異世界投資ファンド〜剣も魔法も使えないので、利回りで世界を救います〜

第1話:お金の流れは世界の流れ

生まれて最初に覚えた匂いは、干した布と乾いた土、それから少しだけ香ばしい麦の香りだった。

どうやら私は、行商人の家に転生したらしい。

いや、腰の低い神様に頼まれて転生したのだから「転生したらしい」というのも妙だけれど。


「ほら、しっかり掴まってな。荷馬車が揺れるからね」


優しい母の声が頭上から降ってくる。

まだ小さい手で縁を握ったまま、私はこくりとうなずいた。

赤ん坊でも、うなずきたい時はうなずくのだ。前世の癖はしぶとい。


父はといえば、荷台の隅で帳簿を広げて唸っていた。金貨の山などどこにもない。

代わりに、細かい支出ばかりが積み重なっている。


「はあ……利益なんて出る日は来るんだろうかねえ」


「出るよ。たぶん」


思わず口にしてしまい、母が目を丸くした。

いや、赤ん坊の発声でどれだけ伝わったかは怪しい。

それでも、家計が厳しいことぐらいは理解できる。


――そもそもこの世界、商売で成り上がるのは相当難しいらしい。


前世で学んだ経済理論も、魔法と剣が飛び交う世界では通じる部分と通じない部分がある。

それでも、お金の流れというものは意外と普遍的だ。

収入があって支出があって、差額で未来が決まる。


問題は、今の我が家にその「差額」がほとんど存在しないことだ。


(このままじゃ、神様の頼みどころか自分たちが生きていくだけで精一杯だよな……)


私は小さな体を丸めながら、空を見上げた。

雲ひとつなく晴れているのに、将来の視界はちっとも開けてこない。


だからこそ、思いついてしまったのだ。


――投資すればいいんじゃないか、と。


剣も使えず、魔法の素質も皆無。

腕力もなく、体力もなく、あるのは知識だけ。

ならばその知識を最大限に使えばいい。


この世界の商人たちは、皆それぞれ個人で勝負している。

仕入れて売り、売ってまた仕入れ、いつかの幸運を夢見ている。

でもそれでは規模も発展性もない。


(なら、まとめて集めればいいじゃないか。みんなのお金を、一つの大きな流れに変えれば――世界だって動く)


名付けるなら、そうだな。


異世界投資ファンド。


世界を救うための事業。

冒険者でも勇者でもない、ただのお金の流れで未来を変える仕組み。


「……よし、決まりだな」


赤ん坊の声でどれだけ伝わるかはさておき、私は小さく息を吐く。


まだ始まりにも届いていないけれど、方向だけは定まった。


世界は強い者が救うのではなく、利回りが救うのだ。

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