返事を返す。


「みをひそめて隠れる!」


 チカが頑張って大きな声で続ける。


「るーるにっ!」


  ナベベの真似をしてチカも小さな枝を拾っていた。クルクルと空に向けて振り回す。


「何かが居たら隠れる!」


 小さな指揮者を見てルル姉とみかんが笑っていた。ルル姉が、チカに問い掛けるように続ける。


「じゃルール三は、覚えてるかな?」


チカは振り返り、みんなとタイミングを合わせて返事する。


「みつかったら、がんばってにげるー!」

 

 枝を放り投げ、両手を上げて悲鳴を上げながら走るチカ。みんな笑いながらチコの後を追いかけた。


「ちょっとみんな!ルール四は!」


 走りながらみかんが叫ぶが、途中から鬼ごっこが始まり、何故かみかんが鬼役になっていた。


 

 少し開けた陽当たりの良い場所に着いた。そこには大小幾つかの岩があり、それぞれお気に入りの岩に腰を掛ける。リュックから昼食用のお弁当を取り出し、食事を始める。一番最初に食べ終わったみかんが、デザートに持って来ていた輪切りにした干しみかんを齧りながら、午後の予定をジンペエに尋ねる。


「ジンペエぇ、ご飯食べたら、どうする?」


 一番大きな岩に腰掛け、モゴモゴと干しみかんを頬張りながら話すみかん。


「そうだねー、夕食の食材になりそうなーの探しながら、みんなで何か変化が無いかさがしてみよーう」


 のんびりとした口調で話すジンペエ。しっかり者で物覚えが良く、みかんは何かを決める時、必ずジンペイに意見を求めていた。


「それと焚火ように枯れ草や乾いた枝も集めないとね」


 ルル姉がジンペエを補足する。


「ルル姉ちゃんは怖がりだからたくさん集めましょう!」

 

 ルル姉の気を引きたいなべべが、あからさまにやる気を出している。

 

 食事を終え、食材や焚火のネタを探しながら見回りを続ける一行。


「見回りって言っても柵も塀も無いし、たまーにみかんがケモノに食べられてるだけなんだよねー」


 集中力の切れたみかんが、気怠そうに文句を垂れている。


「父ちゃん達はさー、人工的な物でー、みかん畑をを囲むのを嫌ってるんだよー。ケモノに食べられるのはー仕方が無くて、でもー、柵なんか作っちゃうとー、ココに人が住んでますってー、敵に教えるようなもんだしねー」


 食事を終えてぐっすりと眠ったチカを、背中に抱いたジンペエが返事を返す。


「敵って何なのさ?あたし達一度も襲われた事なんてないもん」


 片田舎の更に山奥に位置するみかん畑、五歳の時にひろわれて五年、一度も襲われた事はなかった。それどころか外部の人間すら見た事がない。


「私は少しだけ覚えてる……、その、私って少しだけみんなより臆病でしょ?」


 俯き、歩く爪先を見ながらルル姉が呟く。垂れ下がった髪を耳に掛ける。


「……少し?トイレにも一人で行けないし、ちょっとでも物音がすると飛び跳ねてるのに?」


 ルル姉の肩にドンッと肩を当て、意地悪な視線を送るみかん。


「まぁ、結構?」


 みかんと二人でクスクスと笑い合う。


「そんな私だから、小さい頃は逃げて回ってたの。私もみんなのように強くなりたい。いざって時に守れるように」


 視線を上げ遠くを見つめる。「お姉ちゃんだから」と付け足し、みかんと二人で笑い合った。


「ゲットしました!」


 大きなカマキリを頭上に掲げ、目を輝かせるナベべ。脇腹に軽く膝蹴りを入れるみかん。




 太陽が山間に隠れる頃、一行は鬱蒼と茂った林の中にいた。見晴らしの良い場所は怖く、周りを囲まれた狭い空間で一夜を過ごす事にした。ナベベとチコが水汲みに小川に出向き、残りの三人は寝床と焚火の準備をしていた。


