『人形の迷宮〜赫き瞳の守護者〜』

夏乃緒玻璃

第1話 転移 ― 記憶の渦に沈む

「光の渦は、過去の瞳を呼び覚ます」


 レイは目を覚ました。直前の記憶は後藤教授の冷酷な笑みだった。

 教授は玲を研究室へ監禁し、異国の血を引くその美貌を「美しさは罪だ」と嘲った。机上には冷ややかな輝きを放つ器具が並び、玲を人間ではなく、ただの美しい標本として切り刻む準備が整えられていた。

 逃げ場はなく、抵抗はさらなる暴力を招くだけだった。


 その絶望の極致で、世界が裏返るような感覚に襲われた。床も壁も消失し、極彩色の光の渦に呑み込まれる。転移――それは夢幻ではなく、質量を伴った現実だった。意識は混濁し、泥のような記憶の底から、ある光景が断片的に浮かび上がる。


 幼い頃、祖父の物置で見つけた壊れかけの人形。高名な人形師が魂を込めたとの曰くがあるものの、いまやガラクタとして廃棄されるはずだったそれを、玲は密かに匿った。その瞳に宿る不思議な光に、孤独な魂が共鳴したからだ。その記憶が、転移の渦中で鮮烈に蘇る。


 気づけば、彼は見知らぬ館の一室に立っていた。窓硝子は白く曇り、外の景色を拒絶している。ただ揺らめく光だけが、羊水のように部屋を満たしていた。そこに、一人の女性が佇んでいた。


 陶器のごとき肌、静謐な瞳。

自動人形オート・マタのアルカナ」と彼女は名乗った。

 玲は息を呑む。その瞳は、幼い頃に守ったあの人形の光を宿していた。


「ここは人形の迷宮。戻りたいと願うのならば、抜けなさい」

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