「今日は五人一緒にくっ付いて寝るから、これ位のスペースがあったら良いよね?」


 ルル姉に確認してコクリと返事をもらう。


「火は点きそうジンペエ?」


 黙々と白い煙が上がる落ち葉に、フーフーと息を吹きかけていたジンペエが顔を上げ、「もう少しー」と言うとまた作業に戻った。


 みかんとルル姉はチラチラと点き始めた焚火を見ながら、並んで腰を下ろした。


「さっきの話の続きなんだけど」


みかんがリュックから干しみかんを取り出し、手渡しながら話し始める。


「みんなの事はあたしが守るから。私、今の生活が好き、優しいユズばあちゃんが居て、色々教えてくれる父ちゃんもいる」


 手で干しみかんをイジりながら、一つ一つ考えるように言葉を発する。ルル姉は黙って聞いていた。


「ジンペエは何でも知ってる物知りだし、いつもニコニコしてて、頼りになるお兄ちゃんって感じ。ちょっとのんびり屋だから、やきもきする事もあるけど大好き」


 聞こえていたのか、ジンペエはみかんの方に顔を向け、僕もだよと笑返す。


「チコは、とにっーーーーーかく可愛い!心が汚れてないから、たまに自分のダメな所が見えちゃってビックリするけど、絶対に守らなきゃって、あたしを強くしてくれた存在だからさ」


 あたりはすっかり暗くなり、焚火の炎がゆらゆらと辺りを照らしている。少し恥ずかしいのかみかんの頬も赤らんでいるようだった。隣でルル姉がウンウンと頷いている。


「ルル姉も大好き。歳は一つしか違わないのに、すっごい女の子らしい。動作の一つ一つがキレイで可愛くって、私には無いものを沢山持ってる。いつかあたしもこうなりたいって目標なんだよ」


 ニカっと笑い、ルル姉を見つめる。返事の代わりに優しくみかんの頭を撫でる。


「なべべは、まぁ……あれだ、足が速い」


 二人で大声で笑う、静かな林に楽しそうな笑い声が響いていた。


「まだまだガキっぽいけど、あたしの方が一つ歳上だしね、ついでにナベベも守ってあげるよ。だからルル姉は安心して怖がって良いんだよ!」


 ドンッと胸を叩いて誇らしい表情のみかん。お礼を言おうと口を開いた時、ガサガサと音を立てナベベとチコが戻って来た。


「みんな僕が苦労して重たい水を運んでる時に、とても楽しそうですね」

 

 ゼエゼエと息を切らしてナベベがいつもの様に愚痴をこぼす。チコも小さな水筒を大切そうに両手で抱え、誇らしい表情で笑っていた。





 パンっと乾いた音が響く。同時にナベベが頭に被っていたお鍋が火花を散らし、短い金属音がなった。




 ドサっと倒れる。


「ナベべ!」


 みかんが叫び、駆け寄る。チコは何が起こったのか分からず側にへたり込んでいた。


「……いてててて、ビックリした」


 ムクっと顔を上げるナベべ、それを見て安堵するみかん。


「待って、あんた血が出てる!」


 頭に被ったお鍋の隙間から、こめかみの辺りをスーッと血が流れていた。


「あぁ!どうしよう血が、誰が……血を止めないと。まず隠れて……、チカは大丈夫?ハンカチか布で縛って」


 優先順位が分からずパニックを起こす。遠くから声が聞こえるが、どこから聞こえているのか分からない。見知った声なのか、見知らぬ声なのかも判断がつかない。


「……みかんっ!みかんっ!!」


 段々と大きくなる声、ルル姉の叫び声だった。ハッと我に帰り声のする方を振り向く。そこには倒れるジンペエと泣き叫ぶルル姉の姿があった。急いで二人の元へ駆け寄るみかん。


「ジンペエのお腹が!お腹に血が……、止まらない!止まらないの!」


 ルル姉は泣きながら、両手でジンペエの傷口を押さえている。ジワジワと赤い模様は広がっていた。みかんもルル姉の手の上から両手で押さえる。


「ジンペエ!ジンペエっ!!」


 みかんの掌に、ルル姉とは違う温もりを感じる。指の隙間から溢れた血液が、みかんの手にも伝わっていた。


「……二人ともー、おちついてー」


 ジンペエが微笑みながら話しかけてくる。ルル姉とみかんが一斉に話し掛けようとするが、右掌を二人の顔の近くに上げ、言葉を遮る。


「まずは落ち着いてー。ルールを思い出す。僕達は今ー、誰かに攻撃されてると思う。なべべは無事だった?」


 少しフラついた様子でなべべもチコの手を引いてジンペイの所へ来ていた。


「僕は大丈夫です!チコもここにいます。ジンペエ死なないで!お願いします死なないで!」


 ナベベのメガネには涙が沢山溜まっていた。チコは不安そうな表情で、みんなを見つめている。


「良かったよー無事で。多分さっきのはー、銃声だと思う。音は1発だったから、ナベベのお鍋に当たって反射した銃弾が僕に当たったみたいだねー」


 ジンペエはニッコリと微笑み、ナベベが歩いて来た方向を指差す。


「多分アッチの方向からー、撃って来たんだと思う。ルル姉は急いで火を消してー。ナベベは走って父ちゃん達に知らせに行ってー」


 身体に手を当てている二人が気付く。ジンペエが震えている事に。ナベベは頭を左右に大きく振りカタカタと鍋を鳴らす。みんなと一緒に残ると。


「ダメだよー、ナベベも怪我をしてるじゃない。それに今はー、一刻も早く大人に伝える役が必要なんだ。分かって欲しい、今は少しでも早く行動しないと、ルルの為にも…」


 言い終えると、ジンペエはナベベの肩をギュッと強く掴んだ。温厚なジンペエから、一度も受けた事の無い力で。 ナベベは立ち上がった。


「戻ってくるから、絶対に戻ってくるから」


 一人一人と顔を合わせる。最後にルル姉と目を合わせ、力強く頷く。


「死なないで下さい!」


 ナベベは全力で駆け出した。


「ルールいち。まずは隠れるー。だけど多分相手にこの場所はー、バレてると思うんだ」


 ナベベの背中を見送り、ジンペエが話を続ける。


「僕がこんな状態だからー、逃げるのは難しい。だから二人はチカを連れて逃げて欲しい。ルールその三だねー」


 みるみると顔から血の気が引き、蒼くなる。


「運が良ければー、僕は……見つからないかも」


 火の粉が多少残っていたが、焚火を消して辺りは暗くなっていた。足音が近付いてくるのを感じながら、三人はジンペエの側を離れられずにいた。


「そんなの無理だよ……、置いて行け」


 今度は複数の発砲音が響く、先程とは違い距離も近い。


 呆然としていると、隣で倒れている人に気付く。


 チコだった。


 みかんはチコに覆い被さる。温もりは感じるのに、チコの生命を感じる事が出来なかった。


「ああぁうぁあぁぁ!あああぅぁああっ!」


 みかんは両手を伸ばし落ち葉や土を集める、どうにかしてチコを隠したかった。ナニかから遠ざけたかった。必死に手の届く範囲集めても足りず、全身を使って隠そうとした。


 その時前方に何かが立っている気配を感じ、みかんは顔を上げる。


 そこには両手を精一杯広げて立つ、ルル姉の姿があった。


「……ルル、ねぇ?」


 ドンッと音が響き鼓膜を揺らす。みかんの身体も音と同時にビクッと動いた。


 ドサっと目の前に崩れ落ちるルル姉。訳もわからず服を掴み引き寄せる。


「ルル姉?……ルル姉?」


 オロオロと動揺して視線がルル姉の全身を走る。傷口が分からない、出血箇所が見当たらなかった。微かに呼吸音が聞こえ、両手でルル姉の顔を掴む。


「……みかん、私……。動けたよ、動けたんだよ」


 ルル姉はみかんを見つめ、精一杯の笑顔を見せた。みかんはどうして良いか分からずに、微笑み返そうとした瞬間、ドンッと銃声がなり視界が真っ赤に染まった。


 















 ーーどれ位の時間が経ったんだろう、遠くで誰かが言い争う声が聞こえる。ふと視線を落とす。小さな手が視界に入る。そっと触れてみたが、直ぐに離した。ガサガサと落ち葉を踏み締め歩き回る足音。足音の方に視線を移す。そこには動かなくなったジンペエの姿があった。少し離れた場所で気怠そうにタバコを吸う男が見えた。言い争う声は直ぐ近くで聞こえた。言葉は分からない、近くで銃声を聴いたせいでジンジンと耳鳴りがしている。多分、全部で三人。


 言い争っていた男の一人が近付いてきて、みかんの前にしゃがみこむ。もう一人はジンペエに近付いて血に染まった脇腹を蹴り上げていた。ジンジンと後頭部のあたりが熱くなるのを感じるみかん。


「アー、ワタシコトバハナセマス。アナタハ、ハナセマスカ?」


 片言で話す男、フェイスカバーを人差し指で下ろし笑顔を向けてくる。


「アノヒトタチハ、ココ、カリニキテイマス。ワタシハツウヤクデ、ドウコウシマシタ。ワタシハキイテナイ、ニンゲンヲカル、ヤツラハケダモノトイッショ」


 段々と声が小さくなる。みかんは黙って男の話を聴いていた。


「ワタシ、クニニアナタクライモ、ムスメイル。アナタタスケタイ」

 

 遠くにいた男はタバコを脚で消し、二本目に火を付けていた。背中には自動小銃をからっている。もう一人はジンペエに腰掛け、水筒を取り出し水分補給をしている。二人ともこちらの様子はあまり気にならない様子だった。


「デモカレラ、アナタモコロスイウ。セッカクミツケタエモノ、ニガサナイ、イウ」


 通訳の男は声を潜め、二人の男から見えない様に背中でみかんを隠していた。


「デモ、ワタシモカゾクイル。タタカエナイ。コレブキワタス。スキヲツクルカラ、ソノアイダニニゲテ。ムリナラ、コレナゲテ」


 手には手榴弾が握られていた。通訳の男はそれをみかんに手渡しながら説明を続ける。


「レバーニギル、ピンハズス、オイカケテキタヒト、ナゲル。アナタニゲル。オーケー?」


 みかんは説明を聴きながら、色々な感情が流れていた。でもそれは身体の内側では無く、外側で渦巻いていた。みかんはそれを俯瞰して見ていた。どこか別の世界の話の様な、全く別の他人の物語の様な。みかん本人は、中身が空っぽになったように感じていた。

 

 みかんは頷き、右手を差し出す。


「ヨカッタ、コトバガツウジテ。ニゲルタイミングハ、ワタシガツクルカラ、イマハマッテ」


 そう言いながら手榴弾を手渡す。みかんは受け取って直ぐにレバーを握り、ピンを抜く。通訳の男は甲高い叫び声を上げ、二、三歩下がりひっくり返る。


 みかんは冷静だった。全身が凍った様に冷たく感じ、頭部だけがひどい熱を帯びていた。転げ回る通訳の男を尻目に、タバコを吸っていた男に向けて手榴弾を投げる。放物線を描く手榴弾は目で追わず、近くの茂みに身を投げ出す。時の流れがゆっくりと感じていた。月明かりの光だけで、ハッキリと周りが認識出来た。みかんはそのまま身を屈め、全速力で駆け抜ける。バーンと激しい爆発音が響く。通訳の男は両手で顔を守って縮こまっている。もう一人の男も水筒を手放し、驚いた様子だったが、手には拳銃を持っていた。


 みかんは全力で走った。木々の隙間から手榴弾を投げた相手が倒れている事を確認する。


ーーまずは一匹。大丈夫、今の爆発音で足音も聴こえないはず。


「ニゲタ!」


 通訳の男が叫ぶ、その声を聴いて顔の高さまで銃を上げ、みかんが居た場所に構える。それとほぼ同時にみかんは手榴弾で倒れた男の側に飛び出し、背中にからっていた自動小銃を手にする。そのまま引き金に指を掛け、死んだ男の背中を台に、引き金を引く。安全装置はかかっていなかった。初弾は見当違いの方向へ飛んでいったが、引き金を引いたまま銃を乱射して、立っていた男の方向へと引っ張る。ズンズンと肩に衝撃が走る、役目を終えた薬莢が、チンチンと音を立て地面へと落ちて行く。全ての弾丸を撃ち終え、死体の右脚に備え付けられたナイフを抜き取り、立ち上がる。


 辺りには、火薬と血の匂いが入り混じっていた。


 ゆっくりとみかんは歩く、震えてはいない。恐怖も罪悪感も感じてはいない。男の側に立ち、見下ろす。即死だったのだろう、男には無数の銃創の後があった。


「ウゥッ!」


 小さな呻き声が聴こえて振向く、そこには両脚から血を流し、這って逃げようとする通訳の姿があった。みかんはナイフを逆手に持ち、近付く。直ぐに追い付き通訳を見つめるみかん、その目には光が無く、鈍く揺らめいていた。


「ナンデッ?ナンデデスカ!」


 涙を流し、苦痛に顔を歪める通訳。みかんは両膝をつき、左手で通訳の頭を抑え、耳元で囁く。


「なんでだろうね」


 喉にナイフを根元まで突き刺した。






























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